名古屋 妊婦 切り裂き 事件。 名古屋・妊婦切り裂き殺人事件

名古屋妊婦切り裂き事件の真相!犯人や子供のその後や今現在に迫る

名古屋 妊婦 切り裂き 事件

Aさん 27歳 は臨月の妊婦でしたが、名古屋妊婦切り裂き事件が発生した1988年(昭和63年)3月18日には出産予定日を5日超過していました。 初めての妊娠で出産予定日を5日超過しているAさん 27歳 の体調を気遣って夫であるBさん 31歳 は、仕事の合間を縫って会社から自宅にいるAさん 27歳 へ電話をかけるようになっていました。 名古屋妊婦切り裂き事件が発生した988年(昭和63年)3月18日にも夫であるBさん 31歳 は会社からAさん 27歳 に2度電話を入れています。 1度目は同日昼12時ころでこの時には「まだ生まれそうにない」などと会話をしましたが特に異常はありませんでした。 2度目の電話は夫であるBさん 31歳 が仕事を終え退社する直前の18時50分頃です。 この時は誰も電話に出ませんでした。 夫であるBさん 31歳 は18時50分頃に自宅へ電話をかけた際にAさん 27歳 が電話に出なかったことをおかしいと思いながらも、自分が自宅へ着くころにはAさん 27歳 も自宅にいるだろうと思い帰宅の途に就きました。 夫であるBさん 31歳 が19時40分頃に自宅に着くとある異変に気付きました。 普段は玄関の鍵は必ず施錠されているはずなのにこの日は施錠がされていませんでした。 また、電気もついておらず部屋は真っ暗な状態でした。 夫であるBさん 31歳 はこの状況を不審に思いつつも部屋に歯率とすぐに寝室へ向かいました。 着ていたスーツを着替えているときに居間の方から赤ちゃんの泣き声が聞こえました。 夫であるBさん 31歳 は「ついに赤ちゃんが生まれたのか」と思い居間へ向かいました。 居間の電気を着けると変わり果てた姿のAさん 27歳 とAさん 27歳 の足元で弱弱しく泣いている赤ちゃんを発見しました。 変わり果てた姿のAさん 27歳 と弱弱しく泣いている赤ちゃんを発見した夫であるBさん 31歳 はすぐさま救急車の手配を行いました。 しかし、ダイニングキッチンにあるはずの電話がなく慌てた夫であるBさん 31歳 は1階の住人に電話を借りに行きました。 19時43分に夫であるBさん 31歳 は119番通報をしました。 電話を貸した1階に住んでいた男性は後に夫であるBさん 31歳 が「電話が引きちぎられている。 赤ちゃんが出ているから電話を貸してほしい」と頼み込んできたのでてっきり赤ちゃんが生まれそうなのかと思っただけで、この時Aさん 27歳 が殺人事件の被害にあっているとは思ってもみなかったと述べています。

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名古屋アベック殺人事件

名古屋 妊婦 切り裂き 事件

昭和から平成に近づく1988年に日本を震撼させる猟奇的殺人事件が起きました。 それが今回紹介する「名古屋妊婦切り裂き殺人事件」です。 この事件は相当なグロが含まれている殺人事件なので苦手な方は注意して読み進めて行ってください。 1988年に起きた「名古屋妊婦切り裂き殺人事件」 1988年(昭和63年)の3月18日、日本全国を震撼させる猟奇的殺人事件が愛知県の名古屋市内で発生しました。 この日の19時40分ごろ当時31歳であったAさんは、勤め先から名古屋市にある自宅アパート に帰宅していました。 自宅には臨月を迎える妻がいて、いつ生まれてもおかしくなかったのです。 しかし、 帰宅すると自宅には妻の姿は見えず家の鍵もかかっていなかったのです。 何故かと考えていると、 どこからか赤ん坊の泣く声が聞こえてきました。 気になった Aさんは家に入り今を開けてみたところ、青いドレスを着て血を流して倒れている妻がいました。 横には 恐らく生まれたばかりであろう血まみれの赤ん坊が鳴き声をあげていたのです。 よくみると妻は、 両腕を縛られており首にはコタツのコードが巻かれ、周囲には血だまりができていたのです。 そして、赤ん坊はへその緒が付いたままでした。 動揺してしまったAさんは、とりあえず救急車を呼び搬送されて行きました。 妻は 死亡確認されたが、子供は命に別条がなく奇跡的に一命をとりとめたそうです。 発見時の被害者の状況が異常だった 犯人は 妊婦をコタツのコードで絞殺後、腹から生きたまま胎児を取り出し、子宮にコードを切り離したプッシュホン式の電話の受話器とキャラクター人形のついたキーホルダーを入れた状態だったのです。 死体は、 薄い鋭利な刃物で、みぞおち付近から下腹部に掛けて縦38センチにわたって切り裂かれていたそうです。 なんと 子宮も12センチに渡って切り開かれていたのです。 なんと疑われたのは夫だった・・・ この事件で 真っ先に疑われたのは「夫」だったのです。 夫は重要参考人として警察から取り調べを受けることになりました。 警察は当初、被疑者は夫のみと絞っていたのです。 理由としては、家の異常に気づきながら、妻を探す前にスーツから着替えていたからです。 しかし、 妻の死亡推定時刻は午後3時前後で、その時間にはまだ会社に勤務していたためアリバイが成立しました。 ここで悲しいのは、 被害者の夫は自身の子供に母親が殺害されたという真実を告げられないでいるということです。 犯人の犯行理由はサイドビジネス?! 夫婦がサイドビジネスとしてアムウェイの販売を行っていたのです。 このようなこともあり 警察は「サイドビジネスがらみの怨根殺人」と睨んだそうです。 犯人像や犯行の異常性について 臨月の妊婦の腹を切り開き、胎児を取り出すなんて言う犯行は素人にできることは不可能であるといえます。 胎児がいる部分を的確に切り裂けるのは産婦人科でなければ無理と言われているのです。 被害者のAさんの妻にはためらい傷はなく、手慣れている犯行だといえます。 巷では、好奇心からくる犯行が一般的な説だと語られています。 つまり犯人は異常者であるということがわかります。

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名古屋妊婦切り裂き殺人事件の犯人は?子供と夫の現在は?

名古屋 妊婦 切り裂き 事件

名古屋妊婦切り裂き殺人事件とは、 1988年に 名古屋市内で起きた、 犯罪史上稀に見る猟奇的残虐な殺人事件です。 3月18日午後1時頃Aさん(当時31歳)は 臨月の妻Mさん(当時27歳)の様子を伺う為、 仕事場から自宅に電話を入れました。 その時は、 妻の様子はいつもと変わりませんでした。 しかし、 同日午後6時50分頃に再び妻に電話を入れました。 10回コールしても出ないのでAさんは急いで帰宅しました。 午後19時40分頃、夫が帰宅したところ玄関の鍵は開いていました。 Aさんは部屋に入ると、 どこかで赤ちゃんの声が聞こえたような気がしました。 そして部屋の奥に向かうと、 妻Mさんがマタニティドレスを着て 仰向けに倒れたまま動かない状態になっていました。 Mさんは両手を縛りあげられて電気コードで絞殺されていました。 その上、 カッターのような薄い刃物で腹部を縦38センチ、 深さ2. 8センチほど裂かれて、その 傷口から胎児が取り出されていました。 へその緒はすでに切られていました。 子宮には、プッシュホン式の電話の受話器と キャラクター人形のついたキーホルダーが入れられていました。 その後、 妻の財布を盗んで逃走したとみられています。 胎児は、下半身に3ヶ所傷は負っていましたが命に別状はありませんでした。 胎児はすぐに入院措置を取り、夫の両親から輸血を受けて 無事に回復し保育器の中で育てられました。 当初は、激しく争った形跡が無かったので 警察からは第一発見者である夫が疑われました。 しかし、Mさんの死亡推定時刻に夫は仕事場に居たため 犯人候補から外されました。 事件当初、 Mさんの自宅周辺で30歳前後の 小柄な不審な男が目撃されていました。 結局、 犯人は捕まることはなく2003年に時効が成立してしまいました。 Aさんは、現在息子とハワイで生活しているそうです。 都道府県&カテゴリから探す• 386•

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