いく りゅう は ひとつ じゃ ない。 JTのCMの曲名や歌詞は?ひといきつきながらがぐっとくる

まともな人から辞めていくのはなぜか?いい人や優しい人ほど会社を辞めやすい理由とは?

いく りゅう は ひとつ じゃ ない

ですが、少し立ち止まってもっと自分の気持ちを掘り下げてみてはいかがでしょうか。 離婚してもいい、とおっしゃりますが離婚って大変ですよ。 結婚するよりいろいろなものを消耗します。 私は離婚しておりませんが結婚すればそれがわかります。 あなたの中の違和感を見つめて、譲歩できそうなものかどうか落ち着いて判断されてからでも結婚は遅くない気がします。 ユーザーID: 9207870765• 私はそれで、失敗しました。 友人で「嫌いじゃないし、もういい歳だから」という理由で結婚した子がいます。 5年たちますが、特に喧嘩もせず仲良くしているようです。 「大好き!」で結婚した夫婦には「こんなはずじゃ・・」っていう失望リスクがあり 「嫌いじゃないけど・・」で結婚した夫婦には、 結婚後に本当に好きな人に出会って後悔するリスクがあります。 可能性としてはそんなに変わらないと思うので、「運」としかいいようがありませんね。 ただ、もし後悔するとしても「離婚」という逃げ道はあります。 なので、そんなに悪い賭けでもないと思います。 世間の風当たりとしては「独身女性」より「バツイチ女性」のほうがまだましかと。 案ずるより産むが易しといいますし、私がトピ主さんならとりあえず結婚します。 ユーザーID: 8314815012• 大丈夫! 色々な可能性がありますが、私は背中を押してあげたい! 私は主人と見合いで出会い、20代で結婚しました。 主人はいい人でした。 そして条件が私の希望にあってました。 主人は結婚願望はあったけれど、私に興味は無かったんです。 だから見合いで出会ってからも、その後、デートしててもつれなくて。 婚姻届を出しに行ったとき、市役所のベンチに離れて座り、手続きが終わるのを待ちました。 くっついて座ることもできないくらい、私たちは他人行儀で距離がありました。 外はしとしとと雨が降っていて、この世の終わりのような気分がしたものです。 それから12年たちました。 これまで一度も、燃えるような恋心は互いに感じていませんが 子どもに恵まれ、家を建て、色々な問題を一緒に解決していくうちに無くてはならない存在になりました。 主さんが幸せになりたいと願い、ご主人と家庭を大切にする気持ちを忘れなければ大丈夫です。 自分で決めた道を、しっかりと歩いてください。 ユーザーID: 0557757998• 私もそんな感じです。 私の場合は「嫌いじゃない」というより「懸念事項が少なかった」という感じでしょうか。 交際1か月で結婚しました。 今年で5年目、子どもはいません。 この手のパターンでうまくいく人というのは、どこか人生を達観してる人だと思います。 言い換えれば結婚に過剰な期待をしてない人。 結婚はゴールや幸せでなく、ひとつの手段であるということを理解してる人。 それと「愛してくれるから愛そう」という努力できる人。 昭和のお見合い的価値観です。 夫はいかにも「いい人」なので物足りないですけどね。 不倫願望も少しだけありますけどね。 でも愛憎にまみれた激しい恋愛は散々してきたので、もういいんです。 手に入れた穏やかな幸せを維持するために本能は抑えます。 いつか暴れだす日が来るかもしれないけども、私は理性で抑えられると自分を信じています。 ユーザーID: 0069130108• ゲゲゲの女房 主人の猛アタックを受け、いいひとだし.. と思い結婚しました。 世間的にもエリートの部類に入り、堅実で親切です。 平和な日々に、結婚てこんなもんだと思っていました。 が、出会ってしまいました。 運命の人?とでもいうんでしょうか。 考えも以心伝心で理解し合え、懐かしい感じがしました。 相手もそう思ったらしく、既婚者の私にアプローチしてきます。 もちろん軽率なことはできないので、避けているのですが、本心ではつらいです。 主人には申し訳ないですが、安易に結婚を決めたことを彼に出会って後悔しました。 独身でいつ会うかもわからない人を待ち続けるのも苦しいことでしょうが、こんな例もあるということで参考にしていただけたらと思います。 ユーザーID: 2744429974• 運と相性と性格 昔なら、親の決めた相手と特に疑問も持たずに結婚とか、写真だけでというのもありましたからね。 私は恋愛至上主義者ではないので、今のところうまくいっています。 小学生の頃から、恋愛と結婚は別ものだと思っていました。 結婚というものにあまり期待しないで始めたので、徐々にプラスが増えました。 幻想を抱いていたらマイナス査定になっていったかもしれません。 相手のことが好きで好きでという方でも、マリッジブルーになることがありますし、 離婚に至っても一度は結婚したいというお気持ちなのでしたら、チャレンジもありだと思いますよ。 離婚に使うエネルギーは大きいですけどね。 レスタイトル通り運の部分が大きいので、他の人間がそれでうまくいったとして、 トピ主さんにあてはまるとは限りませんから、責任は負えませんが。 ユーザーID: 7742408989• あれこれ考えますよね 結婚したあとに、それ以上に好きになれてしまう人が出てきてしまったーーという方々に質問が。 というのも、結婚して精神的に余裕がある状態で新しい人に出会うのと、結婚したいけどできない!という焦りのある状況だと、人間として別人じゃないかと思うんですよね。 本人に自覚はないかもしれないけど、もし独身だったら、新しく出会った人に魅力的と感じてもらえたか、またその新しい人を魅力的と感じられたかって違うと思うんです。 私も似たような状況を経験していて、それこそ10歳以上年上で成功していて、稼ぎも安定していて人間的にも尊敬でき、自分には勿体ないくらい愛してもらえてるけど、魂のぶつかり合いみたいのはなく私は彼に必要不可欠なのかなというタイプとこのまま結婚するのかなと思っていたとこ、年下のまだまだ人間的にも成長過程、お互いに切磋琢磨でき、思いっきり本音で喧嘩もでき刺激たっぷり、将来有望っぽいしというタイプと出会い、すごく惹かれ合いました。 でも、それって年上の彼から安定した愛を与えられていて、逃げ道がある状態だったからこそ新しい彼に惹かれたのかもとも思って。 だからちょっと懐疑的です。 ユーザーID: 6107018973• 嫌いじゃない程度の人と… 嫌いじゃ無い程度の人と、一緒に暮らせるものなのでしょうか? 夫婦生活もできるものなのでしょうか? 結婚するには色んな条件をバロメーターにする方がいますが 収入、学歴、親御さん、同居の可否、趣味etc いずれにせよ、先ずは好きかどうかが大前提だと思うのです。 辞める時も、健やかなる時も…ですよね? 相手のピンチの時も自分が相手を守ってあげられる覚悟って 必要じゃないのでしょうか? でも一度は結婚したい、例え離婚しても…と平気で仰るような トピ主さんなら…嫌いじゃない程度の人でも…平気なのかな? 私はそんな人とは寝食共にはできないし、暮らせないし、ましてや 子供を持つなんて無理ですね〜 心底、不思議です。 ユーザーID: 1526659548• 幸せになれるかどうかは、その人の気質や人生観等による 1 と思います。 一般化は困難でしょう。 私も相手に特段の情熱は感じずに、30過ぎで結婚しました。 彼がとてもいい人なので交際を続ける気はあったけれど、結婚願望はなし。 結婚した理由は、30過ぎて結婚していないと世間がうるさくてかなわないから。 ただ私には結婚ではなくとも交際する相手に望むものはっきりしていて、彼にはそれが全部あったという事はあります。 知性、健康、温和な性格等。 相手に対する燃えるような感情とか経済力等があまり重要でない事は自覚していました。 結婚し同居するという事の中には人間関係をだめにする契機と同じ位に、それを深める契機も多く隠されています。 だから危機もあるし、希望もあるのです。 私達の場合、結婚当初とは比較にならないほど互いに理解が進み、親しくなっていると感じます。 夫は今では私の人生に欠かせない大切な大切な人。 万一、どんなにイイ男からお誘いが来たとしても揺らぐようなものではありません。 これも、私の気質や人生観でしょうが。 続きます ユーザーID: 1353078523• 幸せになれるかどうかは、その人の気質や人生観等による 2 単なる野次馬としては、トピ主さんに強烈な結婚願望があり、彼がいい人であるなら結婚してみたらいいと思います。 結婚の理由は様々ですから相手への情熱といったものがない事自体は一向に構わない。 トピ主さんの「こういう気持ち、考えで結婚して幸せな家庭は築けますか? 」に対する私の直感的な答は「トピ主さんの場合は築けると想像します」です。 けれどそれはあくまでトピを読んだだけの他人の判断であって、今一番大事な事は何よりもまずトピ主さん自身が配偶者や人生に何を求めているのかをご自分で明確にする事です。 人柄や性格、経済面、家庭背景、仕事の内容等についてトピ主さんが配偶者から是非得たいもの、絶対避けたい事は何でしょうか。 或いはトピ主さんが彼に提供できるものとのバランスはいかが? お二人の性格の組合せは? きっと理性をこえてトピ主さんをつっぱしらせるような何かが彼にはないのでしょう。 それはセックスアピールといった事かもしれない。 自分の性の問題に向き合うのはきまりの悪い事かと思いますが、その辺りの願望もごまかさずに、まず自分自身を見つめてみる事が必要かと思います。 ユーザーID: 1353078523• 私はやめました 私の友人で、お見合いした相手が 嫌いではないけれどそんなに大好きでもない 平たく言えば、なんとも思わない人と 結婚しましたよ ブツクサ文句言いながらでも結婚生活は続いています 子供まで作ってます その友人が結婚を決めた理由は、見合い相手が公務員であった事と 次男であった事と家持ちだった事だそうです 生活して行く上では経済力って大事でしょ 愛は冷めるが情は一緒に生活して行くと育つと言ってました 最初から愛が無いのだから、結婚したとしても冷める事も無く 家庭が平和なら良しとしましょう 燃えて萌えるような恋愛がしたいのなら 別の人を探しましょう でも結婚するのなら、その彼でもいいんじゃないでしょうか 結婚なんて平凡な毎日の繰り返しですから〜 経済力があって優しい人であれば誰でもいいんじゃないかな? ユーザーID: 1822023668• 「結婚すれば自動的に幸せになる」と思っていませんか? その年齢なら、実際に結婚した知り合いの話をあれこれ聞いたこともあると 思いますし、ネットでもいろいろ相談している人がいますよね。 結婚は社会的な契約なので、ただひたすら「幸せいっぱい」ではなくても いいと思うのです。 「結婚するなら彼と」という気持ちがないとのことですが、他の人となら 「この人となら」という結婚ができると思いますか? 年齢を考えて、好きでもない相手と結婚しようとするのはあなたの判断。 「一生独身は絶対嫌」に根拠はありますか? 一生のうちのほんの一時期、気が乗らない結婚をして周りを巻き込んで、 それでも「一生独身よりはまし」だと思えますか? 「ほんの一時期」と書いたのは「離婚に至っても一度は結婚したい」と いうことなので。 幸せを感じなくても結婚したという事実だけがほしいならすればいいと 思いますが、何しろ相手があることなのでそこは腹をくくりましょう。 「結婚にさえ持ち込めば彼が私を幸せにしてくれる」という発想は 今のうちに捨てておきましょう。 ユーザーID: 6964967972• いいけど、私は嫌だな。 お見合い結婚で、新婚5カ月です。 私も結婚を決めた時、 「どうしても彼と!」 「彼と結婚できなければ死ぬ!彼以外なら誰とも結婚しない!」 などという熱意は一切ありませんでした。 夫は私の結婚相手としての理想をほぼ満たしていたので、 向こうが私を気に入ってくれて結婚を望んでくれるのなら受けよう、と思っていました。 向こうから申込がなければ、別れていたと思います。 結婚してから、愛情を育てていくつもりでした。 二人で力を合わせて温かい家庭を作っていければ、と本気で願っていました。 でも、あらゆる事情により、現在夫に対して嫌気が差している状態です。 育てていくつもりだった愛情を、いつまでたっても育てることができないでいるのはつらいです。 大好きだったことがあれば、それを思い出して頑張れるかもしれませんが。 嫌いじゃない程度の愛情で結婚するなら、愛して結婚する時以上に幸せになるための努力は必要だと思います。 トピ主さんにその覚悟があるなら、結婚しても良いのではないかと思います。 ユーザーID: 3530961343• 大丈夫だと思う 周囲の夫婦を見ていると、結婚のきっかけやなれそめだけでは、その後の結婚生活はわからないなあとつくづく思いますね。 大恋愛の末だったのにダメになった夫婦もいれば、仲良し夫婦もいるし、見合いでラブラブ夫婦もいるし、仮面夫婦になっちゃったとこもあるし、、、 結婚生活に対する努力や求めるものには個人差があり、それ次第なのかな〜と。 あとは様々な相性や環境ですね。 「異性として好き」かどうかって、婚姻生活を続けていく上では「大事だけれども一部の要素にしかすぎない」と思います。 恋愛においてはそれがほぼ全てですけどね。 ちなみに、、、私は夫を好きだけど決して大恋愛の末の結婚じゃなかったです。 ただ、彼にも彼実家にも結婚の条件的にも嫌な点が特になかったこと、アラフォーで、ラストチャンスかなという気持ちもあって。 でも結婚後に「ああ、こんなに素晴らしい人と結婚できてよかった」と、、、どんどん夫への愛が強まってます。 結婚生活や夫への期待値が低い状態でスタートしたので、「結婚って案外いいかも?」ってなところです(笑 結婚の「正解」は夫婦の数だけある、と思ってます。 ユーザーID: 1910231022.

次の

まともな人から辞めていくのはなぜか?いい人や優しい人ほど会社を辞めやすい理由とは?

いく りゅう は ひとつ じゃ ない

子どもを何人もつかが遺伝子に左右されるとしたら、進化のロジックと矛盾します。 遺伝的要因が働くなら、きょうだいが多い人は、彼らの両親は子だくさんだったことになりますが、子だくさんになり、きょうだいが少ない人は、それは、彼らの両親は子どもを少ししか作らなかったということですが、少ししか子どもをもたないということになるのですが、進化のロジックではその逆になるはずです。 きょうだいが多ければ、子どもが少なくても、きょうだいに投資することで繁殖成功度を高められます。 子どももきょうだいも、あなたの遺伝子の半分をもっているからです。 逆にきょうだいがいなければ、子どもをたくさんつくる必要があります。 きょうだいに投資するという選択肢がないからです。 このように、遺伝的な要因が子どもの数に影響を与えることは、進化心理学にとってはいまだに謎であるとミラー氏は言います。 次の問いの「なぜ子殺しをする親がいるのか」という問題が、なぜライトの1994年のリストに載っているのか理解に苦しむとミラー氏は言います。 この本は、それよりも前に発表された著者らの論文を下敷きにしているそうです。 デイリーとウィルソンは、「なぜ子殺しをする親がいるのか」という質問に対する答えは、「人は子殺しをしない」であると述べているそうです。 子殺しをする親のほとんどは、被害者となった子どもと遺伝的なつながりのない義理の親です。 警察は進化心理学の知識をもちませんから、生物学的な親と義理の親を統計上区別せず、結果的に犯罪統計では血のつながった子どもを殺す親がいるかのようなデータが出てしまうと言うのです。 進化心理学の視点から言えば、義理の親が子どもの養育を放棄したり、投資を惜しんだり、さらには配偶相手が、将来生まれる子どもも含め自分との子どもに時間と資源を集中するよう、義理の子どもを殺すことは十分考えられます。 ヒヒやライオンなど多くの動物では、新たな雄が子連れの雌グループを乗っとったときに、真っ先に行うのは組織的な子殺し行動だそうです。 それによって、すべての雌を生殖可能な状態にするのです。 ヒトも動物である以上、当然そうした衝動はあるはずだと言うのです。 親が血のつながった子どもを殺す少数のケースも、デイリーとウィルソンの「親の差別的な気遣い」という概念で説明できると言うのです。 デイリーらが指摘するように、どんな親でも子どもに投じられる資源には限りがあるのです。 親は子どもの数を最大限にするのではなく、孫の数を最大限にすることで、自分の適応度を最大限に高めようとするのです。 この徹底してダーウィニズム的な視点から言えば、性的に成熟するまで生き残れない、あるいは伴侶を見つけて生殖する能力がない子どもに投じた資源はまったくの無駄になることになります。 そのため、病気の子どもや肉体的魅力に乏しい子どもの養育を放棄したり、虐待したり、殺す確率ははるかに高くなると言うのです。 それによって、生殖に成功する見込みがある子どもに限られた資源をシフトできるからです。 このような結論は居心地の悪いものかもしれませんが、そうした側面があることは否めないとミラー氏は言うのです。 親は義理の子どもより血のつながった子どもをかわいがるばかりか、実の子どもでもかわいがり方に差があり、知能、容貌、健康、社会性にすぐれた子どもを優先する傾向があると言うのです。 カテゴリー: , ハリスについては、ブログで何度か取り上げています。 彼女の考え方は、最近の研究に随分と影響を与えているようです。 ハリスによれば、親による社会化が子どもに与える影響は取るに足らないと言うのです。 同年代の友達の影響が非常に大きいからだと言ったのです。 ミラー氏は、彼女のことをどう評価しているのでしょうか? ミラー氏は、当時の世間からの彼女の評価に対して、こう言っています。 「ハリスの主張は、政治家やメディアの猛反発をくらいましたが、行動遺伝学の研究結果とは一致しているのです。 ハリスの研究は家庭外の環境が子どもの発達に大きな影響を及ぼすことを示したものであり、そこから同じ両親に育てられたきょうだいでも、それぞれ個性が異なる理由も説明できるとミラー氏は言います。 メディアはハリスの著書を親不要論であるかのように紹介し、激しく攻撃しましたが、実際には子どもの発達にとって親は重要ではないなどとは、一言も述べてはいません。 ただ広い視野でみれば、親による社会化が、子どもの成人後の人格に及ばす影響はそれほど大きくないというだけの話だとミラー氏は捉えているのです。 サロウェーとハリスの研究はいずれも物議をかもしましたが、反発したのはおもにメディアや一般の人々でした。 研究者、なかんずく進化心理学の研究者は、彼らの独創的な研究と、常識をくつがえす結論を支持したのです。 サロウェーは家族の力関係が成人後の人格を形成する決定的な要因であると主張し、ハリスは家庭の外に目を向けて、同年代の友達の影響が重要だとしているので、当然ながらこの二人は互いの論文に批判的だそうです。 次の問いに対する説明は、二ついっぺんにしています。 その一つは、「子どもをもたないか、一人か二人しか産まないことを選択する人たちがいるのはなぜか」と「なぜ人は自殺をするのか」という問いです。 ライトの94年のリストのうち、最初の二つの間題では、進化心理学と行動遺伝学は大きな成果を上げましたが、続く二つはいまだに解けない謎として残っているとミラー氏は言います。 なぜ子どもをつくらないことを選択する人たちや自殺する人たちがいるのか、という問いに対して、ミラー氏らの知るかぎり、説得力ある仮説は提出されていないと言います。 行動遺伝学で最近、生殖行動の遺伝的な基礎が発見され、子どもをたくさんつくるか少数しかつくらないかは部分的には遺伝子に左右されることがわかったそうです。 しかし、まったく子どもをつくらない人については依然として説明がついていないそうです。 子どもをつくらない遺伝的な傾向が、性淘汰によって残されるはずがないことは言うまでもないからです。 カテゴリー: , トリバースとライスは、男性の同性愛の遺伝子が、ゲイの男性ではなく、彼らの姉妹やその他の親族によって次世代に伝えられると考えたそうです。 ゲイ遺伝子は、その持ち主が男であれ女であれ、同じ行動に向かわせると言います。 男性とセックスをしたいという欲求です。 遺伝子の持ち主が男であれば、彼らは同性愛者になります。 しかし、次世代には彼らの遺伝子は伝わりません。 しかし、持ち主が女なら、彼女たちはその遺伝子をもたない女たちよりも多くの男性のセックスパートナーをもち、より頻繁にセックスをするので、より多くの子どもを産むだろうと言われています。 ゲイ遺伝子をもつ男たちの繁殖成功度が低下しても、彼らの姉妹たちの繁殖成功度が高まることで相殺され、ゲイ遺伝子は未来の世代に伝えられていくのです。 「男好きの姉妹仮説」とでも呼ぶべきトリバースらのアイデアは非常に大胆なものですが、この説を支持する研究結果が最近発表されているそうです。 母方の親戚に同性愛者がいる女性は、そうではない女性に比べて、子どもの数が有意に多いというのです。 ちなみにゲイ遺伝子は染色体上にあるので、父方ではなく、母方の系統で子孫に受け継がれると言います。 とはいえ、有史以来: まま一貫して、ゲイの男たちは社会規範や法的な締めつけで同性愛であることを隠すよう強いられ、異性愛の男たち同様に結婚して子どもをつくってきました。 男性の同性愛遺伝子が今日まで受け継がれてきた理由として、最も有力と考えられるのはこのような事情だろうとミラー氏は言います。 だとすれば、同性愛が社会的に受け入れられ、ゲイの男たちがカミングアウトして堂々と同性のパートナーと暮らすようになった時点で、皮肉にも同性愛の遺伝子は途絶えてしまうかもしれないと言うのです。 しかし、女性の同性愛の遺伝的なべースに関しては、今のところ何もわかっていないそうです。 次の疑問は、「きようだいでも性格が違うのはなぜか」というものです。 この問題は、進化心理学の理論と研究の有効性を示す格好の例となったそうです。 進化心理学の面目躍如というところだとミラー氏は言います。 1994年には説明できなかったそうですが、今ではこの分野の異端のヒーローとも呼ぶべきフランク・J・サロウェーとジュディス・リッチ・ハリスのおかげで答えが出ているとミラー氏は言います。 第一子である、長男長女は、生まれたときに親が与える資源をきようだいと奪い合わずにすむ立場で、多くの場合は親をお手本にして育ちます。 また、その延長上として、権威ある人物をお手本にするようになります。 第二子以降は、生まれたときにすでにきょうだいがおり、親に見習うというニッチはすでに兄や姉が占めているので、親とは距離を置き、反逆児になることで、独自のニッチを開拓しなければならないのです。 このように、同じ家庭で育っても、長男か次男かで性格が違ってくると言うのです。 カテゴリー: アラン・S・ミラー氏とサトシ・カナザワ氏の「進化心理学から考えるホモサピエンス」という本を読むと、あらためて、進化から人類を見ると、いろいろな期限を知ることができます。 同時に、いろいろな疑問が出てきます。 たとえば、生物は子孫に遺伝子を残していくことに有利な行動をするとしたら、少子化とはどういうことなのだろうかとか、男女の違いを書いたときのコメントにありましたが、では、同性愛についてはどう考えるのだろうかなどの疑問がわいてきます。 それは、進化心理学からすると、かなり難問なのでしょう。 そこで、ミラー氏は、この本の終わりに、いくつかの疑問について考えを書いています。 それは、ミラー氏によれば、人間の行動には、学者たちを悩ませてきた謎が多くありますが、進化心理学はそれに対して少なくとも何らかの、しかし部分的ではありますが、答えを提供できるアプローチであるからだと言います。 しかし、1994年に、サイエンスライターのロバート・ライトによって出版され、世界的にベストセラーとなった著書「モラル・アニマル」(講談社)があります。 ミラー氏ら二人は、この本によって進化心理学に出会ったそうです。 その本の補遺で、当時、進化心理学が答えを出せなかった六つの問いを挙げているそうです。 そこで、ミラー氏は、この六つの問いを掲げ、この13年間に進化心理学がこれらの謎を解き明かせたかを検証しています。 最初の問いは、「同性愛をどう説明するか」という問いです。 進化心理学は人減の行動の究極の動機として、おおむね異性間のセックスを通じて達成される繁殖の成功に非常に重きを置いているので、これについてどう説明するのでしょうか?この問いは、ミラー氏は学生や知人、学者仲間に進化心理学のアイデアを語った時に、いつも真っ先に聞かれる質問だそうです。 アラン・ミラー氏は知る限り、この問題を説明できる人はいないと言います。 ライトが、「同性愛をどう説明すればいいのか」と問いかけてから13年後の今でも、同性愛に関する定説となった決定的な説明は存在しないそうです。 ただし、進化心理学ではなく、それと関連した分野である行動遺伝子学から、1つの仮説が提出されているそうです。 遺伝子学者のディーン・ヘイマーらは男性の同性愛の遺伝的なルーツを突き止めたそうです。 といっても、男性が同性愛になる確率を高める遺伝子そのものである「ゲイ遺伝子」を発見したわけではないそうですが、染色体の一定の領域、Xq28という遺伝子上の配列が同性愛に関与していることを突き止めたのです。 一個または複数のゲイ遺伝子が見つかり、その塩基配列が明らかにされても、それらの遺伝子をもつ人すべて、あるいは大半が同性愛者であるならば、そのような遺伝子がなぜ伝えられてきたのか説明はつかないそうです。 これについては、進化生物学者のロバート・L・トリバースとウィリアム・R・ライスがアイデアを提供したそうです。 男性の同性愛の進化に関する彼らの仮説は、ヘイマーの著書で紹介されているそうです。 トリバースは電話でヘイマーにアイデアを話したものの、彼自身とライバスはその仮説を発表していないそうです。 カテゴリー: , 短期的な関係や気軽なセックスに対する欲求の性差に加えて、さらに事情をややこしくする要因があると言います。 これも男女の心理メカニズムの違いからくるものだそうですが、女性は性的欲求を控え目に表現し、「形だけの抵抗」を試みる傾向があると言います。 ノーと言ったケースの三分の一以上で、最終的には女性は誘いに応じ、合意の上でのセックスにいたっていたそうです。 故人となった行動遺伝学者のリンダ・ミーレーがこのことを非常に雄弁に語っています。 「女性は恥じらいをみせるよう淘汰されており、女性の『ノー』はときとして『もっと熱心にくどいてみて』というサインでもある」 ブラウンによれば、もう一つのタイプの敵対的な環境というセクハラは、何を「あからさまに性的」あるいは「敵対的」とみなすかで、男女の認識が違うことから起きると言っています。 アメリカの法延は多くの場合、架空の「妥当な判断をする人」を基準に、特定の職場が「敵対的な環境」かどうか判断を下しますが、ブラウンに言わせれば妥当な判断をする人など存在しないと言います。 「妥当な判断をする男」と「妥当な判断をする女」がいるだけだと言うのです。 妥当な判断をする男と妥当な判断をする女が、敵対的な環境とみなすものには大きなずれがあるようだと言います。 被害者とされる側の認識だけを無条件に重視することに、プラウンは疑問を呈しているそうです。 男性の同僚や雇用者から虐待的、脅迫的、屈辱的な扱いを受けたという女性の訴えの多くは正当なものですが、女性が労働市場に参入するよりもずっと前から、男たちは男同士の間での虐待的、脅迫的、屈辱的扱いに耐えてきたと、ブラウンは言っているそうです。 虐待や脅迫、屈辱をなめさせることは、残念なことに、男同士の競争の場で、男たちがよく使う戦術の一部だからだと言うのです。 言い換えれば、これが「差別」の定義であり、法律の規定するセクハラもそうした差別行為とされるのですが、男性が女性を同性と違ったやり方で扱うからではなく、その逆で、男女を差別しないことが嫌がらせになっているわけだと言うのです。 セクハラはメディアの関心を集め、訴訟のコストも膨大になるため、今では大半のアメリカの企業と大学が従業員・職員間の性的関係を全面的に禁止したセクハラ規定を定めているそうです。 これについて、ブラウンは鋭い問題提起をしています。 すなわち、セクハラの調査では、職場で望まない相手から性的なアプローチを受けたことがあるかという質問はされても、望ましい相手から性的アプローチを受けたことがあるかどうかが問われることはまずないと言うのです。 この質問に対する答えは一般的にイエスでしょう。 なぜなら多くの人が職場で恋愛相手を見つけるからだと言うのです。 セクハラとして告発されかねない男と女の行動は、ほぼ例外なく人間の正常な配偶戦略の一部であると言います。 それらはたいがいうまく行き、多くの男女が職場で長期なり短期の満足のいくセックスパートナーを見つけますが、場合によっては、男女の心理メカニズムの違いによる意思疎通のミスや誤解から、セックスパートナーを獲得するための行為がセクハラの烙印を押されてしまうのです。 いまアメリカの多くの企業や組織で導入されている、従業員同士の性的関係を全面的に禁じたセクハラ規定は、一考の余地があると言います。 望まない性的アプローチだけでなく、望ましい性的アプローチまで妨げてしまえば、男性だけでなく女性の性的な利益にとってもマイナスになるおそれがあるからだとミラー氏は言うのです。 カテゴリー: , ミラー氏は、システム化能力が必要な職業では男性が多数を占め、共感型の職業では女性が多数を占めるのは事実だといいます。 そして、保育士は、共感型の職業であると言います。 ですから、男性保育士がいても、彼らは、タイプE脳 女性脳 をもつ男性だと思っているような気がします。 しかし、私は、保育は、かつての母親の代わりに子どもを面倒みるというような役目から、子どもが体験する一つの社会であるべきだと追っています。 そのためには、他の職業と違って、ある特別な役割があるわけでないので、どちらかの脳のタイプが必要だという考え方から脱皮する必要があると思っています。 特に、これからの時代に対して、さまざまな道具の発明と製作につながるシステム化の能力は、子どもたちにとって必要な能力である気がしています。 女性が職場に進出し、男性と肩を並べて仕事をするようになった結果、残念なことに「セクシュアルハラスメント 性的嫌がらせ 」が増えたと言います。 とくにアメリカではこの傾向が顕著だそうです。 なぜ男女が一緒に働くようになると、セクハラが必然的に増えるのか。 そもそもセクハラとは何であり、進化心理学はそれをどう説明しているのでしょうか。 男女の所得格差とガラスの天井に関する研究と同様、セクハラをいち早く取り上げた進化心理学者はキングズレー・R・ブラウンです。 ブラウンによると、セクハラには二つのタイプがあると言います。 例えば、「俺と寝たら、昇進させてやる」というような「代償」タイプと、仕事場の雰囲気が「あからさまに性的な」もので、女性が安心して気分よく働けない「敵対的な環境」タイプです。 フェミニストや標準社会科学モデル派の学者は、セクハラを父権主義その他の悪しきイデオロギーとの関連で説明したがるそうですが、ブラウンはこの二つのタイプのセクハラは詰まるところ進化的な心理メカニズムと配偶戦略の性差に起因すると考え、イデオロギーではなく生物学的基盤にその源を探ろうとしました。 多くの調査で、男性は女性よりはるかに、短期的な関係や気軽なセックスに関心があることがわかっているそうです。 多くの男性は見知らぬ女性とのデートには抵抗があっても、セックスすることには抵抗がないそうです。 男性が生涯にもちたいセックスパートナーは平均20人近くだそうですが、女性は5人未満だそうです。 平均的な男性は女性と知り合って一週間で彼女とセックスすることを真剣に考えますが、女性は6カ月の交際期間を必要とするそうです。 私は、実際の若者の意識は知らないのかもしれませんが、このデータはアメリカでのもので、果たして日本にも当てはまるのかは疑問ですが。 代償型およびそれに類するセクハラの背景には、男のほうが短期的な関係や気軽なセックスに対する欲求が強く、その目的のためにできることはなんでもするという事情があると言います。 フェミニストがよく言うのは、ハラスメントは「セックスの間題ではなく、権力の間題だ」という台詞ですが、ブラウンに言わせればその両方だと言うのです。 男がセックスをするために権力を使うのがセクハラです。 「セクハラが権力の間題だというのは、銀行強盗は銃だけが間題で、金は関係ないというようなものだ」と、ブラウンは述べているそうです。 カテゴリー: , バロン=コーエンは、共感よりもシステム化に秀でた人の脳を「タイプS」脳、または「男性脳」と呼びました。 ただし、男性脳をもつ人が男性とは限りませんが。 また、、共感にすぐれた人の脳を「タイプE」脳、または「女性脳」と呼びました。 しかし、同様に女性脳の持ち主は女性に限りませんが。 彼によれば、タイプS脳は、祖先の環境で男性にとっては非常に適応的な脳だったようです。 なぜなら、システム化の能力は、道具や武器の発明と製作につながり、共感能力が低いということは、獲物を探す長い旅の間、孤独に耐えられること、男同士の竸争で必要とあらば相手に暴力的、攻撃的な行動に出られることにつながるからだと言われています。 同様に、タイプE脳は祖先の女性にとって適応的な脳でした。 共感スキルは、話ができない乳幼児のニーズを察知し、理解するなど、子育てに役立ちます。 また祖先の女性は、同族結婚を避けるために思春期になると生まれ育った集団を出て、他の集団の男性に嫁いでいましたが、新しい環境で友人や協力者をつくるためにも共感スキルが役立っただろうと推測できます。 そのため自然淘汰と性淘汰によって、祖先の男たちはタイプS脳をもち、女たちはタイプE脳をもつよう選択が進んだのだと言うのです。 バロン=コーエンによると、自閉症、およびアスペルガー症候群など自閉症スペクトラム障害の人は、システム化にはきわめてすぐれていますが、共感能力に乏しい「極端な男性脳」をもつと言われています。 極端な男性脳のあらわれとして自閉症を定義したこの概念は、多くの臨床例にあてはまるだけでなく、自閉症が女性よりもはるかに男性に多い理由もこれで説明できると言います。 バロン=コーエンらの調査で、自閉症者とアスペルガー症候群の人の家系に物理学者や技術者、数学者が非常に多いことがわかったそうです。 これは予測どおりの結果だと言います。 脳のタイプがタイプSかタイプEかはおおむね遺伝によって決まり、「家系に脈々と流れる」ものであり、物理学者や技術者は高度なシステム化スキルを必要とする職業なのです。 おそらく科学者や技術者の多くが男性であるのも、システム化能力が必要とされるからだろうと言います。 標準社会科学モデルの立場をとる社会科学者たちは、ジェンダーの社会化のせいだと主張していますが、それよりも脳の性差に大いに関係があるのだとミラー氏は言います、彼は、ジェンダーの社会化はもって生まれた男性脳、女性脳の差異を強化し、固定化するだけであるということを繰り返し強調します。 同様に、保育十、幼椎園の先生や小学校の教師、看護師、介護士、ソーシャルワーカーなど高い共感スキルを必要とする仕事には女性が就くことが多いのもそのような理由からです。 女性脳であるタイプE脳は、こういう職業に非常に向いているからだと言うのです。 アメリカやイギリスなど自由な資本主義社会では、男女とも最も自分に適した職業に就こうとするようです。 タイプE脳をもつ男性やタイプS脳をもつ女性も少なくないので、男性の看護師や保育士、攵性の神経科学者や技術者も大勢いると言います。 しかし、システム化能力が必要な職業では男性が多数を占め、共感型の職業では女性が多数を占めるのは事実です。 パロン=コーエン仮説はこの事実を説明するものだとミラー氏は言うのです。 カテゴリー: , バロン=コーエンの仮説は、まず二つの重要な概念、男性脳と女性脳を定義しています。 男性脳はシステム化に適した脳であり、女性脳は共感に適した脳であるというものです。 では、システム化、共感とは何なのでしょうか。 「システム化とは、システムの分析、探究、建設であり、システム化型の人は本能的に物の仕組みを考え、システムのふるまいを制御する法則を導きだそうとします。 その目的はシステムを理解し、予測し、新たなシステムを創造することだ」というのです。 バロン=コーエンは六つのシステムをあげています。 人工物、機械などの技術的なシステム、生態系、地理などの自然のシステム、論理、数学などの抽象的なシステム、法律、経済などの社会的なシステム、分類、命名などの組織化のシステム、楽器演奏、ダーツを投げるなどの身体的な動きのような運動のシステムです。 彼の言うシステムとは非常に包括的で、人間ではなく事物と関連したすべてを含むように思えるとミラー氏は言います。 論理的、組織的なルールによって制御されるあらゆるものをシステムと呼んでいるようだとも言っています。 それに対して、「共感」とは、他者の感情と思考を察し、適切な感情でそれに反応することです。 他者の感情に対して、それにふさわしい感情的な反応をするときに、共感が起きます。 その目的は他者を理解し、他者の行動を予測し、他者と感情的に結ばれることです。 言い換えれば、共感するとは、他者の思考と感情にその場で自然に波長を合わせることであり、共感力にすぐれた人は、相手の感情の変化とその原因を察知し、どうすれば相手の気分をよくしたり害したりするかがとっさにわかる人であり、思いやり、配慮、理解、慰めなど、その場にふさわしい感情で、相手の気分の変化に直感的に反応できる人なのです。 共感力にすぐれた人は、他者の感情に気づくだけでなく、他者がどう感じ、どう考え、何を意図しているかを継続的に思いやることができます。 共感は人間関係を定義づける特徴であり、共感のスキルは本当の意味での意思疎通を可能にするようです。 この共感力は、保育をするうえでとても大切な力だということがわかります。 特に、相手が子どもの場合は、自分からなかなか主張しないために、特にその力が求められます。 では、もう一方のシステム化は保育には必要ないのでしょうか?そこに、私は今の保育界の問題点を見ることができます。 バロン=コーエンはこのようにシステム化と共感のスキルを定義した上で、男女がこの能力をどの程度もっているかを次のように論じています。 システム化と共感のスキルには、男性の間でも、女性の間でも、個人差があるようですが、男性のシステム化スキルの平均値は女性のそれより高く、女性の共感スキルの平均値は男性のそれより高いと言われています。 ただし、この二つのスキルのばらつきは、男女ともほぼ同じだそうです。 つまり、平均的に男性はシステム化にすぐれ、女性は共感能力がすぐれているといっても、女性よりも共感スキルの高い男性はたくさんいますし、男性よりもシステム化に長けた女性も珍しくないということだとミラー氏は言います。 このことを理解するには、身長の男女差を例にとっています。 男性の間、女性の間で、身長には個人差があり、男性の身長の平均値は女性のそれより高いのですが、男女とも身長のばらつきはほほ同じようなパターンを示しています。 つまり、大半の男性は平均的な女性より背が高いものの、バロン=コーエンは、平均的な女性よりも背の低い男性、平均的な男性よりも長身の女性もいます。 システム化と共感のスキルにもこれと同じような男女差があるとしているのです。 カテゴリー: , ブラウンが指摘するように、ホワイトカラーや専門職のように高賃金の職には、長時間労働や、家族と子どもの都合におかまいなしに勤務地が転々と変わることや、ブルーカラーの労働者のように、危険で不快な就労状況といった条件が付きものです。 女性はお金が欲しくないわけでも、薄給の仕事が好きなわけでもありません。 まともな頭の持ち主なら、誰だって金はたくさん欲しいでしょう。 ただ、女性は会社で出世したり、高収入を得るために必要な、子どもの面倒を十分みてやれないなどの代償や犠牲を払いたがらないのだというのです。 さらに、モイアとジェッセルの共著には、「失敗した男は『成功することよりももっと大切なものがあるさ』と言い訳するが、女にとってはこれは言い訳ではなく、自明の理だ」と書いてあるそうです。 言い換えれば、男は稼ぎたいから必死で稼ぐが、女には金を稼ぐよりももっとやりがいのあることがあるから、それほど必死で稼がないのだというのです。 並みの男性より金を稼ぎ、高い地位に就きたいというモチベーションが非常に強い女性も例外的にいますで、大半の男より高収入で責任のある地位に昇りつめている女性も少数ながらいます。 それでも、男女の賃金格差は目にあまると、フェミニストは言っていました。 しかし、これらの数字は、男女の生まれつきの気質の違いを考慮に入れていないとミラー氏は言います。 今や統計的に有意な男女の賃金格差はほとんどないという結果が出ているそうです。 男のほうが明らかに稼ぎがいいというのはもはや過去の話であるというのです。 大半の女性が、並みの男性以上にしゃにむに金を稼ぎ、高い地位に就こうとしないから、大半の女性は男性より収入が少なく、男性ほど出世しないのだというのです。 ブラウンは、「ガラスの天井を打ち破る女性があらわれたということは、ガラスの天井などもはや存在しないということではないのか」と問いかけています。 アメリカやイギリスのような自由な資本主義社会では、男も女も自分の欲しいものを自由に追い求めることができます。 ただ、男と女では欲しいものが違うだけだとミラー氏は言うのです。 次に、ミラー氏は、「神経外科医は男性、幼稚園の先生は女性が多いのはなぜか」という問いについて説明しています。 ケンブリッジ大学の心理学者で自閉症の研究者サイモン・バロン=コーエンは一連の論文や著作、一般向けの科学書「共感する女脳、システム化する男脳」(NHK出版 の中で、自閉症の人は「極端な男性脳」をもつという仮説を提出しています。 この仮説は、すべてではありませんが、多くの自閉症の臨床例である対人関係の領域では深刻な欠陥があるが、他の領域では正常、あるいは非常にすぐれた能力をもつなどを説明するのみならず、自閉症者の圧倒的多数が男性であるという事実もこれによって説明できると言っています。 カテゴリー: , 大半の経済学者や社会学者は、標準社会科学モデルの立場から、男女の趣向、価値観、欲求はまったく同じであると考えているそうです。 そのため、人的資本と男女が就く職種の違いの影響を差し引いた後にも、依然として残る男女の所得格差は雇用者の差別によるものだと主張しているそうです。 しかし、これは直接的な観察から出てきた結論ではなく、統計的データから導かれたものだとミラー氏は指摘しま。 雇用者が「あなたは男だから、高い賃金をあげよう。 あなたは女だから、賃金は低くていい」などと言っているのを社会学者が目撃することなどあり得ないだろうと言うのです。 仮に男の賃金を高くしているとしても、雇用者は表立ってはそれを認めないだろうと言うのです。 彼は、どうも、男と女では仕事に対する考え方が違うからではないかというのです。 人的資本と職種が同じであっても、所得に影響を与えるような形で、男と女が根本的に違うのであれば、男女の所得格差が差別に起因するという主張は根拠を失います。 男と女では、金を稼ごうとする欲求や衝動など、内的な趣向や性癖が違うなら、男女の所得格差は、雇用者の差別や、いわゆる女性の昇進を妨げるみえない上限である「ガラスの天井」のような外的要因だけでは説明できなくなるとミラー氏は言うのです。 法学者のキングズレー・R・ブラウンは、進化心理学の立場から所得や職種の男女差など職場における性差を論じたパイオニア的な研究を行っているそうです。 ブラウンは、進化の歴史を通じて、男と女は異なる淘汰圧を受けてきたために、異なる気質をもつにいたったと指摘しているそうです。 男が繁殖に成功するには、物質的な資源と高い地位が要になります。 女は自分の子どもを守り、多くの投資をしてくれる、地位の高い豊かな資源をもつ男に引かれるからだというのです。 それとは対照的に、女が繁殖に成功するには、子どもの世話をすることが重要です。 その結果、祖先の女たちから受け継いだ心理メカニズムにより、現代の女性たちはリスクを冒すことに非常に消極的です。 それは、もし危険な行動をすれば、負傷したり死ぬおそれがあり、そうなると子どもも生き残れないのです。 また、高い地位に就いても、繁殖成功度は上がらないため、それほど高い地位を求めようとせず、男ほど攻撃的・竸争的でないというのです。 進化の歴史を通じて、女に近づくために激しく競争してきたのは男たちであって、その逆ではなかったのです。 ブラウンによれば、男は金を稼ぎ、高い地位に就くために、がむしやらに努力します。 アメリカで行われた調査では、収人を仕事選びの重要な基準にする人は、女性よりも男性のほうが有意に多かったそうです。 長年にわたって女性は男性よりも低い賃金に甘んじてきたからだと、フェミニストは言うかもしれませんが、この傾向は10代でとくに顕著なので、そういう解釈はあたっていないとミラー氏は言います。 対照的に、女性は「この仕事は重要で、達成感を与えてくれる」ということに重きを置いて仕事を選ぶようです。 カテゴリー: , 2020年6月 月 火 水 木 金 土 日 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 検索 最近のコメント• に yakumi より• に kuma6mon より• に たかし より• に k. taka より• に もりぐち より 最近の投稿• アーカイブ• 3 カテゴリー• リンク•

次の

YouTuberへずまりゅう、パチンコ店突撃動画を公開「たぶん訴えられるけど俺は出します」

いく りゅう は ひとつ じゃ ない

子どもを何人もつかが遺伝子に左右されるとしたら、進化のロジックと矛盾します。 遺伝的要因が働くなら、きょうだいが多い人は、彼らの両親は子だくさんだったことになりますが、子だくさんになり、きょうだいが少ない人は、それは、彼らの両親は子どもを少ししか作らなかったということですが、少ししか子どもをもたないということになるのですが、進化のロジックではその逆になるはずです。 きょうだいが多ければ、子どもが少なくても、きょうだいに投資することで繁殖成功度を高められます。 子どももきょうだいも、あなたの遺伝子の半分をもっているからです。 逆にきょうだいがいなければ、子どもをたくさんつくる必要があります。 きょうだいに投資するという選択肢がないからです。 このように、遺伝的な要因が子どもの数に影響を与えることは、進化心理学にとってはいまだに謎であるとミラー氏は言います。 次の問いの「なぜ子殺しをする親がいるのか」という問題が、なぜライトの1994年のリストに載っているのか理解に苦しむとミラー氏は言います。 この本は、それよりも前に発表された著者らの論文を下敷きにしているそうです。 デイリーとウィルソンは、「なぜ子殺しをする親がいるのか」という質問に対する答えは、「人は子殺しをしない」であると述べているそうです。 子殺しをする親のほとんどは、被害者となった子どもと遺伝的なつながりのない義理の親です。 警察は進化心理学の知識をもちませんから、生物学的な親と義理の親を統計上区別せず、結果的に犯罪統計では血のつながった子どもを殺す親がいるかのようなデータが出てしまうと言うのです。 進化心理学の視点から言えば、義理の親が子どもの養育を放棄したり、投資を惜しんだり、さらには配偶相手が、将来生まれる子どもも含め自分との子どもに時間と資源を集中するよう、義理の子どもを殺すことは十分考えられます。 ヒヒやライオンなど多くの動物では、新たな雄が子連れの雌グループを乗っとったときに、真っ先に行うのは組織的な子殺し行動だそうです。 それによって、すべての雌を生殖可能な状態にするのです。 ヒトも動物である以上、当然そうした衝動はあるはずだと言うのです。 親が血のつながった子どもを殺す少数のケースも、デイリーとウィルソンの「親の差別的な気遣い」という概念で説明できると言うのです。 デイリーらが指摘するように、どんな親でも子どもに投じられる資源には限りがあるのです。 親は子どもの数を最大限にするのではなく、孫の数を最大限にすることで、自分の適応度を最大限に高めようとするのです。 この徹底してダーウィニズム的な視点から言えば、性的に成熟するまで生き残れない、あるいは伴侶を見つけて生殖する能力がない子どもに投じた資源はまったくの無駄になることになります。 そのため、病気の子どもや肉体的魅力に乏しい子どもの養育を放棄したり、虐待したり、殺す確率ははるかに高くなると言うのです。 それによって、生殖に成功する見込みがある子どもに限られた資源をシフトできるからです。 このような結論は居心地の悪いものかもしれませんが、そうした側面があることは否めないとミラー氏は言うのです。 親は義理の子どもより血のつながった子どもをかわいがるばかりか、実の子どもでもかわいがり方に差があり、知能、容貌、健康、社会性にすぐれた子どもを優先する傾向があると言うのです。 カテゴリー: , ハリスについては、ブログで何度か取り上げています。 彼女の考え方は、最近の研究に随分と影響を与えているようです。 ハリスによれば、親による社会化が子どもに与える影響は取るに足らないと言うのです。 同年代の友達の影響が非常に大きいからだと言ったのです。 ミラー氏は、彼女のことをどう評価しているのでしょうか? ミラー氏は、当時の世間からの彼女の評価に対して、こう言っています。 「ハリスの主張は、政治家やメディアの猛反発をくらいましたが、行動遺伝学の研究結果とは一致しているのです。 ハリスの研究は家庭外の環境が子どもの発達に大きな影響を及ぼすことを示したものであり、そこから同じ両親に育てられたきょうだいでも、それぞれ個性が異なる理由も説明できるとミラー氏は言います。 メディアはハリスの著書を親不要論であるかのように紹介し、激しく攻撃しましたが、実際には子どもの発達にとって親は重要ではないなどとは、一言も述べてはいません。 ただ広い視野でみれば、親による社会化が、子どもの成人後の人格に及ばす影響はそれほど大きくないというだけの話だとミラー氏は捉えているのです。 サロウェーとハリスの研究はいずれも物議をかもしましたが、反発したのはおもにメディアや一般の人々でした。 研究者、なかんずく進化心理学の研究者は、彼らの独創的な研究と、常識をくつがえす結論を支持したのです。 サロウェーは家族の力関係が成人後の人格を形成する決定的な要因であると主張し、ハリスは家庭の外に目を向けて、同年代の友達の影響が重要だとしているので、当然ながらこの二人は互いの論文に批判的だそうです。 次の問いに対する説明は、二ついっぺんにしています。 その一つは、「子どもをもたないか、一人か二人しか産まないことを選択する人たちがいるのはなぜか」と「なぜ人は自殺をするのか」という問いです。 ライトの94年のリストのうち、最初の二つの間題では、進化心理学と行動遺伝学は大きな成果を上げましたが、続く二つはいまだに解けない謎として残っているとミラー氏は言います。 なぜ子どもをつくらないことを選択する人たちや自殺する人たちがいるのか、という問いに対して、ミラー氏らの知るかぎり、説得力ある仮説は提出されていないと言います。 行動遺伝学で最近、生殖行動の遺伝的な基礎が発見され、子どもをたくさんつくるか少数しかつくらないかは部分的には遺伝子に左右されることがわかったそうです。 しかし、まったく子どもをつくらない人については依然として説明がついていないそうです。 子どもをつくらない遺伝的な傾向が、性淘汰によって残されるはずがないことは言うまでもないからです。 カテゴリー: , トリバースとライスは、男性の同性愛の遺伝子が、ゲイの男性ではなく、彼らの姉妹やその他の親族によって次世代に伝えられると考えたそうです。 ゲイ遺伝子は、その持ち主が男であれ女であれ、同じ行動に向かわせると言います。 男性とセックスをしたいという欲求です。 遺伝子の持ち主が男であれば、彼らは同性愛者になります。 しかし、次世代には彼らの遺伝子は伝わりません。 しかし、持ち主が女なら、彼女たちはその遺伝子をもたない女たちよりも多くの男性のセックスパートナーをもち、より頻繁にセックスをするので、より多くの子どもを産むだろうと言われています。 ゲイ遺伝子をもつ男たちの繁殖成功度が低下しても、彼らの姉妹たちの繁殖成功度が高まることで相殺され、ゲイ遺伝子は未来の世代に伝えられていくのです。 「男好きの姉妹仮説」とでも呼ぶべきトリバースらのアイデアは非常に大胆なものですが、この説を支持する研究結果が最近発表されているそうです。 母方の親戚に同性愛者がいる女性は、そうではない女性に比べて、子どもの数が有意に多いというのです。 ちなみにゲイ遺伝子は染色体上にあるので、父方ではなく、母方の系統で子孫に受け継がれると言います。 とはいえ、有史以来: まま一貫して、ゲイの男たちは社会規範や法的な締めつけで同性愛であることを隠すよう強いられ、異性愛の男たち同様に結婚して子どもをつくってきました。 男性の同性愛遺伝子が今日まで受け継がれてきた理由として、最も有力と考えられるのはこのような事情だろうとミラー氏は言います。 だとすれば、同性愛が社会的に受け入れられ、ゲイの男たちがカミングアウトして堂々と同性のパートナーと暮らすようになった時点で、皮肉にも同性愛の遺伝子は途絶えてしまうかもしれないと言うのです。 しかし、女性の同性愛の遺伝的なべースに関しては、今のところ何もわかっていないそうです。 次の疑問は、「きようだいでも性格が違うのはなぜか」というものです。 この問題は、進化心理学の理論と研究の有効性を示す格好の例となったそうです。 進化心理学の面目躍如というところだとミラー氏は言います。 1994年には説明できなかったそうですが、今ではこの分野の異端のヒーローとも呼ぶべきフランク・J・サロウェーとジュディス・リッチ・ハリスのおかげで答えが出ているとミラー氏は言います。 第一子である、長男長女は、生まれたときに親が与える資源をきようだいと奪い合わずにすむ立場で、多くの場合は親をお手本にして育ちます。 また、その延長上として、権威ある人物をお手本にするようになります。 第二子以降は、生まれたときにすでにきょうだいがおり、親に見習うというニッチはすでに兄や姉が占めているので、親とは距離を置き、反逆児になることで、独自のニッチを開拓しなければならないのです。 このように、同じ家庭で育っても、長男か次男かで性格が違ってくると言うのです。 カテゴリー: アラン・S・ミラー氏とサトシ・カナザワ氏の「進化心理学から考えるホモサピエンス」という本を読むと、あらためて、進化から人類を見ると、いろいろな期限を知ることができます。 同時に、いろいろな疑問が出てきます。 たとえば、生物は子孫に遺伝子を残していくことに有利な行動をするとしたら、少子化とはどういうことなのだろうかとか、男女の違いを書いたときのコメントにありましたが、では、同性愛についてはどう考えるのだろうかなどの疑問がわいてきます。 それは、進化心理学からすると、かなり難問なのでしょう。 そこで、ミラー氏は、この本の終わりに、いくつかの疑問について考えを書いています。 それは、ミラー氏によれば、人間の行動には、学者たちを悩ませてきた謎が多くありますが、進化心理学はそれに対して少なくとも何らかの、しかし部分的ではありますが、答えを提供できるアプローチであるからだと言います。 しかし、1994年に、サイエンスライターのロバート・ライトによって出版され、世界的にベストセラーとなった著書「モラル・アニマル」(講談社)があります。 ミラー氏ら二人は、この本によって進化心理学に出会ったそうです。 その本の補遺で、当時、進化心理学が答えを出せなかった六つの問いを挙げているそうです。 そこで、ミラー氏は、この六つの問いを掲げ、この13年間に進化心理学がこれらの謎を解き明かせたかを検証しています。 最初の問いは、「同性愛をどう説明するか」という問いです。 進化心理学は人減の行動の究極の動機として、おおむね異性間のセックスを通じて達成される繁殖の成功に非常に重きを置いているので、これについてどう説明するのでしょうか?この問いは、ミラー氏は学生や知人、学者仲間に進化心理学のアイデアを語った時に、いつも真っ先に聞かれる質問だそうです。 アラン・ミラー氏は知る限り、この問題を説明できる人はいないと言います。 ライトが、「同性愛をどう説明すればいいのか」と問いかけてから13年後の今でも、同性愛に関する定説となった決定的な説明は存在しないそうです。 ただし、進化心理学ではなく、それと関連した分野である行動遺伝子学から、1つの仮説が提出されているそうです。 遺伝子学者のディーン・ヘイマーらは男性の同性愛の遺伝的なルーツを突き止めたそうです。 といっても、男性が同性愛になる確率を高める遺伝子そのものである「ゲイ遺伝子」を発見したわけではないそうですが、染色体の一定の領域、Xq28という遺伝子上の配列が同性愛に関与していることを突き止めたのです。 一個または複数のゲイ遺伝子が見つかり、その塩基配列が明らかにされても、それらの遺伝子をもつ人すべて、あるいは大半が同性愛者であるならば、そのような遺伝子がなぜ伝えられてきたのか説明はつかないそうです。 これについては、進化生物学者のロバート・L・トリバースとウィリアム・R・ライスがアイデアを提供したそうです。 男性の同性愛の進化に関する彼らの仮説は、ヘイマーの著書で紹介されているそうです。 トリバースは電話でヘイマーにアイデアを話したものの、彼自身とライバスはその仮説を発表していないそうです。 カテゴリー: , 短期的な関係や気軽なセックスに対する欲求の性差に加えて、さらに事情をややこしくする要因があると言います。 これも男女の心理メカニズムの違いからくるものだそうですが、女性は性的欲求を控え目に表現し、「形だけの抵抗」を試みる傾向があると言います。 ノーと言ったケースの三分の一以上で、最終的には女性は誘いに応じ、合意の上でのセックスにいたっていたそうです。 故人となった行動遺伝学者のリンダ・ミーレーがこのことを非常に雄弁に語っています。 「女性は恥じらいをみせるよう淘汰されており、女性の『ノー』はときとして『もっと熱心にくどいてみて』というサインでもある」 ブラウンによれば、もう一つのタイプの敵対的な環境というセクハラは、何を「あからさまに性的」あるいは「敵対的」とみなすかで、男女の認識が違うことから起きると言っています。 アメリカの法延は多くの場合、架空の「妥当な判断をする人」を基準に、特定の職場が「敵対的な環境」かどうか判断を下しますが、ブラウンに言わせれば妥当な判断をする人など存在しないと言います。 「妥当な判断をする男」と「妥当な判断をする女」がいるだけだと言うのです。 妥当な判断をする男と妥当な判断をする女が、敵対的な環境とみなすものには大きなずれがあるようだと言います。 被害者とされる側の認識だけを無条件に重視することに、プラウンは疑問を呈しているそうです。 男性の同僚や雇用者から虐待的、脅迫的、屈辱的な扱いを受けたという女性の訴えの多くは正当なものですが、女性が労働市場に参入するよりもずっと前から、男たちは男同士の間での虐待的、脅迫的、屈辱的扱いに耐えてきたと、ブラウンは言っているそうです。 虐待や脅迫、屈辱をなめさせることは、残念なことに、男同士の競争の場で、男たちがよく使う戦術の一部だからだと言うのです。 言い換えれば、これが「差別」の定義であり、法律の規定するセクハラもそうした差別行為とされるのですが、男性が女性を同性と違ったやり方で扱うからではなく、その逆で、男女を差別しないことが嫌がらせになっているわけだと言うのです。 セクハラはメディアの関心を集め、訴訟のコストも膨大になるため、今では大半のアメリカの企業と大学が従業員・職員間の性的関係を全面的に禁止したセクハラ規定を定めているそうです。 これについて、ブラウンは鋭い問題提起をしています。 すなわち、セクハラの調査では、職場で望まない相手から性的なアプローチを受けたことがあるかという質問はされても、望ましい相手から性的アプローチを受けたことがあるかどうかが問われることはまずないと言うのです。 この質問に対する答えは一般的にイエスでしょう。 なぜなら多くの人が職場で恋愛相手を見つけるからだと言うのです。 セクハラとして告発されかねない男と女の行動は、ほぼ例外なく人間の正常な配偶戦略の一部であると言います。 それらはたいがいうまく行き、多くの男女が職場で長期なり短期の満足のいくセックスパートナーを見つけますが、場合によっては、男女の心理メカニズムの違いによる意思疎通のミスや誤解から、セックスパートナーを獲得するための行為がセクハラの烙印を押されてしまうのです。 いまアメリカの多くの企業や組織で導入されている、従業員同士の性的関係を全面的に禁じたセクハラ規定は、一考の余地があると言います。 望まない性的アプローチだけでなく、望ましい性的アプローチまで妨げてしまえば、男性だけでなく女性の性的な利益にとってもマイナスになるおそれがあるからだとミラー氏は言うのです。 カテゴリー: , ミラー氏は、システム化能力が必要な職業では男性が多数を占め、共感型の職業では女性が多数を占めるのは事実だといいます。 そして、保育士は、共感型の職業であると言います。 ですから、男性保育士がいても、彼らは、タイプE脳 女性脳 をもつ男性だと思っているような気がします。 しかし、私は、保育は、かつての母親の代わりに子どもを面倒みるというような役目から、子どもが体験する一つの社会であるべきだと追っています。 そのためには、他の職業と違って、ある特別な役割があるわけでないので、どちらかの脳のタイプが必要だという考え方から脱皮する必要があると思っています。 特に、これからの時代に対して、さまざまな道具の発明と製作につながるシステム化の能力は、子どもたちにとって必要な能力である気がしています。 女性が職場に進出し、男性と肩を並べて仕事をするようになった結果、残念なことに「セクシュアルハラスメント 性的嫌がらせ 」が増えたと言います。 とくにアメリカではこの傾向が顕著だそうです。 なぜ男女が一緒に働くようになると、セクハラが必然的に増えるのか。 そもそもセクハラとは何であり、進化心理学はそれをどう説明しているのでしょうか。 男女の所得格差とガラスの天井に関する研究と同様、セクハラをいち早く取り上げた進化心理学者はキングズレー・R・ブラウンです。 ブラウンによると、セクハラには二つのタイプがあると言います。 例えば、「俺と寝たら、昇進させてやる」というような「代償」タイプと、仕事場の雰囲気が「あからさまに性的な」もので、女性が安心して気分よく働けない「敵対的な環境」タイプです。 フェミニストや標準社会科学モデル派の学者は、セクハラを父権主義その他の悪しきイデオロギーとの関連で説明したがるそうですが、ブラウンはこの二つのタイプのセクハラは詰まるところ進化的な心理メカニズムと配偶戦略の性差に起因すると考え、イデオロギーではなく生物学的基盤にその源を探ろうとしました。 多くの調査で、男性は女性よりはるかに、短期的な関係や気軽なセックスに関心があることがわかっているそうです。 多くの男性は見知らぬ女性とのデートには抵抗があっても、セックスすることには抵抗がないそうです。 男性が生涯にもちたいセックスパートナーは平均20人近くだそうですが、女性は5人未満だそうです。 平均的な男性は女性と知り合って一週間で彼女とセックスすることを真剣に考えますが、女性は6カ月の交際期間を必要とするそうです。 私は、実際の若者の意識は知らないのかもしれませんが、このデータはアメリカでのもので、果たして日本にも当てはまるのかは疑問ですが。 代償型およびそれに類するセクハラの背景には、男のほうが短期的な関係や気軽なセックスに対する欲求が強く、その目的のためにできることはなんでもするという事情があると言います。 フェミニストがよく言うのは、ハラスメントは「セックスの間題ではなく、権力の間題だ」という台詞ですが、ブラウンに言わせればその両方だと言うのです。 男がセックスをするために権力を使うのがセクハラです。 「セクハラが権力の間題だというのは、銀行強盗は銃だけが間題で、金は関係ないというようなものだ」と、ブラウンは述べているそうです。 カテゴリー: , バロン=コーエンは、共感よりもシステム化に秀でた人の脳を「タイプS」脳、または「男性脳」と呼びました。 ただし、男性脳をもつ人が男性とは限りませんが。 また、、共感にすぐれた人の脳を「タイプE」脳、または「女性脳」と呼びました。 しかし、同様に女性脳の持ち主は女性に限りませんが。 彼によれば、タイプS脳は、祖先の環境で男性にとっては非常に適応的な脳だったようです。 なぜなら、システム化の能力は、道具や武器の発明と製作につながり、共感能力が低いということは、獲物を探す長い旅の間、孤独に耐えられること、男同士の竸争で必要とあらば相手に暴力的、攻撃的な行動に出られることにつながるからだと言われています。 同様に、タイプE脳は祖先の女性にとって適応的な脳でした。 共感スキルは、話ができない乳幼児のニーズを察知し、理解するなど、子育てに役立ちます。 また祖先の女性は、同族結婚を避けるために思春期になると生まれ育った集団を出て、他の集団の男性に嫁いでいましたが、新しい環境で友人や協力者をつくるためにも共感スキルが役立っただろうと推測できます。 そのため自然淘汰と性淘汰によって、祖先の男たちはタイプS脳をもち、女たちはタイプE脳をもつよう選択が進んだのだと言うのです。 バロン=コーエンによると、自閉症、およびアスペルガー症候群など自閉症スペクトラム障害の人は、システム化にはきわめてすぐれていますが、共感能力に乏しい「極端な男性脳」をもつと言われています。 極端な男性脳のあらわれとして自閉症を定義したこの概念は、多くの臨床例にあてはまるだけでなく、自閉症が女性よりもはるかに男性に多い理由もこれで説明できると言います。 バロン=コーエンらの調査で、自閉症者とアスペルガー症候群の人の家系に物理学者や技術者、数学者が非常に多いことがわかったそうです。 これは予測どおりの結果だと言います。 脳のタイプがタイプSかタイプEかはおおむね遺伝によって決まり、「家系に脈々と流れる」ものであり、物理学者や技術者は高度なシステム化スキルを必要とする職業なのです。 おそらく科学者や技術者の多くが男性であるのも、システム化能力が必要とされるからだろうと言います。 標準社会科学モデルの立場をとる社会科学者たちは、ジェンダーの社会化のせいだと主張していますが、それよりも脳の性差に大いに関係があるのだとミラー氏は言います、彼は、ジェンダーの社会化はもって生まれた男性脳、女性脳の差異を強化し、固定化するだけであるということを繰り返し強調します。 同様に、保育十、幼椎園の先生や小学校の教師、看護師、介護士、ソーシャルワーカーなど高い共感スキルを必要とする仕事には女性が就くことが多いのもそのような理由からです。 女性脳であるタイプE脳は、こういう職業に非常に向いているからだと言うのです。 アメリカやイギリスなど自由な資本主義社会では、男女とも最も自分に適した職業に就こうとするようです。 タイプE脳をもつ男性やタイプS脳をもつ女性も少なくないので、男性の看護師や保育士、攵性の神経科学者や技術者も大勢いると言います。 しかし、システム化能力が必要な職業では男性が多数を占め、共感型の職業では女性が多数を占めるのは事実です。 パロン=コーエン仮説はこの事実を説明するものだとミラー氏は言うのです。 カテゴリー: , バロン=コーエンの仮説は、まず二つの重要な概念、男性脳と女性脳を定義しています。 男性脳はシステム化に適した脳であり、女性脳は共感に適した脳であるというものです。 では、システム化、共感とは何なのでしょうか。 「システム化とは、システムの分析、探究、建設であり、システム化型の人は本能的に物の仕組みを考え、システムのふるまいを制御する法則を導きだそうとします。 その目的はシステムを理解し、予測し、新たなシステムを創造することだ」というのです。 バロン=コーエンは六つのシステムをあげています。 人工物、機械などの技術的なシステム、生態系、地理などの自然のシステム、論理、数学などの抽象的なシステム、法律、経済などの社会的なシステム、分類、命名などの組織化のシステム、楽器演奏、ダーツを投げるなどの身体的な動きのような運動のシステムです。 彼の言うシステムとは非常に包括的で、人間ではなく事物と関連したすべてを含むように思えるとミラー氏は言います。 論理的、組織的なルールによって制御されるあらゆるものをシステムと呼んでいるようだとも言っています。 それに対して、「共感」とは、他者の感情と思考を察し、適切な感情でそれに反応することです。 他者の感情に対して、それにふさわしい感情的な反応をするときに、共感が起きます。 その目的は他者を理解し、他者の行動を予測し、他者と感情的に結ばれることです。 言い換えれば、共感するとは、他者の思考と感情にその場で自然に波長を合わせることであり、共感力にすぐれた人は、相手の感情の変化とその原因を察知し、どうすれば相手の気分をよくしたり害したりするかがとっさにわかる人であり、思いやり、配慮、理解、慰めなど、その場にふさわしい感情で、相手の気分の変化に直感的に反応できる人なのです。 共感力にすぐれた人は、他者の感情に気づくだけでなく、他者がどう感じ、どう考え、何を意図しているかを継続的に思いやることができます。 共感は人間関係を定義づける特徴であり、共感のスキルは本当の意味での意思疎通を可能にするようです。 この共感力は、保育をするうえでとても大切な力だということがわかります。 特に、相手が子どもの場合は、自分からなかなか主張しないために、特にその力が求められます。 では、もう一方のシステム化は保育には必要ないのでしょうか?そこに、私は今の保育界の問題点を見ることができます。 バロン=コーエンはこのようにシステム化と共感のスキルを定義した上で、男女がこの能力をどの程度もっているかを次のように論じています。 システム化と共感のスキルには、男性の間でも、女性の間でも、個人差があるようですが、男性のシステム化スキルの平均値は女性のそれより高く、女性の共感スキルの平均値は男性のそれより高いと言われています。 ただし、この二つのスキルのばらつきは、男女ともほぼ同じだそうです。 つまり、平均的に男性はシステム化にすぐれ、女性は共感能力がすぐれているといっても、女性よりも共感スキルの高い男性はたくさんいますし、男性よりもシステム化に長けた女性も珍しくないということだとミラー氏は言います。 このことを理解するには、身長の男女差を例にとっています。 男性の間、女性の間で、身長には個人差があり、男性の身長の平均値は女性のそれより高いのですが、男女とも身長のばらつきはほほ同じようなパターンを示しています。 つまり、大半の男性は平均的な女性より背が高いものの、バロン=コーエンは、平均的な女性よりも背の低い男性、平均的な男性よりも長身の女性もいます。 システム化と共感のスキルにもこれと同じような男女差があるとしているのです。 カテゴリー: , ブラウンが指摘するように、ホワイトカラーや専門職のように高賃金の職には、長時間労働や、家族と子どもの都合におかまいなしに勤務地が転々と変わることや、ブルーカラーの労働者のように、危険で不快な就労状況といった条件が付きものです。 女性はお金が欲しくないわけでも、薄給の仕事が好きなわけでもありません。 まともな頭の持ち主なら、誰だって金はたくさん欲しいでしょう。 ただ、女性は会社で出世したり、高収入を得るために必要な、子どもの面倒を十分みてやれないなどの代償や犠牲を払いたがらないのだというのです。 さらに、モイアとジェッセルの共著には、「失敗した男は『成功することよりももっと大切なものがあるさ』と言い訳するが、女にとってはこれは言い訳ではなく、自明の理だ」と書いてあるそうです。 言い換えれば、男は稼ぎたいから必死で稼ぐが、女には金を稼ぐよりももっとやりがいのあることがあるから、それほど必死で稼がないのだというのです。 並みの男性より金を稼ぎ、高い地位に就きたいというモチベーションが非常に強い女性も例外的にいますで、大半の男より高収入で責任のある地位に昇りつめている女性も少数ながらいます。 それでも、男女の賃金格差は目にあまると、フェミニストは言っていました。 しかし、これらの数字は、男女の生まれつきの気質の違いを考慮に入れていないとミラー氏は言います。 今や統計的に有意な男女の賃金格差はほとんどないという結果が出ているそうです。 男のほうが明らかに稼ぎがいいというのはもはや過去の話であるというのです。 大半の女性が、並みの男性以上にしゃにむに金を稼ぎ、高い地位に就こうとしないから、大半の女性は男性より収入が少なく、男性ほど出世しないのだというのです。 ブラウンは、「ガラスの天井を打ち破る女性があらわれたということは、ガラスの天井などもはや存在しないということではないのか」と問いかけています。 アメリカやイギリスのような自由な資本主義社会では、男も女も自分の欲しいものを自由に追い求めることができます。 ただ、男と女では欲しいものが違うだけだとミラー氏は言うのです。 次に、ミラー氏は、「神経外科医は男性、幼稚園の先生は女性が多いのはなぜか」という問いについて説明しています。 ケンブリッジ大学の心理学者で自閉症の研究者サイモン・バロン=コーエンは一連の論文や著作、一般向けの科学書「共感する女脳、システム化する男脳」(NHK出版 の中で、自閉症の人は「極端な男性脳」をもつという仮説を提出しています。 この仮説は、すべてではありませんが、多くの自閉症の臨床例である対人関係の領域では深刻な欠陥があるが、他の領域では正常、あるいは非常にすぐれた能力をもつなどを説明するのみならず、自閉症者の圧倒的多数が男性であるという事実もこれによって説明できると言っています。 カテゴリー: , 大半の経済学者や社会学者は、標準社会科学モデルの立場から、男女の趣向、価値観、欲求はまったく同じであると考えているそうです。 そのため、人的資本と男女が就く職種の違いの影響を差し引いた後にも、依然として残る男女の所得格差は雇用者の差別によるものだと主張しているそうです。 しかし、これは直接的な観察から出てきた結論ではなく、統計的データから導かれたものだとミラー氏は指摘しま。 雇用者が「あなたは男だから、高い賃金をあげよう。 あなたは女だから、賃金は低くていい」などと言っているのを社会学者が目撃することなどあり得ないだろうと言うのです。 仮に男の賃金を高くしているとしても、雇用者は表立ってはそれを認めないだろうと言うのです。 彼は、どうも、男と女では仕事に対する考え方が違うからではないかというのです。 人的資本と職種が同じであっても、所得に影響を与えるような形で、男と女が根本的に違うのであれば、男女の所得格差が差別に起因するという主張は根拠を失います。 男と女では、金を稼ごうとする欲求や衝動など、内的な趣向や性癖が違うなら、男女の所得格差は、雇用者の差別や、いわゆる女性の昇進を妨げるみえない上限である「ガラスの天井」のような外的要因だけでは説明できなくなるとミラー氏は言うのです。 法学者のキングズレー・R・ブラウンは、進化心理学の立場から所得や職種の男女差など職場における性差を論じたパイオニア的な研究を行っているそうです。 ブラウンは、進化の歴史を通じて、男と女は異なる淘汰圧を受けてきたために、異なる気質をもつにいたったと指摘しているそうです。 男が繁殖に成功するには、物質的な資源と高い地位が要になります。 女は自分の子どもを守り、多くの投資をしてくれる、地位の高い豊かな資源をもつ男に引かれるからだというのです。 それとは対照的に、女が繁殖に成功するには、子どもの世話をすることが重要です。 その結果、祖先の女たちから受け継いだ心理メカニズムにより、現代の女性たちはリスクを冒すことに非常に消極的です。 それは、もし危険な行動をすれば、負傷したり死ぬおそれがあり、そうなると子どもも生き残れないのです。 また、高い地位に就いても、繁殖成功度は上がらないため、それほど高い地位を求めようとせず、男ほど攻撃的・竸争的でないというのです。 進化の歴史を通じて、女に近づくために激しく競争してきたのは男たちであって、その逆ではなかったのです。 ブラウンによれば、男は金を稼ぎ、高い地位に就くために、がむしやらに努力します。 アメリカで行われた調査では、収人を仕事選びの重要な基準にする人は、女性よりも男性のほうが有意に多かったそうです。 長年にわたって女性は男性よりも低い賃金に甘んじてきたからだと、フェミニストは言うかもしれませんが、この傾向は10代でとくに顕著なので、そういう解釈はあたっていないとミラー氏は言います。 対照的に、女性は「この仕事は重要で、達成感を与えてくれる」ということに重きを置いて仕事を選ぶようです。 カテゴリー: , 2020年6月 月 火 水 木 金 土 日 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 検索 最近のコメント• に yakumi より• に kuma6mon より• に たかし より• に k. taka より• に もりぐち より 最近の投稿• アーカイブ• 3 カテゴリー• リンク•

次の