米津玄師 馬と鹿 意味。 馬と鹿 米津玄師 歌詞の意味は?PVもすごい!

米津玄師「馬と鹿」「君と僕」

米津玄師 馬と鹿 意味

馬と鹿、馬鹿、タイトルを見てすぐ連想した方が多いのではないだろうか。 米津玄師の楽曲、実はよく馬鹿という言葉が登場している。 そのほとんどに共通しているのは、自分に対する皮肉として使われている、という事。 この楽曲の中でも、皮肉のように感じられる表現が多くある。 ・ 歪んで傷だらけなのに麻酔も打たずに歩いた ・噛み終えたガムの味をまだ味わう 麻酔を打てばいいし、ガムは捨てればいいのだ。 ・傷跡を隠して歩いたのにそのくせ影をばら撒いた 人に見られないようにしていたのに、暗い部分である影を自らばらまいて気づかせようとしており、矛盾している。 ・ただひとつ守れるだけでよかったのに 逆説であることからひとつも守ることができなかったと受け取ることが出来るのではないか。 ・あまりにくだらない願い 自分が必死に守っている願いをくだらない、と表現している。 しかしこの楽曲は「自分は【馬鹿】だ」という結論には収まっていない。 【馬鹿】ではなく、【馬と鹿】なのだ。 この楽曲には印象的なモチーフ、【花】がある。 【花】は、消すことの出来る痛みを消さない理由であり、愛と同じように呼ばれている。 また、花の名前を呼ぶことは【君】を呼ぶことである、と最後のサビから推測することができる。 【馬鹿】でい続ける理由は、【君】そのものであり、一緒に痛みが消えないままで共に進んでいこうというのが結論ではないだろうか。 米津は、「君と僕を」、「踵に残る似た傷を」【馬と鹿】に例えたのかもしれないと感じた。 投稿いただいたコメントはロッキング・オンが公開可否審査を行った上で掲載します。 コメントの前に、かならずを読んでください。 音楽文事務局が不適当と判断したコメントについては掲載しない場合がございます。 また、一度掲載されたコメントも、音楽文事務局の判断で削除させていただく場合がございます。 ご了承の上ご利用ください。 コメントの掲載基準や掲載可否についてのお問い合わせにはご対応いたしかねます。 ご了承ください。 利用規約に違反している可能性があるコメントを見つけた際は、当該コメントの「…」ボタンより「報告する」を押してお知らせください。 お知らせいただいたコメントは1件ずつ確認し、対処いたします。 犯罪予告や名誉棄損、侮辱、信用棄損、業務妨害罪などに該当する場合など、コメントの内容によっては警察に通報する場合があります。 本コメント機能はベータ版となります。 予告なく終了する場合がございます。 ご了承ください。

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米津玄師 馬と鹿 歌詞

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カテゴリ• 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 体の奥底で響く 生き足りないと強く また味わうさ 噛み終えたガムの味 冷めきれないままの心で ひとつひとつなくした果てに ようやく残ったもの これが愛じゃなければなんと呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 花の名前をただ一つだけ 張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい 疲れたその目で何を言う 傷跡隠して歩いた そのくせ影をばら撒いた 気づいて欲しかった まだ歩けるか 噛み締めた砂の味 夜露で濡れた芝生の上 はやる胸に 尋ねる言葉 終わるにはまだ早いだろう 誰も悲しまぬように微笑むことが 上手くできなかった 一つ ただ一つでいい 守れるだけで それでよかったのに あまりにくだらない 願いが消えない 誰にも奪えない魂 何に例えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を結えばまだ続く 行こう花も咲かないうちに これが愛じゃなければなんと呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 恐れるままに花の名前を 君じゃなきゃ駄目だと 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない 願いが消えない 止まない TBS日曜劇場「ノーサイドゲーム」の主題歌を担当させて頂きました。 「馬と鹿」という曲です。 大泉洋さん演じる君嶋が、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探っていった末にこの曲ができました。 素敵なドラマとご一緒できて嬉しいです。 どうかよろしくお願いします。 米津玄師twitterより 今回は主人公が「逆境」に立ち向かっていく様をテーマにした作品である ことを理解することができますね。 そして一口に逆境という漠然とした状況について論じるのではなく、逆境の 色々な側面をなぞって一つ一つ取り上げている歌詞のようです。 さてタイアップとなるドラマの内容に少し触れてみたいと思います。 「ノーサイド・ゲーム」~あらすじ~ 主演である 大泉洋が演じる 君嶋隼人は、大手自動車メーカー「トキワ自動車」の 中堅サラリーマン。 君嶋は出世レースの先頭に立ち幹部候補とまで言われていた が、上司が主導する企業買収に異を唱えた結果、左遷人事で府中工場に総務部長 として赴任することに。 意に染まない 異動だが、これもサラリーマンの宿命。 や るせない思いで赴任先の工場に赴いたところ、トキワ自動車ラグビーチーム 「ア ストロズ」のゼネラルマネージャーを兼務するよう命じられる。 かつては強豪チ ームだったアストロズだが、いまは成績不振にあえいでいた。 こうして知識も経 験もない君嶋にチーム再建という重荷が課せられた。 低迷するラグビー部と出世 の道を絶たれた君嶋の、 再起をかけた戦いが始まる。 左遷させられ低迷した主人公はどのように逆境を乗り越えていくのでしょうか。 現在公開されているドラマの内容に触れつつ歌詞からその点を紐解いていきまし ょう。 タイトル『馬と鹿』とは 二頭の動物で構成された実に奥深く不思議なタイトルですね。 二つの漢字をくっつけると「馬鹿」という単語になることに気づきます。 「馬鹿」には「愚かなこと、利口でない、社会の常識に欠けている」という 意味があります。 さらに二頭の動物が持つ意味や象徴にも注目してみましょう。 まず 「馬」ですが昔から馬は戦争において重要な役目を果たしていました。 軍馬としてまた移動手段として用いられ幅広い分野で活躍していたのです。 ですから国にとって馬の数は貴重であり重要な財産とみなされてきました。 ですから馬は 「富や権力」の象徴であり 「高貴」なイメージもあります。 続いて 「鹿」について考えてみましょう。 仏教では 「ハーモニー、幸福、平和、長寿」また別の説では精神世界と 物質世界の バランス」という意味合いがあるそうです。 上記の意味を抜粋して考えると「 協調と安寧」といったところでしょう。 確かにドラマ主人公は「馬」のような時期、つまり富や権力を得て出世 コース邁進中の期間がありました。 それでも左遷されてからは人生は一変して弱小ラグビーチームの底上げ 役として歩んでいくことになります。 出世は平和などなく誰かを蹴落としてのし上がる面が強いでしょう。 しかしチームワークを重視するスポーツなどにおいては主人公が平和や 協調そして安寧の大切さを痛感したに違いありません。 まさに「鹿」のような期間を体験しているわけです。 では実際に歌詞から考察を始めていきましょう。 『馬と鹿』歌詞の意味 無味な日々の中で研ぎ澄ました感覚 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 体の奥底で響く 生き足りないと強く また味わうさ 噛み終えたガムの味 冷めきれないままの心で ひとつひとつなくした果てに ようやく残ったもの 主人公は心に深く歪んだ傷跡を残しました。 原因は春に起きたあることがきっかけです。 ドラマの主人公に重ねるとそれは人事異動 だと理解できます。 歌詞に「春」とあるのは春の季節に人事異 動が多いからだと解釈できます。 意に沿わない左遷は彼にとっての逆境を生 み出しました。 それでも彼は自分に正直にありたい、無感 覚な状態で生きたくないと考えました。 その点が「麻酔も打たず」というフレーズ から悟ることができます。 「噛み終えたガムの味」という表現は主人 公の左遷後の日々が味気ないものになって しまったことを描写しているに違いありま せん。 馬のように勢いに任せて疾走するような日 々は終わってしまいました。 それでも彼は何か心の中の大事なもの、、 そう大事な感覚を研ぎ澄ませていたのです。 愛という名の原動力 これが愛じゃなければなんと呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 花の名前をただ一つだけ 張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい 味気ない日々を送る主人公でしたが新しい人生を 歩む中である感覚、感情とも言うべきものを実感 していました。 それは「愛」と呼べるものでした。 そしてここで出てくる何と呼ぶか知らなかったも の、そして呼ぶことができた花の名前とはラグビ ーチームのメンバーのことを指すのでしょう。 主人公が出世コースを邁進している期間には当然 彼らの存在を知りません。 つまり一人一人の選手の名前を知らないわけです。 ドラマ第二話予告ではチームは「家族」だと言う 台詞がありました。 絆が強まり、そして家族としての認識が全面に強 調されていました。 家族の名前は当然一人一人言えることでしょう。 同時に家族には「愛」という感情が芽生えます。 主人公とチームは近づいたり離れたりを繰り返し ます。 信頼関係の構築には時間がかかるものです。 その点を描写するフレーズとして「鼻先が触れる 呼吸が止まる」という表現が用いられています。 少し触れては離れる距離感、そして呼吸が止まる ように思える事件。 それらすべてを受け入れ前進していけるのは主人 公がチームへの愛に動かされてのことなのです。 馬鹿げた願い 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない 願いが消えない 歌詞中で何度か出てくる「痛みは消えないまま でいい」というフレーズはどういう意味でしょう。 それは辛い経験から学んだ教訓のことだと解釈 できます。 出世コースから外れなければ理解できなかったこと そしてラグビーメンバー一人一人。 それらと触れることで主人公は「愛」という感情を 覚え、大切な感覚を抱くことができたのです。 それは願いに変わり逆境に立ち向かうための原動力 となり主人公を一層強い大人へと変えていきました。 確かになにもかもが馬鹿げて見えた日々でした。 それでも泥に塗れ汗を流し精一杯生きる今が彼にと っては大事に思えたのです。 世間から評価されない彼の戦いはまだまだ続いてい きそうです。。 まとめ いかがだったでしょうか。 自分の理想や期待とは違う人生になると普通は落胆する ものです。 自暴自棄になる人もいることでしょう。 それでも主人公は腐ることなく目の前に用意された逆境 と戦っていきました。 歌詞やドラマから順調でないと思えるときこそどう考え どう行動するかを学ぶことができました。 また米津玄師さんの透き通って心にゆっくりと広がっ ていく声にも魅了されましたね。 次回作と今後の活動に期待し注目していきたいと思います。 素敵な作品をありがとうございました。

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米津玄師の『馬と鹿』の歌詞の内容とその魅力とは

米津玄師 馬と鹿 意味

スポンサーリンク 米津玄師が「馬と鹿」を制作した背景 米津玄師さんがドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌「馬と鹿」についてインタビューに答えています。 そこから見えてくる背景を考察してみます。 米津玄師が「馬と鹿」を制作したきっかけ 制作のきっかけはドラマの依頼を受けてからでしたが、このときには米津玄師さんの長年の夢でもあった映画「海獣の子供」の主題歌「海の幽霊」を制作したことで、 燃え尽き症候群のような状態になってしまったんだとか。 そこで、「海獣の子供」とは対象的な題材でもあるドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌を制作することに。 「ノーサイド・ゲーム」は池井戸潤原作の ラグビーや企業スポーツが題材のドラマ。 企業に就職したこともなければ左遷したこともない米津玄師さんは悩んだそうですが、スポーツが共感の一致だったそうです。 米津玄師さんがこの感情を持てたきっかけが、Amazon Prime Videoの「オール・オア・ナッシング」というドラマだったそうです。 ラグビーのノーサイドのように試合ではしのぎを削りながらも、試合後のロッカールームではお互いを讃え合う。 そんな愛情を表現しようと思って制作したのが「馬と鹿」だったんですね。 だから 愛情といっても男女の愛情というよりも、仲間との愛情をテーマにした曲なのではないでしょうか。 米津玄師が「馬と鹿」を制作した音楽的なポイント 「馬と鹿」はとてもキャッチーながら、曲の構成を分析するとかなり難易度が高いです。 個人的には米津玄師さんの他の曲も同様に感じていて、米津玄師さんの曲の特徴だとも思います。 米津玄師さんは曲制作時は、燃え尽き症候群になってから 今までと違う新しい何かを探していたそうです。 JPOPとしてはかなり特徴的で一見分かりづらくもありますが、中毒性がとても高い曲です。 また米津玄師さんは「馬と鹿」は ドラマの主題歌だからこそできると思ったそうです。 米津玄師さんがインタビューで 逆境に折れることなく、這い上がろうとしている様子が見て取れますね ここの歌詞もリスタートを切る決意をしているのではないしょうか。 まだガムの件から「まだ終わっていない!」という主人公の気持ちを感じます。 エリート街道から外れて冷めて諦めたいけど、 心の何処かでまだ熱を持っているんだと。 失ったモノがあって納得いかない気持ちを抱きつつも、また歩き出そうとしているんだと思います。 辛く険しい道程も愛する人や仲間が傍にいれば、痛みがあろうとも進んでいける。 そのことを主人公は左遷されてラグビーチームに関わるまで知らなかったんだ、ということを表現しているように感じます。 花というのは 「人との絆」なのではないでしょうか。 大切な人との絆、仲間との絆。 その絆が自分が我を忘れるくらいの熱情を引き起こしていることを実感した、と表現している気がします。 人との絆が愛ということなのかもしれませんね。 たった一つ大切なモノとは大切な人なのかチームなのか。 それとも信念や人との繋がりなのかもしれないですね。 ここで君と僕という表現がされていますが、僕(主人公)と君(大切な人あるいは仲間)とした時、 同じ傷を持つ者同士、良い時をポジティブに捉えればまだ続いていくから、先に進んでいこう。 そんな感情を表現していると思いました。 主人公にとって大切な人あるいは仲間が唯一無二であり、その感情が絆であり愛であるということを表現しているんではないでしょうか。 そんな主人公にとって唯一無二の人がいるからこそ、我を忘れるくらいの歓喜と熱情をもたらしてくれるのだと思います。 そんな人をあるいはその人との絆を守るという願いは決して消えないし、止むことはないと主人公が前に進んでいく気概を感じます。 たぶん難しいですね。 何よりこの世界観は米津玄師さん唯一無二でしょう。 苦しく痛みも伴う逆境でも、愛する人や仲間と共に乗り越えていく様がドラマティックに表現されている曲ですよね。 力強くもあり感動的でもある曲調は、主人公・君嶋が、低迷するラグビー部を再起していくドラマ「ノーサイド・ゲーム」の世界観をより盛り上げてくれそうです。 最後に 米津玄師の『馬と鹿』の歌詞の意味や内容を考察してみました。 米津玄師のコメント TBS日曜劇場「ノーサイドゲーム」の主題歌を担当させて頂きました。 「馬と鹿」という曲です。 大泉洋さん演じる君嶋が、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探っていった末にこの曲ができました。 素敵なドラマとご一緒できて嬉しいです。 どうかよろしくお願いします。 米津玄師『馬と鹿』は、 馬鹿な世界でも愛する人達がいれば馬鹿のように頑張って行ける そんな想いも感じた一曲でした。 ドラマ「ノーサイドゲーム」を見れば、より『馬と鹿』の世界観も分かってくる気がしますね!.

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