天海祐希 宝塚時代。 天海祐希の若い頃画像まとめ!宝塚の月組時代からドラマ、映画出演作品まで!

【男役最速抜擢】天海祐希の宝塚時代の伝説(人気度)の凄さを解説!

天海祐希 宝塚時代

刻まれる静謐な時間。 グランドセイコーのイメージキャラクターを務める天海祐希が、撮影本番前の女優を演じる。 — VOGUE JAPAN voguejp 宝塚歌劇出身で今も女優として活躍している天海祐希さん。 天海さんは宝塚時代は超エリートで、数々の伝説を作っていることを知っていましたか? 今回は『天海祐希さんの宝塚時代の凄さ』について語ります。 トップスターと言われる中でも、他の方とは一味違った風格を持っていた天海祐希さんの当時の様子をまとめました。 スポンサーリンク 目次• 天海祐希の宝塚時代!面接でのエピソードやファンへの接し方 そう!宝塚時代の天海祐希さんのかっこよさがもっと知られて欲しい! — void amamiyukihbd 天海祐希さんは宝塚時代にどんなキャリアを歩んでいったのか。 その人気度や伝説となったエピソードを、経歴ごとに写真を添えてまとめました。 天海祐希の出身は東京!実家は音楽一家ではない 天海祐希さんの出身は東京都の台東区。 両親は建設や美容院など、音楽と関係しているお仕事はされていません。 ただ天海祐希さんは中学校で演劇部に入り主役を演じるなど活動。 その時期に担任だった先生に宝塚歌劇を勧められます。 そして面接に1回だけ受けるという両親との約束をして、宝塚音楽学校の受験を受けることになります。 宝塚音楽学校の面接を経て首席で入学!関係者が親に伝えた一言 以前、鶴瓶さんの番組『Asutadio』で面接のやりとりを天海祐希さんが語っていました。 当時、宝塚音楽学校の面接で、面接官に『今年落ちたらどうしますか?』と聞かれた天海祐希さん。 両親との約束があったので『二度ときません』と言ってしまったそう。 そのハッキリとした言葉に面接官も驚きました。 そんな印象的な面接もプラスに働いたのか、1985年に宝塚音楽学校に首席で入学することになります。 当時の噂で、天海祐希さんのお母さんが関係者から『よく生んでくれました』と言われたとか。 そんな伝説的なエピソードもあり、宝塚音楽学校を1987年に無事に卒業。 新人として宝塚歌劇団の一員となります。 同年の月組バウホール公演『青春の旋風〜リトル・ヒーロー三四郎』で早くも準主役のひとりブーン役に抜擢。 そして年末公演の『ミー・アンド・マイガール』で研一(入団一年目)にして新人公演に初主演を飾ります。 新人公演とは入団してから1年目から7年目までの新人だけで演じる公演のこと。 先輩たちも『誰なの?』と驚くほどのスピード出世。 今でも語り継がれる伝説エピソードです。 初舞台から6年半でのトップスター就任で、また伝説を作ってしまいます。 その後の天海祐希さんの後任が 紫吹淳さん・真琴つばささん など上級生だったことから、異例の抜擢だったことがわかります。 同期はそのときに新人公演に出ていたので、史上最速レベルでの就任ですよね。 ファンの間では『大地真央を上回るのか』と噂されていたほどでした。 [追記] 2018年に石橋貴明さんの番組『たいむとんねる』で男役を目指した理由を語っていました。 そのきっかけはなんとウエストサイドストーリーだったんだとか。 当時マリアを歌うトニー役 リチャードベイマー をみて、あの歌を歌いたいと思ったと語っていました。 このときから男役への漠然とした憧れはあったんだと思います。 宝塚時代の全盛期!人気度を表すファンの出待ちは塩対応 この写真三浦春馬じゃなくて宝塚時代の天海祐希だって知った時の衝撃忘れない — きいろ keyyyro トップスターとして宝塚のキャリアでは全盛期を過ごす天海祐希さん。 タカラジェンヌの人気度を表す出待ちも当時はすごかったんです。 …ただその対応は出待ちファンには、けっこう塩対応で評判でした。 当時は今と違って、ファンクラブに入らず出待ちをしている人 通称ギャラリー の過熱ぶりがすごかったんですね。 そういう状況もあってか、出待ちでの対応はそっけなかったようです。 しかも天海祐希さん側から、女性が深夜まで出待ちしてることに『22時以降に出待ちをしないで』と伝えたという噂もあります。 『お茶会では握手と写真撮影に応じるから』と発言していることからも、女性が夜に出待ちをすることを心配されていたことがわかります。 宝塚の出待ちと言えば、ファンがずらと並ぶことでも有名。 当時はネットやスマホも普及してなかったので、生で見たいというファンの熱は今よりも高かったのかな。 ファンと触れ合うお茶会でのかっこいい伝説エピソード 天海祐希さんのファンへのエピソードは出待ちだけではありません。 ファンと直接交流をもつお茶会でも、ゆっくりと写真撮影するファンに『テキパキ動きなさい』と発言。 理由は『全員で早く動いたら、その分時間ができる。 お話しする時間が増える』というもの。 ファンだからとペコペコするのではなく、何が一番大事かを判断して動けている印象を受けました。 ちなみにファンへ対等に接する姿勢は今も変わりません。 2019年に『最高の人生の見つけ方』という映画の公開イベントにサプライズゲストとして出演した天海祐希さん。 喜んで泣くファンに対して『私を応援するくらい、自分自身も応援してくださいね』と対応 表面上の対応ではない天海祐希さんらしい言動は当時からもあった。 憧れの存在のまま卒業!宝塚を引退した理由 1993年にトップスターに就任した天海祐希さんですが、なんとわずか2年後の1995年に宝塚を退団します。 当時からテレビでも有名だった天海祐希さんの退団は、ニュースにもなっていました。 鶴瓶さんがMCのA-Studioで退団理由について語っていました。 「今ここにいるのがアタシであってアタシじゃないっていう思いがすごくあった。 こうやって今まわりの方にたくさん応援していただけて、言葉は悪いですけどチヤホヤさせてもらっているのが、これは実は私の力じゃないんだって」 話題作りのために異例のスピードで出世したのではという疑問があったのかもしれません。 自分の力だけで勝負したいと女優として活動すべく、宝塚歌劇を退団します。 スポンサーリンク 退団するときのエピソードもすごい 宝塚を退団することを決めた天海祐希さんですが、退団時のエピソードもすごい。 退団するときは通常、車を借りてパレードをしたりするのが通例です。 でも天海さんはファンクラブの人全員にワイングラスを贈っていました。 全員というのがポイントでファンクラブってけっこうコアなファンとライトなファンにわかれるんですね。 でも天海さんは全員に同じようにワイングラスを送り、最後まで『ファンへの対応に優劣をつけないこと』を徹底されました。 けっこう他の人とは違う言動で注目を浴びることもあった天海さんですが、宝塚に嫌気がさしたわけではありません。 例えば退団後に、音楽学校の100周年に出席して歌劇の100周年には参加しなかったことを知人はインタビューで以下のようにこたえています。 「彼女は決して宝塚を嫌いになったわけではありません。 TSUTAYAやゲオでは在庫を取り扱っていないのですが、Amazonや楽天ならあります。 ただ時代的に他の作品はVHS ビデオ などもあり、今視聴するのは難しそうですね。 ただ天海祐希さんの宝塚時代の歌なら無料で聴くことができます。 音楽サイトmusic. jpにお試し登録すると音楽600円分・動画1000円分がもらえるキャンペーンがあるんです。 この登録してもらえるポイントを使えば無料で天海祐希さんの歌はもちろん、最近の宝塚歌劇の過去の作品も視聴できます。 天海祐希さんは女海賊で王位継承者の運命をたどるアンヌ役を演じています。 ただ写真を見る限りだとオスカルっぽいですよね。 ファンにはたまらない一枚となりました。 スポンサーリンク 楽天で購入 もっと宝塚に関連した作品が源氏物語。 2001年に吉永小百合さんが主演として公開された映画です。 ハリウッドでワールドプレミアも行われました。 天海祐希さんは光源氏という男性役を演じます。 紫の上を演じた常盤貴子さんとの絡みのシーンも話題となりました。 天海祐希さんの宝塚時代は伝説エピソードであふれてる 今回は私の地元にある宝塚歌劇出身の有名人、天海祐希さんの宝塚時代のエピソードをお話ししました。 入団当時から逸材として騒がれていた天海祐希さん。 その期待を裏切ることなくトップスターとして突き進み、その経験が活きる仕事を今でもされています。 今後、天海祐希さんのような方が宝塚歌劇に入団するのでしょうか。 スポンサーリンク.

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天海祐希 噂の歴代熱愛彼氏が豪華!破局した理由と結婚しな理由はなぜ?

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天海祐希の宝塚時代の伝説 天海祐希さんは宝塚歌劇団に1987年、73期生として入団しました。 初舞台は「ミー・アンド・マイガール」です。 歌劇団を退団したのは1995年。 その後はテレビドラマ、映画など女優として幅広く活躍中であることは、皆さんよくお存じかと思います。 「伝説」というと一体何があったんだろう…と思われますよね。 では今からひとつずつ見ていきましょう。 伝説1:宝塚音楽学校に同期中一番の成績で入学 天海祐希さんさんは宝塚音楽学校に一番の成績で入学しています。 そもそも天海祐希さんが宝塚歌劇団に入ろうとしたきっかけは、中学2年生の時担任だった宝塚ファンの先生から勧められたからだそうです。 意外にも子どもの頃からずっと憧れていたというわけではなかったようです。 もちろん努力は相当されたのでしょうが、一緒に受験した生徒の中でトップというのは なかなかできるものではありませんよね。 伝説2:「よくぞ産んでくださった」 「よくぞ産んでくださった」この言葉は入学試験を受ける天海祐希さんを見た宝塚歌劇団所属の演出家、植田紳爾氏が天海祐希さんの母親に言ったひと言です。 何百人ものタカラジェンヌと接してきた演出家には、受験の時からほかの人とは違う何かを天海祐希さんに感じていたのでしょう。 長身で、見た目の美しさだけでなく、カリスマ性や、歌や踊りの才能もありますからね。 そしてその目に狂いがなかったことは今の女優としての活躍にも通じています。 伝説3:あまりの実力に新人公演の主役に最速で抜擢 天海祐希さんはその実力の高さから、新人公演の主役に宝塚史上最速で抜擢されているのです。 宝塚歌劇団には新人公演があり、入団7年目までの若手が出演するのです。 本公演に進めるのはその中でも実力のある人だけ。 いわば新人の登竜門。 ファンにとっては将来トップスターになりそうな人を見つけるための公演といっても過言ではないでしょう。 そんなお披露目の大事な舞台に、天海祐希さんは入団なんと10か月で主役に抜擢されたのです。 当然ですが主役の座はたった一人にしか与えられません。 天海祐希さんの実力がすごかったことを物語っています。 伝説4:お茶会でファンに暴言!? 天海祐希さんはファンとのお茶会で暴言を吐いていた!? 宝塚歌劇団にはファンを招いての「お茶会」が催されることがあります。 天海祐希さんは当時、大人気だったため、たくさんのファンが会場に詰めかけました。 そして、のんびり写真を撮っていたファンに向かって、次の衝撃的な言葉を言い放ったのです。 「てきぱき動きなさい!」 「さっさと終わらせれば、その分たくさんお話しできるんだから!」 普通ファンに向かってそんなこと言う?と思った方、これは実は天海祐希さんの「愛」なのです。 実は段取りや運営が上手くいっていなかったからなのですが、 「段取りが悪いとファンの方と過ごす時間が少なくなってしまう」 そんなファンを想う気持ちから出た言葉なのです。 言い方はちょっときつかったかもしれないけれど、会場におられたファンの心にきっと響いたことでしょう。 確かにそうですよね。 それと入り待ちと出待ちの際の手紙の直接の受け渡しも禁止にしました。 手紙はすべてスタッフが受け取ることになりました。 これは、自分だけでなく他のメンバーの出入りがスムーズにいくようにという配慮です。 スターはファンに嫌われたくないので、なかなかこういうことを言う人は少ないでしょうね。 でもこれが天海祐希さんらしいと言えるかもしれません。 伝説6:大階段での見どころ「羽根」を拒否 自身の退団公演のラスト、大階段で天海祐希さんは背中に羽根を付けていなかった! 宝塚歌劇を一度でもご覧になられた方はお分かりでしょうが、 舞台のラストでは主役が大階段から背中に大きな羽根の飾りをつけて降りてきます。 そこがファンにとってのメインイベント、待ってました!という場面です。 ところが天海祐希さんさんは自分自身の退団公演で、なんとその羽根をつけませんでした。 理由は、「私らしくないから」と! タカラジェンヌの天海祐希というよりも、天海祐希自身を優先したようです。 伝統と格式を重んじる宝塚でしきたりを破って許されたのは、後にも先にも天海祐希さんくらいでしょう。 それほど特別な存在だったのです。 伝説7:ファンはみんな同じぐらい大事 ファンはみんな同じぐらい大事にする天海祐希さん。 宝塚歌劇にはいつも近くにいて世話を焼いてくれる熱烈ファンや、新人時代を含め長い間そのスターだけを追いかけてくれる年季が入ったファンもいます。 反対に最近ファンになった人、家が遠いので頻繁に宝塚歌劇を見に行けないファンもいるでしょう。 それでも人間、どうしても自分に良くしてくれる人をひいきしたい気持ちになるものですよね。 でも天海祐希さんは どのファンも大事という考えです。 退団記念のイベントのとき、 ファン全員に全く同じワイングラスをプレゼントしたそうです。 天海祐希さんらしい「分け隔てなくみんな私のファン」という姿勢が出ているエピソードです。 これもタカラジェンヌの伝統としきたりを破る行為でしたが、天海祐希さんだからできたことでした。 伝説8:さすが!最速でトップスター 宝塚史上最速でトップスターへ。 1993年天海祐希さんは入団7年目で月組トップスターの座に駆け上がり、その後数々の舞台で主役を演じています。 宝塚には「男役 10年」という言葉もあるほど男役として成長するには年月がかかるのです。 しかし、天海祐希さんはそれを たった7年で成し遂げてしまったのです。 171cmの高身長で舞台映えし、キリっとした美形の顔立ちでファンのハートを掴み続けた天海祐希さん。 でもそれだけでは異例の短い年数での抜擢はありえないでしょう。 才能もですが、人よりも陰で涙ぐましい努力をされていたのではないでしょうか。 伝説9:早すぎる!?スピード退団 早すぎるスピード退団。 天海祐希さんは 1987年に宝塚歌劇団に入団し、1995年に退団しています。 28歳の決断でした。 1993年に トップスターになってからはたったの約2年でした。 トップにのぼりつめるには相当の苦労があっただろうと思われます。 しかし、あっさりとその地位を捨て、女優として次のステージに挑戦しようと決断できる潔さは見習いたいものですね。 伝説10:サヨナラ公演で同期に挨拶 サヨナラ公演で同期に挨拶!? 普通の退団公演(サヨナラ公演)では、スターはお世話になったファンに手を振りながら最後の挨拶をするのが伝統です。 しかし、天海祐希さんは違いました。 一緒に舞台に立っていた 仲間たちへ目線を送り挨拶をしたのです。 ファンのことももちろん公平に大事にしてきた天海祐希さんですが、 今、自分がここまでやってこれたのは仲間のおかげだと舞台上で感謝の気持ちを表したのです。 慣習にとらわれず、自分がいいと思った行動を取る天海祐希さんならではのエピソードです。 「年相応、分相応」、いい言葉ですね。 建設業をされていた父親と美容院を営んでいた母親からずっと言われ続けたこの言葉が「伝説」と呼ばれた天海祐希さんの行動の原点なのかもしれません。 ただ、それでもちょっと退団を決めるのが早すぎるような気もしたので、ここでちょっと推理をしてみましょう。 ・いじめにあった? 異例の出世のほか数々の伝説を残す天海祐希さんだけに、快く思わない人も中にはいたかもしれません。 しかし、抜きんでた才能と努力が評価されただけですので、これは信じにくいですね。 ・先輩にトップになれる可能性を残すため 天海祐希さんがもしトップの座に10年いつづけたとしたら、在籍年数が長い先輩方は月組のトップになることはできなかったでしょう。 頭のよさそうな天海祐希さんならもしかしたらその辺りも考えていたかもしれませんね。 ・女優として早く再スタートを切りたかった? これが一番しっくりくる感じですね。 決断も行動も早い天海祐希さんなら、宝塚歌劇団で成功し知名度のあるうちにいろんな役に出会って、女優として早く次のステージに立ちたかったのではないでしょうか。

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【男役最速抜擢】天海祐希の宝塚時代の伝説(人気度)の凄さを解説!

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天海祐希さんがかっこいいという世間の評判 ドラマの視聴者や宝塚時代のファンの方は、どういった面をカッコいいと評価しているのでしょうか。 実施されたアンケートや作品についてのSNSの声を参考に確認していきましょう。 天海祐希さんが上位にくるアンケート 引用元 芸能界にはいろんなアンケートがありますが、天海祐希さんは上位にランクインする常連さんでもあります。 理想の上司や女が選ぶイイ女ランキングといったアンケートでは第1位に選ばれています。 世間の人は『あんな女性になりたい』とか『憧れる』といったかっこいいイメージを持っていることがわかりますね。 こういったイメージが強いのは次の作品の印象が強いことも関係しています。 そこで天海祐希さんのイメージにピッタリな作品を見ていきましょう。 天海祐希さんのスーツ姿を見れる作品が高評価 転職セミナーで久々にスーツを着用。 普段着ないから落ち着かなかった。 そして人に酔う。 特にスーツ姿が見れる作品は好印象の声が多いですね。 離婚弁護士とかBOSSとかは定番かな。 女王の教室はカッコいいというより最初は怖さが強いかもしれません。 個人的にはカエルの女王様が一番好きなのですが、あまり共感されない… 天海祐希のかっこいい!イケメンな見た目をプレイバック 天海祐希さんはなぜカッコいいというイメージが定着したのか。 それは宝塚時代の秘蔵写真と、現在まで老いがない 見た目が変わらないこと も関係していました。 三浦春馬にそっくり!宝塚時代のかっこいいと話題になった写真 以前Twitterで昔の天海祐希さんの写真が三浦春馬さんにそっくりだと話題になったんです。 そのときの写真がこちら。 この写真三浦春馬じゃなくて宝塚時代の天海祐希だって知った時の衝撃忘れない — きいろ keyyyro もちろん宝塚時代の公演でもカッコいい姿はありました。 ただ今でふとした瞬間に切り取った写真が話題になっています。 カッコいい見た目が昔も今も変わらない 宝塚歌劇に在籍していた当時からかっこよかった天海祐希さん。 でもその美しい見た目が今も変わってないこともスゴイですよね。 今と昔を比較しても、ぜんぜん変わらないというか老いを感じない。 この間ファイナルゲーム観に行ったけど、天海祐希さんがまったく変わってなくて本当に感動したんだよなぁ… 人生逆転ゲームから10年も経ってるのに変わらない、なんならもっと美しくなってるの本当すごいと思う。 — 嵐坂46 AraZaKa46 このように単純な見た目の美しさや、そのキレイさが変わらないことも『憧れの女性像』に繋がっています。 ただ天海祐希さんは見た目だけがカッコいいわけではありません。 宝塚時代の振る舞いや、友人のエピソードを見ると内面も素晴らしいことがわかります。 天海祐希の男前エピソード!内面もかっこいい 天海祐希さんのエピソードはいくつもあります。 その中でも今回は宝塚時代・ファンへの対応・私生活の3つに分けて紹介しますね。 宝塚時代のエピソード!周りに流されない意思がある — 2020年 1月月24日午前7時48分PST 宝塚時代の伝説ともいえるエピソードは『周りに流されない』という印象を受けます。 例えば以前『ウチのガヤ』では以前からあった宝塚のルールを廃止したというお話しがありました。 もともと宝塚では予科ピンというルールがあったんです。 髪の毛がはねないようにヘアピンを付けるという規則のこと。 宝塚音楽学校の1年目の生徒 予科生 はつけないといけない規則だったのですが、それに異論を唱えたのが天海祐希さん。 同期で話し合って『これはやらなくていい!厳しすぎる』という結論になったんです。 それで今まで当たり前としてあった規則がなくなったというエピソード。 『規則だから』と従うのではなく『本当に必要か』で判断できる考えが素晴らしいですね。 また天海祐希さんの宝塚時代のエピソードでは引退時もあります。 宝塚を退団するときは今まで支えてくれたファンにプレゼントを贈るんです。 そのプレゼントはファンの上下関係によって変えるのが通常なのですが、天海祐希さんは全員に同じワ イングラスをプレゼント。 『ファンに上も下もない!全員同じ』という強い意志が現れた行動です。 公開された映画『最高の人生の見つけ方』の試写会でファンが天海祐希さんに感謝の言葉を伝えたんですね。 その試写会で、あるファンが『今もずっと好き!今日初めて会って嬉しい』と泣き出したんです。 そしたら天海祐希さんが以下のようなコメントをしました。 本当にそういう 応援してくれる 気持ちはうれしいです! 私もどこかの誰かの役に立っているんだなって思えるし、私を応援する気持ちと同じくらい自分を応援してくださいね。 それできっとあなたの人生も素晴らしいものになる。 泣かない! ね! 頑張って、すてきな毎日にしましょう。 それが私のしたいことかな。 ありがとう この様子を見た方から『天海祐希さんはカッコいい』と評判になりました。 ファンへの接し方は今も昔も変わらないことがわかります。 飾らない私生活や筋トレへの名言もカッコいいと評判 仕事面だけでなくプライベートを知ってる方の印象も良いものが多いです。 例えば坂上忍さんは日本テレビ『ヨロシクご検討ください』の番組で『女優女優してない。 こういう人をお嫁さんに旦那さんは幸せになれる』とコメント。 飾らない一面は同じ宝塚歌劇にいた真矢みきさんもインタビューで語っていましたね。 食べたら動くをモットーにしているので、食べたら筋トレすることを意識しているんです。 『婚活より筋活。 オトコと違って筋肉は裏切らない』とのことで、共演していた速水もこみちさんと筋肉の話で盛り上がっていたという話もあります。 天海祐希さんは見た目も性格もカッコいい!芯をもった女性 今回は天海祐希さんがなぜかっこいいというイメージがあるのかをお話ししました。 一般的な印象は『デキる女性』の役が多いのが影響しています。 それに加えて宝塚時代の男役だったころの写真や、男前のエピソードもカッコいい印象を強くしている。 プライベートでも評判のいい方なので、イメージが崩れるといったこともないんですね。

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