目薬 意味。 目薬、9割の人がやる「間違ったさし方」は危険!かえって悪化や失明寸前も

目薬の正しいさし方判明 目頭おさえる理由は?メーカーに聞いてみた

目薬 意味

今回は目薬について新川中央眼科 小川佳一院長に語っていただきました。 小川 佳一 氏 院長 「メディカルページ平成26年度版」 平成26年8月1日発行 の冊子に掲載された記事です。 目薬というのは実際どんなものでしょうか? 眼科で処方される多くの点眼薬の主剤 薬として効かせたい成分 は、内科で出されている飲み薬 内服薬 と同じ成分です。 たとえばアレルギー性結膜炎で処方するパタノール点眼薬ですが、内服薬ではアレロックです。 抗炎症薬の二フラン点眼液やプロラノン点眼液は、内服薬では名前も同じ二フランです。 もちろん抗生物質の点眼薬は、クラビット、ロメフロン、ベストロンなど内服薬で使われているものと同じです。 薬の成分を水に溶かして眼の表面から吸収できるようにしたものが点眼薬なのです。 内服薬は胃や腸の粘膜から吸収された後、血液に溶け込み全身に送られます。 内服薬では飲んだ薬のうちほんのわずかしか眼に到達しません。 点眼薬で直接眼の表面に吸収される量を飲んで賄おうとすると大量の飲み薬が必要になりますね。 眼に効かせたいお薬を眼から直接吸収させることは理にかなった投与方法なのです。 「とりあえずビール」「とりあえず目薬??」 外来をしていいると、患者様から「とりあえずつける目薬をください」と言われるのですが、内科でそういう要望は出しませんよね。 内科で「とりあえず飲んでおく飲み薬」が無いのと同じく、「とりあえずつけておく目薬」はありません。 また、1日3回、食後と指示のある内服薬を調子悪いときだけ勝手に適宜飲むことはしませんよね。 成分や目的が内服薬と一緒なのですから点眼薬も指示通り使用することが大事なのです。 ただ、困ったことにこの薬好きの日本人体質に迎合するように、我々医者も「とりあえず」出しておくということをしてきました。 たいていは抗生物質の点眼です。 戦後間もない衛生状態の悪かった時代の名残でしょうか? 現在、内科や小児科では抗生物質のお薬はあまり出されません。 以前は風邪にも抗生物質の内服を出していました。 風邪はウィルスが原因ですから、抗生物質は無効です。 安易に抗生物質を連用することでMRSAなどの耐性菌が増え、実際に細菌感染が生じたときに効くお薬がなくなるからです。 しかしなぜか点眼だけは、まだ「とりあえず」抗生物質なのです。 困った風潮です。 市販の点眼薬 ところが市販の点眼薬は症状のある時に適宜つけるようになっています。 なぜでしょうか? 点眼薬の効能を読んでみれば一目瞭然です。 かゆみ、充血、痛み、目脂、疲れ、なんにでも効くことになっています。 飲み薬でこんなに効能の多い薬見たことがありますか? 頭の痛みもおなかの痛みも取って、咳を抑え、体の赤みも消える、そんなお薬は見たことがありませんね。 市販の点眼薬は、とりあえずいろいろな成分をまぜこぜにして作っているからです。 「なんにでも効くお薬」ということは「なんにも効かない」お薬という裏返しです。 特に問題なのが「充血を取る成分」です。 これは血管収縮剤という成分です。 病院では手術の時に止血薬として使っているお薬です。 充血というのは目の表面の血管が拡張して太くなるため、血管の赤みが目立つ状態です。 原因は様々で、こすってもなりますし、コンタクト使用による酸素不足、細菌感染、アレルギー、傷、なんでも起きてきます。 血管が拡張して血流を増やし、酸素や栄養をたくさん送れるようにしているのが充血です。 拡張した血管を強制的に細くすることで、見た目は赤みがなくなります。 でも原因に対して作用しているわけではありませんので、その作用が切れた時に原因がまだ残っていたらリバウンドでさらに充血します。 これを繰り返すと充血のしやすい目、もしくは常に充血のように見える目になってしまいます。 また、市販の点眼で求められているのは「すっきり感」です。 メントール系の刺激でスーッとした感じを出すことで効いた感じを出します。 フリスクや仁丹を飲んでいるのと同じです。 普通のお薬はそのまま水には溶けるものは多くありません。 水に溶かすため他の薬剤を添加する必要があります。 また、浸透圧やpHなどが涙と大きく違っていると「しみる」「痛い」といった刺激になりますので、調整するための成分が加わります。 病院で処方される薬はメーカーが刺激が少なくなるように努力しています。 ですから、「すっきり感」はないことが多いです。 点眼薬の使用期限 開封後の点眼薬にはっきりとした使用期限の取り決めはありませんが、おおむね1か月程度と思ってください。 お薬は開封すると空気に触れ酸化します。 錠剤をパッケージから出して裸のまま置いておくとよくないことは想像できますよね。 パッケージから出して机の上に置きっぱなしの錠剤を飲みたいですか? 点眼薬も同じです。 また、水分があるので細菌が繁殖することもあります。 それを防ぐために防腐剤が入っているのですが、体に良い成分ではありません。 できるだけ少なくしたいので、処方薬では最低限になるように調整されています。 点眼薬は生ものですから、開封後は早めに使用し、古くなったら捨てるようにしてください。

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「二階から目薬」とは?意味や使い方を由来を含めてご紹介

目薬 意味

目に入る水分量は、目薬1滴分程度であり、それ以上は流れ出てしまうのです。 最後であれば、次に使う目薬がないので、浸透時間を5分にとどまらず、長くとることができますし、流れ出てしまって効果が出ない事態を避けることができます。 これは、使う目薬が複数あった場合に、使うのを忘れてしまうものがでることを心配して指導されています。 多少流れ出てしまっても、使わないよりはマシという考えがもとになっていると思われます。 涙は緩衝作用が強いので、1滴程度の使用であれば問題ないことが多いですが、中性のものを先に使用することでさらに刺激を減らすことができます。 しみると感じてしまうと、涙が出るため、目薬の成分が洗い流されてしまい、十分な効果が得られない原因ともなります。 充分な浸透のためには、10分以上の時間が必要なため、待ち時間を減らすためには最後にすることが勧められます。 眼軟膏は目の表面に膜をはって、水分をはじいてしまいます。 後から刺した点眼薬が、浸透できなくなってしまうため、最後に使うことが勧められます。 懸濁性目薬と眼軟膏の両方を使用する場合には、まず先に懸濁性をつかって、十分な時間を空けてから眼軟膏を使うことをお勧めします。 患者さまにあった指導をしましょう 患者さんの特徴や症状に応じて、点眼薬の最適な順番はかわってきます。 次の目薬までの時間が待てないという方ならば、食前と食後で分けるなどちょっとした工夫をお伝えしてもよいと思います。

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「二階から目薬」とは?意味や由来を解説!

目薬 意味

「二階から目薬」の意味とは? 「二階から目薬」の意味はもどかしいこと 点眼を行うとき、目薬の容器の先を目に近づけて慎重にさしても、目にうまく薬液が入らないことは少なくありません。 目薬をうまくさすことは結構難しいもので、2階から目薬をさしてうまくいく確率はかなり低いでしょう。 結果的になかなか目に薬液が入らず、もどかしい思いをすることになります。 このように「二階から目薬」は、ものごとが思うように進まずもどかしく感じる様子を表したことわざです。 「二階から目薬」はそんなやり方だとうまくいかないということ 「二階から目薬」には、回りくどいやり方では良い結果が得られないということも指していることわざです。 素直に目の近くから目薬をさせば簡単に終わるのに、わざわざ遠く離れた二階から目薬をさすようなことをすれば、うまくいかないことは明らかです。 さんざん試した挙げ句に目薬は目に入らずじまいとなり、思うような効果を得ることができません。 このように「二階から目薬」は、回りくどいやり方をしていてはうまくいかないということをたとえる言葉としても用いられます。 「二階から目薬」の由来 「二階から目薬」の由来は浮世草子 「二階から目薬」の由来は、『風流御前義経記(ふうりゅうごぜんぎけいき)』という浮世草子です。 浮世草子とは江戸江戸時代に上方で生まれた文学の一種で、当時の世相や人情が生き生きと描かれています。 『風流御前義経記』は、元禄13年(1700年)に西沢一風が著した作品で、主人公が諸国の遊里を遍歴しながら母と妹を探すというストーリーです。 このなかに、階下から男性に容貌をからかわれた女性が負けじと「あなたは目が悪い、目薬をさしてやろう」と言い返し、それを受けて男性がアカンベーをしたというお話があり、これが「二階から目薬」の由来となっています。 評判の目薬が「二階から目薬」の元に 江戸時代の目薬は軟膏状のものが多く、目の周囲やまぶたの裏に塗りつけて使うことが一般的でした。 ところが江戸中期に発売されて大変良く効くと評判になった目薬が、水に浸して液状にして使用するタイプだったのです。 軟膏状の目薬では二階からさすことはまずできませんが、液状のめぐすりなら可能性は低いものの全く無理ともいえません。 「二階から目薬」での男女のやりとりは、評判の目薬があってこそ成立したといえます。 「二階から目薬」の類語表現 「天井から目薬」ともいう「二階から目薬」 「二階から目薬」は、「天井から目薬」ともいうこともあります。 二階からに比べると天井からのほうが少しだけ距離が縮まった感はありますが、いずれも目に薬液を届かせることは困難です。 なお、先に解説したように「二階から目薬」には2つの意味があるため、もどかしい思いをするという意味と、やり方が悪いためうまくいかないという意味それぞれについての類語を以下に紹介します。 もどかしいという意味の類語は「隔靴掻痒」 「隔靴掻痒」は「かっかそうよう」と読む四字熟語で、「靴を隔てて痒きを掻く」ともいう形のことわざとしても用いられています。 足がかゆいときに靴の上からいくらかいてもかゆみは治まらず、もどかしい思いをすることから、「二階から目薬」と同じ意味で使われている言葉です。 もうひとつ、「御簾を隔てて高座を覗く」ということわざも類語で、「みすをへだててこうざをのぞく」と読みます。 「御簾」とは目の細かいすだれのような調度品で、主に宮殿や社寺の屋内で使われます。 御簾はすだれのような日除としてではなく、視線をさえぎるために使用するものであるため、御簾ごしに高座を覗いてもよく見えません。 もどかしい思いをするという意味から、「御簾を隔てて高座を覗く」は「二階から目薬」の類語といえることわざです。 やり方が悪くて結果が出ない意味の類語は「焼け石に水」 「焼け石に水」ということわざは、熱く焼けた石に水を掛けてもすぐに蒸発してしまうことから、少しばかりの努力や援助では効果が期待できないということをたとえて用いられます。 全く効果がないわけではないものの、他のやり方を考えたほうが早く成果を手にすることができるという点において、「二階から目薬」の類語といえる表現です。 「二階から目薬」の例文 「二階から目薬」の例文を紹介します。 手袋をしたまま鍵を開けようとしたが、二階から目薬のようでなかなか開けることができなかった。 彼女が君の気持ちに気付いてくれるのをただ待っているなど、まるで二階から目薬で埒が明かないよ。 こんなに赤字が膨らんでしまってから小銭貯金を始めても、二階から目薬というものだ。 目標金額に対して集まった募金がこれだけでは、二階から目薬にすら届かない。 まとめ 「二階から目薬」の意味をはじめ、由来と類語表現や例文を紹介しました。 日本においては効率を求めるビジネス現場であっても、あまりにストレートなやり方は好まれません。 しかし「二階から目薬」となってしまうようでは考えもので、ちょうと良い頃合いを測りながら仕事を進めていく必要があるでしょう。 なお、「二階から目薬」にはまぐれ当たりという意味はないため、ご注意ください。

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