エビ シックス。 【予約/3種セット/初回限定ポスター丸めて付】 AB6IX 2nd EP ALBUM【 2ND EP VIVID 】 エイビーシックス ALBUM CD アルバム エビシックス WANNA ONE 公式

まるは食堂 ラシック店

エビ シックス

メンバー [ ] 現在のメンバー [ ] 、、、、。 生、出身。 出生地は。 元POLY-1。 POLYSICSのリーダー。 メンバー紹介ではハヤシヒロユキとも紹介されている。 主に、、などを使用している。 またのギタリストが使用していた細長いギター、ラ・バイエ 2x4も所有。 ライブなどでは使いづらいということで、プロモーションビデオ等に限り使用している。 ライブ時には非常に高いテンションでのパフォーマンスをみせるため、ライブが始まって2、3曲目には汗まみれの姿になる。 また、基本的にライブでのMCはハヤシ1人で行っている。 ステージやカメラの前では常にハイテンションだが、つなぎを脱ぐと温厚なメガネの好青年。 主題歌等のリミックスやの楽曲プロデュース等の活動も行なっている。 ロックフェスやDJイベントではとしても活躍している。 またその際のハヤシは「DJハヤシ」と呼ばれることが多い。 ライブやテレビ、ラジオ、雑誌等のメディアへの出演時には、「トイス TOISU! 」という挨拶をしている。 、特にを好物とし、やを嫌う(とんかつは現在は克服した模様)。 また、ファンで、フィギュアをこよなく愛し収集している。 テクノやニュー・ウェイヴ・ミュージックなどの音楽に関して造詣が深い。 周囲の人間から、「ハヤシはオタク気質である」と表現されることが多い。 カヨとは高校の同級生で軽音部員同士。 カヨは学生時代のハヤシの印象を「暗かった」と語っている。 フミ 、、、。 生、出身。。 ・SBV-550を使用(他にもSBV-500や、SBV-J1、J-2など、SBVシリーズのモデルを計6本を所有)。 以前はを使用。 曲によってはシンセサイザーも弾く。 更に2012年頃の3人体制になった後のライブでは、時にドラムを演奏することもある。 1999年からサポートメンバーとして参加。 2001年にリリースされたアルバム『ENO』より正式メンバーとして加入。 加入以前には54NUDE HONEYSというバンドに所属し、ギターを担当していた。 ベースを始めたのはPOLYSICS参加後である。 ハヤシによるDJイベントにゲストとして登場することが多い。 その際には、『』や『』などに合わせたパフォーマンスが恒例である。 ヤノとは対照的に、ライブ中には笑うなど感情を表面に出す場面が多い。 酒を好み、喫煙家である。 酒好きが高じて自宅でイカの燻製などの酒の肴を作ることもある。 この嗜好を反映するように、メンバーによるBlog「POLYSICSのできぬかな」では度々お酒の話が登場する。 また、などの、居酒屋チェーン名の英訳をただ羅列した歌詞を持った曲を作っている。 ハヤシ曰く「POLYSICSの酒担当」。 男らしい性格。 ハヤシからは「実はフミはぬいぐるみを着ていて、背中のチャックを開けるとおっさんが出てくる」「ヤノより男らしい」と言われた。 ヤノ 、。 生、出身。 Pearl Carbonply Mapleを使用。 メンバー紹介ではヤノマサシとも紹介されている。 2004年5月に加入。 ドラムス募集のオーディションを経てPOLYSICSへの加入が決定した。 ドラム以外にも「プロテニス」、「ズーバーマン」等の楽曲ではコーラスも担当していたり、楽曲によってはギターを演奏する。 カヨ脱退までの4人体制時には、カヨ同様にメディアに登場する際にはマネキンのように動かなかったり、一言も喋らなかったりとロボットのようなキャラクターを演じる場合が多かった(ただ、カヨに比べテレビ出演時には普通に会話することは多かった)。 しかしながら、カヨ脱退後の3人体制になった2012年頃からはライブ中含め、前面に出てMCに混ざるなど、姿勢の変化がある。 ハヤシがDJでの「」をかける際には、その舞台上にヤノが登場し、ハヤシと共にXジャンプを披露するのが定番となっている。 愛好家で、メンバーによるブログ「POLYSICSのできぬかな」では喫茶店の話などがたびたび出ている。 また、を好んで行なっている。 仲間のミュージシャンと結成したチーム(FCマッコリ)に所属している。 加入時期や年齢の差から他のメンバーには敬語で喋り、イジられる場面が多々見受けられる。 ハヤシによると「 ヤノは メンバー入り当初、あまりのプレッシャーから寝言で奇声を発した」らしい。 過去のメンバー [ ] カワベ POLYSICSの初期メンバーの1人。 ハヤシ、カヨとは高校の同級生。 「大学進学後に他にやりたいことが見つかった」との理由で、最初のライブ後に脱退。 カネコ 担当。 渋谷のクラブでハヤシと意気投合し1997年に加入したが、その年の11月に脱退。 POLYSICSの名前の由来となったシンセサイザー・Polysixを使用していた。 POLY-2(サコ) 、、投げ担当。 POLYSICSの初期メンバーの1人。 本名は迫英介。 ハヤシ、カヨとは高校の同級生。 ライブでは主に、シンセサイザーをいじくって電子音の効果音を流したり、ステージ上で食パンを投げるなどといったキワモノ的パフォーマンスを担当している。 1999年のデビューアルバム『1st P』リリース後に脱退。 POLYSICS脱退後はヤング100Vなどで活躍。 スガイ ドラムス担当。 元POLY-4。 メンバー紹介ではスガイジュンイチとも紹介されていた。 他のメンバーからは、スガイっちとも呼ばれていた。 1998年4月17日にPOLYSICSのライブに初めて参加し、6月にPOLYSICSに加入。 A・B・C! 脱退前までは、ライブでのMCやメディア露出時にはハヤシとスガイを中心としたトークが行われていた。 カヨ 、、、担当。 生、出身。 AB型。 元POLY-3。 Clavia Nord Lead 2、 JUNO-Gを使用。 左利きである。 1998年3月にPOLYSICS加入。 当時カネコが脱退し、シンセサイザーを演奏するメンバーがもう1人必要であったため、ハヤシに勧誘され加入した。 ハヤシとは高校の同級生で軽音部員同士だった。 またカヨは4歳から10年程度ピアノを習っており、その経験を買われた。 初めて参加したライブは加入前のPOLYSICSのライブである。 ハヤシ曰く「POLYSICSの金担当」。 ライブ中、感情を表に出すことはほとんどなく、のように決まった動きしかしない。 また、雑誌やテレビ等のメディア媒体への出演時においても、同様のキャラクターとして振舞うことが多い。 だが、このロボットのような動きはあくまでもバンドとしてのキャラクターであり、普段は至って普通の女性。 POLYSICSとは別に 『』といった楽曲を発表するなど、ソロ活動の経験もある。 POLYSICSへの加入以前は、ニュー・ウェイヴサウンドに対し特別な興味は無かった。 ちなみにDEVOの音楽を聴いたのはPOLYSICSへの加入後である。 尊敬している人物は漫画家の。 趣味はブライスやエルモ、ふくろう等のグッズ集め。 が好き。 アルコールは受け付けない。 2010年3月14日の武道館公演を最後に、バンドを脱退。 バンド脱退後の2011年10月21日、POLYSICSメンバーとも面識がある音楽関係者との結婚と、のを取得して移住することを自身のブログで発表。 ナカムラリョウ 、、ボイス。 1981年11月19日生。 2017年10月2日加入。 2017年9月に「THE TOISU!!!! 」名義で行われた数本のライブより参加。 2001年から2011年の活動休止までバンド「throwcurve」にボーカルギターとして在籍。 その後はソロプロジェクト「ナカムラリョウと前未来」やサポートミュージシャン・劇伴音楽の制作、のタカハシヒョウリらを中心に結成されたソングカバーバンド、科楽特奏隊の活動などに参加している。 グラフィックデザイナーとしても活動中。 2020年の2月から行われるツアー『SynchroにCity』の最終公演(東京)となる3月14日で脱退することが決まっていたが、によりツアーが途中で延期。 4月3日、中止が決まり、そのまま脱退することが発表された。 サポートメンバー [ ] イシマル ドラムス担当。 2003年のスガイ脱退から、2004年5月のヤノ加入までの間、サポートドラムを務めた。 元 現在は活動休止 のメンバー。 概要 [ ] ディーヴォ・スピリッツの継承者 [ ] POLYSICSはインディーズ時代、メンバーをそれぞれPOLY-1、POLY-2、POLY-3、POLY-4というコードネームで呼んでいた。 これはアメリカのニュー・ウェイヴ・バンドののBOB1号、BOB2号(メンバーにボブが二人いたため)を発展させたものである。 POLYSICSが最も大きな影響を受けているのはディーヴォであり、バンドリーダーのハヤシがたびたび述べている通り、バンド活動の初期からPOLYSICSはディーヴォの精神の継承者として音楽を作ってきた。 彼らのディーヴォへのリスペクトはPOLYSICSの楽曲や映像作品の随所に見ることができる。 メンバー揃いの目隠し線を模したバイザーとも彼らの影響であり、1997年の新宿JAM時代の結成当時は、のを模した形のDEVOのエナジードーム風の、チクビ帽なるハヤシ自作の被り物に、黒い丸いPのバッジ、赤い半袖のツナギ服を着用していた。 そして、結成当初はオレンジのつなぎに、丸いPのバッジと、四角い黒いバイザーというディーヴォの影響が色濃い衣装を着用していた。 後の活動の中で少しずつデザインが変化し、一時期はジャケット姿やボーイスカウトを模した衣装等、異なる時期もあったものの、つなぎやバイザー等の記号はPOLYSICSに現在も取り入られ続けている。 2003年8月のでは、ステージは違いながらもディーヴォと競演し、その際にディーヴォから「君たちはディーヴォの正統な後継者だ」とお墨付きをもらった、と後にハヤシが語っている。 サウンドの特徴 [ ] やニュー・ウェイヴを咀嚼し、独自のロックテイストを加えたサウンドが特徴。 結成当初は詞は全て英語、もしくは宇宙語(、解読不能な言葉)だったが、シングル『NEW WAVE JACKET』以降日本語でも歌うようになった。 ライブでは、フロントマンであるハヤシがエネルギッシュなパフォーマンスを見せる一方で、カヨやヤノは無表情で楽器を演奏し、不思議な空間を作り出していたが、カヨ脱退の少し前からヤノもシャウトを担当するなど、フロントマンに負けず劣らずのパフォーマンスを披露している。 アメリカやイギリスなど世界を股にかけたライブ活動も精力的に行っており、世界中で熱狂的なファンを得ている。 POLYSICSにとってはディーヴォが最大の影響を受けた存在であると言えるが、それ以外の多くのバンドやミュージシャンからも様々な影響を受けていることが伺える。 例を挙げると、、、、、、、、、、、、、、、、、など。 楽曲に先人へのオマージュが込められているものが多いのも特徴の一つである。 POLYSICSはまた 、、、、、、、、、、、、、、といったミュージシャンの楽曲のカヴァーも行っている。 バンド名の由来 [ ] ハヤシが初めて購入した、の「polysix」に由来する。 この「polysix」は『Now is the time! 』までは楽曲やライブで使用されていた。 来歴 [ ] 結成からメジャーデビュー 1996年 - 2000年 [ ] POLYSICSはハヤシを中心に結成されたバンドである。 ハヤシは中学、高校在学中に宅録や複数のバンドでの音楽活動を行っていた。 当初は様々なジャンルのカバーを主としていたが、高校時代に結成したバンド「コアラ盛り合わせ」ではオリジナル曲を作成しアルバムを自主制作で2枚出した。 同じ頃、小学校の同級生4人でバンド「リズムミンチ」を結成し、活動していたものの、ハヤシ以外のメンバーが大学受験勉強に専念し、またヴォーカルの脱退などもあり、このバンドは活動停止した ハヤシ曰く、したとのこと。 その様な中、ハヤシが高校3年生の、への憧れやのでのライブに触発され、POLYSICSというバンドの結成を決意。 3月、高校の同級生同士であるハヤシ、サコ、カワベでPOLYSICSを結成。 高校卒業する前の3月4日、新宿JAMで初ライブを行う。 結成当初は、ベース、ドラムは在籍しておらず、ギター、ボーカルとボコーダー、シンセサイザーに打ち込みのバックトラックを使用したテクノポップバンドであった。 同春にハヤシ、サコ、カワベの3名は高校を卒業。 その後、カワベから大学でほかにやりたいことが見つかったと連絡が入り、最初の新宿JAMでのライブを最後に脱退。 同じ時期に、ハヤシがのクラブでカネコと知り合い加入。 ハヤシ、サコ、カネコの3人組となったが、方向性の違いが生じて、97年11月にカネコが脱退。 同冬に、POLYSICSはハヤシとサコの2人組ユニットになった。 脱退したメンバーの穴を埋める形でハヤシと高校の軽音部で一緒だったカヨが3月に新宿JAMでのライブで加入。 カヨ加入から半年後となる6月にスガイが加入。 この頃に「POLY-X」というコードネーム、バイザーとオレンジ色つなぎを導入し、初期のPOLYSICSのスタイルが完成した。 これらのコードネーム、バイザー、ツナギはまさにDEVOを表す記号の一つでもあり、それを楽曲面だけでなく、バンドのビジュアル的側面としても取り入れた。 それから同じ時期に下北沢QUE、下北沢シェルター、渋谷屋根裏、新宿JAM、新宿リキッドルーム、代官山LOOP、池袋サイバーなど数々の都内のライブハウスを中心にライブ活動をしていく。 同年9月に、日本のロックシーンで盛り上がりの兆しを見せていた新世代ニュー・ウェイヴのバンド有志によるアルバム『TOKYO NEWWAVE OF NEWWAVE '98』に参加し、注目を集めるようになった。 テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品となった。 この頃は主にPOLY-2(サコ)の投げなどのキワモノ的パフォーマンスをするバンドとして知られていた。 当初は袋に入ったを投げていたが、「当たると痛い」という客からの苦情が殺到し、食パンに変えた。 にが運営するインディーズレーベルと契約。 同年2月にデビュー・アルバム『1stP』をリリースした。 また同年の3月には下北沢CLUB QUEで初のワンマンライブを開催した。 『1stP』が発売された頃からライブでの動員も急激に増えていき、4月にはラジオのレギュラー番組を担当、夏にはへ出演するなど、活動と人気が着実に広がっていった。 しかし所謂「キワモノ系バンド」「おちゃらけたニュー・ウェイヴバンド」として評価を受けることも多く、ハヤシはキワモノっぽさ、ポップさだけでなく、きちんとした演奏力が今後のPOLYSICSには重要だと考えていた。 当時のサコは演奏力がハヤシの期待するレベルに達していなかったこともあり、ハヤシはサコに対し脱退するように勧告した。 5月にはサコが脱退し、それを機に「POLY-X」というコードネームを廃止するなどの変化がみられた。 1999年の10月には2ndアルバム『A・D・S・R・M! 』をリリースした。 この頃から、サポート・メンバーとして元のフミがベースで参加するようになった。 同年、初の全国ツアーを敢行した。 ちなみに『A・D・S・R・M! 』までの楽曲には歌詞らしい歌詞が無い。 3月には、初の日本国外でのライブとしてSXSW2000への出演、およびアメリカツアーを敢行。 このアメリカツアー中に、ハヤシはロスアンゼルスにあるDEVOのスタジオを訪れた。 そこで、ハヤシはDEVOメンバーと直接会話を交わし、DEVOにPOLYSICSのCDを渡す。 NEUからFOR YOUNG ELECTRIC POP 2000年 - 2002年 [ ] 4月にと契約し、シングル『XCT』『each life each end』をリリースした。 同年9月にはメジャー・1stアルバム『』をリリースした。 テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品と評価された。 同年、「NEU」リリースを引っ提げて全国ツアーを開始した。 その翌年4月に3rdシングル『NEW WAVE JACKET』をリリース。 この頃から、歌詞に日本語が用いられるようになっていった。 また同年6月にリリースされたアルバム『』では一転シンセサウンド、テクノポップ色をより強く意識した音作りにシフトした。 このアルバムから、1999年よりサポートメンバーだったフミが正式メンバーとして加入した。 同時期には「NEWWAVE JACKET TOUR」全国ツアーを敢行。 また、夏頃には幾つかのロックフェスティバルへ出演し、その中でROCK IN JAPAN FESTIVALへ初出場した。 ハヤシは単独でDJハヤシヒロユキとしても、同イベントへ初めて参加している。 "を初開催した。 この頃から、ハヤシは「トイス」という掛け声を使用したり、カラオケスタイルでのDJなどを始めていた。 同年、アメリカと韓国でコンピレーションアルバム『Hey! Bob! My Friend』がリリースされたが、セールス的にはあまり振るわなかった。 『Hey! Bob! 〜』はアメリカではASIAN MAN RECORDS、韓国ではPONYCANYON KOREAと、キューンレコードの属するソニーミュージックとは別のレーベルよりリリースされた。 のアルバム『』ではポップなサウンドへと移行し、初期の作品に見られたパンキッシュなエネルギーが抑制された反面、楽曲の構成やスタイルが大幅に洗練された作品となった。 テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品となった。 しかしながら、この時期のPOLYSICSは、ライブへの集客や作品の売り上げの落ち込みといった商業的な面で伸び悩んでいた。 そのこともあり、この『FOR YOUNG〜』のリードトラックの選定やライブでのスタイルなどについては、スタッフなどから意見が多く入った。 この頃を振り返り、ハヤシは「 FOR YOUNG ELECTRIC POPについて 思いがあんまり伝わらなくて、セールスもどんどん落ちてきましたね」と語っている。 カジャカジャグーからNational P (2003年) [ ] 5月にミニアルバム『』をリリース。 このアルバムのレコーディングを最後にドラムのスガイが脱退した。 その後、サポート・メンバーとして、のイシマルがドラムで参加するようになり、イシマル参加の下、10月にアルバム『』がリリースされた。 そのアルバムの制作活動の中で、『カジャカジャグー』を制作していた当時にスガイとハヤシの求める音楽性の違いが顕著となった。 スガイは、よりメッセージ性のある歌詞やポップで歌メロの音楽を作りたかったが、ハヤシはそのような音楽を求めていなかった。 この方向性の違いを理由として、4月から敢行したツアー「CLUB エポック! 」の大阪公演を最後に、スガイはPOLYSICSを脱退した。 この様な状況の中、制作されたこれら二作品は、前作となるアルバム『FOR YOUNG〜』に比べ、「初期衝動の激しさを取り戻した」などと評される作品となり、さらにハヤシ自身も手ごたえを感じられる作品となった。 しかしながら、当時の結果としてこの二作品の売り上げは伸び悩み、さらにライブの集客も減少してきていた。 上記のように、日本国内では商業的にある種の伸び悩みを見せていた。 しかし、にアメリカでリリースされたアルバム『NEU』が好セールスを記録するなど、国外において一定の評価を受けるようになった。 これを受けてPOLYSICSは全米ツアーを敢行。 この模様は2月にDVD『PippikkippippiP In USA』としてリリースされている。 以前にも海外でのライブ経験はあったものの、この頃から定期的に海外ツアーを行うなど、日本国外での活動も本格化させてきた。 また、2003年8月にはへ初出演出演した。 この年のSUMMER SONICには、POLYSICSに多大な影響を与えたDEVOも参加していた。 彼らとステージを共にしたわけではないが、DEVOと同一イベントに登場、共演した初の機会となった。 POLYSICS OR DIE!!!! 2004年 - 2005年 [ ] 2004年5月には初のベストアルバム『』をリリースした。 このベストアルバムでは過去の楽曲の再レコーディングが行われている。 また、このアルバムは同年7月にイギリスで、翌年の3月にアメリカでリリースされた。 本アルバムのイギリスでのリリースは初のヨーロッパでのリリースとなった。 アメリカでのリリースに合わせて、同年9月から全米ツアーも敢行されている。 これらの日本でこのベストアルバムの発売された5月より6月にかけて、全アルバム楽曲を演奏するライブツアーを東京、大阪で敢行。 東京で7日間連続、大阪で2日連続のライブであり、ツアー名は"7DAYS TO DIE!!!! 〜ALL OF POLYSICS!!!! 〜そして伝説へ... 〜ALL OF POLYSICS!!!! OSAKA編 変則2DAYS!!!! この東京での7DAYS最終日にヤノが新メンバーとして加入した。 本ツアー終了後に、バンド初のヨーロッパライブツアーをイギリスを中心として敢行した。 また、帰国後の8月にはなど夏フェスへの出演、及び全国ツアーを敢行。 そして、9月には再び国外でのライブツアーとして、アメリカでのライブツアーを敢行した。 この年、POLYSICSは4カ国で94本のライブを行った。 これらの活動と同時期2004年7月にはカヨによるソロ活動として、アルバム『三つ編みヒロイン』がリリースされた。 そのため、POLYSICSの活動とは別に、夏頃には幾つかのメディアへのカヨ一人での露出が多く行われていた。 Now is the time! 2005年 - 2006年 [ ] 4月にシングル『Baby BIAS』をリリースした。 この様なシングルCDによる楽曲の発表は2001年にリリースされた『NEW WAVE JACKET』以来、4年ぶりのことであった。 また、4月から4か月後の8月にシングル『シーラカンス イズ アンドロイド』をリリースした。 この時期から、POLYSICSはシングルCDという形で楽曲を発表することが再び増えた。 さらに、10月にはアルバム『』のリリースを行った。 2005年に『Baby BIAS』や『シーラカンス〜』などのシングルが発売された頃から、各種ライブの動員数も増えていき、商業的な面での伸びが現れてきていた。 加えて、『』ではCDセールスの面でも、前アルバムよりも売上を伸ばしており、その楽曲やライブ、言動なども幅広い人に受け入れられる様になってきていた。 〜Now is the time!!!!! 国内では、帰国後の千葉LOOKを幕開けとして全国でライブを開催し、翌年1月のでツアーファイナルをむかえた。 また、2005年にはスペインで開催されたにも出演している。 2005年に、POLYSICSは6カ国で96本のライブを行った。 また、2006年2月にアメリカにおいて、4月にはイギリスにおいて、前年日本で発表された『Now is the time! 』をリリースした。 これに伴い、3月にアメリカで、4月にはイギリスにおいてライブツアーを敢行した。 このイギリスでのツアーでは、カイザー・チーフスのUKアリーナツアーにフロントアクトとして出演。 この出演は以前からPOLYSICSのことを気に入っていたカイザー・チーフスからの要望により実現した。 その後、5月にはで凱旋公演ライブを終えた。 KARATE HOUSE 2006年 - 2007年 [ ] 6月にシングル『Electric Surfin' Go Go』、同年10月にシングル『You-You-You』、翌年1月にはシングル『Catch On Everywhere』をリリースした。 そして、2007年2月に、アルバム『』を発表。 本アルバムには、先行してリリースされた3枚のシングルから4曲が収録された。 また、本アルバムに向けた楽曲制作ではこれまでの制作活動との変化がみられた。 これまではハヤシが中心となり、楽曲を生み出すスタイルが多かった。 しかし、本アルバムに向けた楽曲制作活動ではメンバー全員でセッションをしながら曲を生み出していくということを行った。 結果、KARATE HOUSEはハヤシが中心となって生み出した楽曲も幾つか含まれるものの、メンバー全員によるセッションの中で生み出された楽曲が主となるアルバムになる。 そのKARATE HOUSEリリースの直後、には結成10周年を迎え、SHIBUYA-AXで記念ライブを行う。 〜KARATE HOUSE!!!! その後、6月からイギリス・フランスツアーを敢行した。 その中で、6月にイギリスの大型フェスティバルO2 WIRELESS FESTIVAL 2007のメインステージに出演。 夏には、複数のロックフェスティバル等のライブ・イベントに出演した。 それらへの出演の際に、通常のツナギからマリンルックに衣装を変更した。 また、この年の6月にはSNSサイトの傘下にあるMySpace Recordsと北米でのライセンス契約を結んだ。 同契約は、同年の1月31日にロスアンゼルスのライヴ・ハウスで行なわれたPOLYSICSのライヴに訪れたMySpace社長のトム・アンダーソン Tom Anderson が、彼らに対し強い感銘を受けたことがきっかけとなっている。 -VISTA-』の発売が行われた。 このベスト盤の選曲は先述のトムが行った。 このツアー中にはDEVOのメンバーであるジェラルド・V・キャセール Gerald V Casale 、元メンバーのアラン・マイヤース Alan Myers がPOLYSICSのライブを観覧しにきた。 アルバム『KARATE HOUSE』の発表直後から、これらのライブ活動等と並行して、次のアルバムに向けた楽曲の制作活動を進めていた。 We ate the machine 2007年 - 2008年 [ ] 11月にシングル『Rocket』をリリースした。 表題曲は、同年夏に行われたライブイベントなどで披露されていた。 また、同楽曲は同年10月から12月、1月にかけ、フジテレビ系列で放映されたアニメ版「」のエンディングテーマとなっている。 この年の幕張で開催されたEASTへの出演は、最大規模のステージであるEARTH STAGEへの初出演となった。 年明け後の3月にシングル『Pretty Good』をリリース。 そして、同年4月にアルバム『』を日本においてリリースした。 本アルバムには、先行してリリースされた2枚のシングルの表題曲が収録されている。 〜ハミ出せ!! 春のウキウキ・ジャパンツアー!!!! 〜ハミ出ろ!! 怒濤のワキワキ・ジャパンツアー!!!! 〜ハミ出た!! キバキバ新木場・ジャパンツアーファイナル!!!! このツアーファイナルの模様はに「」としてリリースされた。 また、夏には複数のロックフェスティバルに参加。 その中で8月のには、DEVOと共に出演を果たす。 この競演はの同イベント以来である。 2003年の際には、二つのバンドは異なるステージでの出演であったが、この年は同ステージでの出演となった。 また、この競演の数日後、においてDEVOとPOLYSICSによるツーマンライブが開催された。 因みに、このツーマンライブはに関連した企画の一つである。 8月、9月にはアルバム『We ate the machine』を欧米各国においてリリースした。 ただし、欧米向けにリリースされた本アルバムでは、日本向けの『We ate 〜』と異なり、収録楽曲のうち「Moog is Love」と「Pretty Good」は歌詞が英語となっている。 9月には、ハヤシがに出演。 また、9月から11月にかけてヨーロッパ、アメリカにおいてライブツアーが敢行された。 対バンツアー終了後の12月からは楽曲の製作活動に入った。 Absolute POLYSICS 2009年 - BESTOISU!!!! 2010年 [ ] 2000年のメジャーデビューから10周年目であった。 10周年目に入った2009年3月に両A面シングル『Shout Aloud! このシングルのリリースに伴い、購入者限定ライブを渋谷CLUB QUATTROで4月に開催。 また、6月にはシングル『Young OH! 』 をリリースした。 そして、これらのシングル曲を含むアルバム『Absolute POLYSICS』を9月に日本においてリリースした。 『Absolute POLYSICS』発売前日の9月15日に翌年2010年の3月に初の武道館ワンマン公演を行うことを発表した。 これらの活動と平行して、ツアーや10年ぶりのを含む各種音楽フェスへの参加など、楽曲の発表に合わせ、ライブ活動も精力的に行っていた。 しかし、この年の12月に「武道館ワンマン公演をもって、カヨがバンドを『卒業』すること」が発表された。 カヨによると、2006年頃から「POLYSICSのメンバーでない、一人の女性としての自分に会ってみたい」という気持ちが日に日に募っていったという。 また同時にPOLYSICSも武道館公演後は「充電期間」としてしばらくの間活動を休止することが発表された。 12月のこれらの発表後、年明け2010年1月には自身2枚目となるベストアルバム『BESTOISU!!!! 』をリリース。 このアルバムの収録曲は、ヤノ加入後の音源からセレクトされており、本アルバムリリース時の4名のメンバーで発表する最後の作品となった。 2010年の3月にてワンマンライブ『BUDOKAN OR DIE!!!! 』を開催。 この日演奏された楽曲は全部で42曲に及び、武道館ライブを行ったバンドの中では最多の曲数となった。 このライブをもってカヨが卒業、バンドは活動休止に入った。 ライブの模様は7月7日にDVD『BUDOKAN OR DIE!!!! 2010. 14』として発売された。 eee-P!!! 、Oh! 、15th P、Weeeeeeeeee!!! 2010年 - 2012年 [ ] 充電期間は2010年6月28日にPOLYSICSの公式ブログにて終了宣言が出され、から3人での活動を再開した。 活動再開後は主に灰色のツナギと銀色のバイザーを身につけていた。 2010年10月から11月にかけて3人体制としては初となる全国ツアー"We are Back!! POLYSICS!!! "を開催。 この年の12月にミニアルバム『eee-P!!! 』をリリースした。 そして、翌年2011年3月にはアルバム『Oh! It's Heavy Polysick!!! 』をリリースした。 このアルバムの発売に先駆けて、POLYSICS結成14周年となる3月4日にSHIBUYA-AXにて単独ライブ『コニチワ! New POLYSICS!!! 〜マッハ AX ギュンギュンギュン!!! 〜』を開催。 このライブではPOLYSICS初となるによるライブ生中継が実施された。 この中継中、フミは自身のTwitterアカウントに寄せられるコメントを取り上げる場面などもあった。 この頃は、日本国内においてTwitterやUstreamが一般に認知されてきた時期ということもあり、上でメンバーやPOLYSICS公式の発言が公開されたり、Ustreamでの番組放送の実施などPOLYSICSの活動の場としてこれらのサービスが利用するケースも増えてきた。 3人体制移行後のライブでは、演奏面やセットリストの面でカヨを含めた4人体制時から変化が生まれた。 例えば、カヨが担当していたシンセサイザーやボーカルをハヤシ・フミが担当したり、ライブ時の楽曲アレンジもそれに合わせた形になっていた。 また、"ピーチパイオンザビーチ"や"New Wave Jacket"などカヨ脱退前には、ライブにおける定番曲であった一部楽曲もライブで演奏される回数が減ってきた。 加えて、4人体制時と比較するとハヤシ以外の2人が前面に出るシーンも多く見られるようになってきた。 それまではカヨと同じくライブ中は無機質なロボットキャラを演じることが多かったヤノも、ライブで積極的なMCや前面に出たソロ場面が増えきていた。 これは楽曲制作のスタンスでの変化にもあらわれ、制作初期から3人で臨むことが増加した。 ハヤシはこの頃について「3人体制になった最初の時に、1人1人のパーソナルな部分をもっと出していきたいって言ったし。 俺がリーダーで、フミ、ヤノといるんだけど、3人の顔がぎゅっと前にでるようなサウンドにしたいし、バンドにしたいんだよね」と2012年頃に振り返っている。 2012年は活動15周年を迎えたり、通算1000本目のライブを開催したりと幾つかの節目となる点があった。 この節目にあわせ、結成15周年を記念するアルバムとして『15th P』を2月29日にリリース。 また、3月3日には通算1000本目となるワンマンライブMEMORIAL LIVE OR DIE!!! 1000本!!! 『おめでTOISU! 』と言ってくれ!!! 〜」をSHIBUYA-AXにて開催。 この翌日の3月4日には15周年の最初かつ1001本目のライブとして、同会場にてワンマンライブ「MEMORIAL LIVE OR DIE!!! 15周年!!! 『ありがTOISU! 』と言ってやる!!! 〜」を開催した。 1000本目のライブに向けては、2011年の秋頃から「995本目」、「996本目」、「997本目」…と各ライブタイトルにライブ回数を含めるなど、カウントダウンが行われていた。 2012年8月にはフミがリードボーカルを務める『Lucky Star』、11月には『Everybody Say No』とシングルを2枚リリース。 そして、12月にはこれらの表題曲を含むアルバム『Weeeeeeeeee!!! 』をリリースした。 MEGA OVER DRIVEから現在まで(2013年 - ) [ ] 2013年10月にはシングル「MEGA OVER DRIVE」リリースし、2014年1月にアルバム「ACTION!!!」リリース。 2015年に入り、楽曲製作に合わせ様々な団体や企業とのコラボレーションといった活動も広く行った。 」リリース。 このアルバムのリリースに合わせ楽曲タイトルになったにハヤシよる偏愛対象の「Dr. Pepper」、「ホモソーセージ」や「タンメン」に因んだ企画を実施、公開した。 また、ハヤシの提供楽曲「Hamidasumo! 」の同日発売となった。 このような縁もあり、この時期にPOLYSICSとゆるめるモ! がタワーレコードのポスターや各種インタビューなど、共にメディアに登場した。 ハヤシはゆるめるモ!へ楽曲提供をこの後も行っており、また彼女らのライブを観覧に訪れるなど、付き合いが生まれている。 さらに、7月には全面協力の元、をテーマにした「HEN 愛 LET'S GO! 2 〜ウルトラ怪獣総進撃〜」リリース。 初回生産限定版には「ポリシックス限定 クリアオレンジラメVER. 」フィギュアが付属した。 年末12月には、結成19周年を記念してで参加者を募り、のを作成するプロジェクトを開始。 目標人数300人を達成し、翌年1月に無事終了した。 この年のライブでは、同様なメドレーがセットリストによる演奏を度々行っていた。 9月11日、12日にで「POLYSICS ウルトラチャレンジ OR DIE!!! 〜燃えろ! クアトロ地獄! 2日で100曲カブリ無し!!! 〜」開催。 」のリリースツアーファイナル」では18曲、「ROCK IN JAPAN FES. 2015」では24曲のメドレーによる演奏を披露した。 また、例年通りPOLYSICSは多くの夏フェスに参加した。 後者の JAMではハヤシが楽曲提供を行っている「ゆるめるモ!」がPOLYSICSのステージに登場した。 その時の楽曲は「Baby BIAS」である。 個人の活動として、フミはベーシストとして加山雄三率いる「」にベーシストとして参加し、横浜開港祭等で演奏を披露した。 年明け後2016年3月2日、アルバム「What's This??? 」リリース。 結成19周年にちなみ19曲収録となっている。 その2日後の3月4日には大阪にて結成19周年として「20周年まであと1年!!! 〜まだまだやるで無茶なこと!!! 1日100曲かましたる!!! 〜」を開催し、1日で100曲演奏を行った。 2017年3月4日に豊洲PITにおいて結成20周年記念ライブ「20周年 OR DIE!!! All Time POLYSICS!!! 」を開催した。 本ライブでは、結成当時から2017年現在に至るまでの衣装を順に着替えながえながら、新旧幅広い楽曲をパフォーマンスしてみした。 そして、最後には新衣装である黄色いつなぎをお披露目した。 この時期は、これまでのPOLYSICSの20年を振り返るような活動がいくつか行われた。 例えば、先立ち2月22日にベストアルバム「Replay! 」をリリース。 こちらは過去から現在までのライブ定番曲を現在のメンバでアレンジ再録し直したアルバムとなっている。 また、ライブとして、POLYSICSのみが出演する3マンツアー「20周年直前! 奇跡の3マン!!! このツアーにおいては、POLYSICSとしての初オリジナルアルバムである『1stP』の再現ライブや現在のPOLYSICSの定番曲まで、これまでの様々な楽曲を披露してみせた。 10月2日には新メンバー・ナカムラリョウの加入が発表され(ナカムラは9月にTHE TOISU!!!! 名義で行われた数本のライブに参加)、POLYSICSは約7年ぶりに4人編成となった。 それと同時にナカムラも参加したニューアルバム「That's Fantastic! We are New POLYSICS!!!! ~」の開催が発表された。 エピソード [ ]• ハヤシは学生時代にDEVOに出会い、それまでに持っていた不良や攻撃的といったロックのイメージが180度変わり、自分にもロックが出来ると感じたと語っている。 DEVOのスタジオにアポなしでDEVOに会いに行ったことがある。 そのときにPOLYSICSのCDを渡したのだが、その曲がDEVOのスタジオの電話の保留音に使われていたことがあったらしい。 サポートドラムのイシマルはそのままPOLYSICS加入も考えていたようだが、マネージメントの問題もあり、結局正ドラムを募集することになった。 その数人の候補の中にヤノがいたが、オーディションで5曲叩いただけでばててしまい、技術的、体力的にもPOLYSICSとして満足いくものではなかった。 しかしハヤシは、ヤノの何にも染まっていない所に魅力を感じ、自分が育成してやるといった気持ちもありメンバーとして選んだ(後のインタビューではDEVOの旧ドラムスのアラン・マイヤースに顔が似ていたからとも発言している)。 そんな気持ちから、その後すぐ始まったヨーロッパツアーで責任感が湧いたとハヤシは語っている。 ヤノもその期待に応え日々努力し続け、現在のPOLYSICSの基盤を成している。 アメリカツアー中にDEVOのアメリカファンクラブ会長が彼の家に招いてくれ、訪れたハヤシは彼のDEVOグッズコレクションの凄さに興奮し、死ぬかと思ったと語っている。 POLYSICSはやなどのアーティストに影響を与えている。 特にKaiser Chiefsはイギリスのテレビ番組の日本文化を紹介するコーナーでPOLYSICSが紹介されるのを見ていて、その影響から「Saturday Night」を制作した。 またPOLYSICSとの親交も深く、来日公演でハヤシをサプライズゲストとして招いたり、POLYSICSを帯同してのUKツアーも行っている。 「トイス」とは、ハヤシが友人と考案したオリジナルの挨拶で、英語で言うところの「Hi! 」的意味合い。 ドリフターズのいかりや長介風に力強く言うとキマる。 当初はあまり定着しない懸念があったが、最近のライブではコール&レスポンスもスムーズ。 また、「Now is the time! 」に「Toisu! 」というタイトルの曲まで作っている。 にはから現在まで毎年出演している常連組である。 同フェスでは2番目に大きい「LAKE STAGE」での出演が主だが、3人体制での初ライブとなったは、10回目にして初となる「GRASS STAGE」での出演を果たした。 ディスコグラフィ [ ] 日本でのリリース [ ] DECKREC Records• 『』 1stアルバム、DCRC-0001• 1999年 『Plus Chicker EP』 1stシングル、7" vinyl、DCRC-0002• 1999年 『』 2ndアルバム、DCRC-0005• 1999年 『Modern』 2ndシングル、7" vinyl、DCRC-0006• 2000年2月25日 『6-D』 12" vinyl、DCRC-0014• 『』 1st,• 2000年 『』 2nd,• 『』 3rd,• 『』 4th,• 2005年 『』 5th,• 『』 6th,• 2006年 『』 7th,• 『』 8th,• 2007年 『』 9th,• 『』 10th,• 『』 11th,• 『』 12th,• 『』 13th,• 『』 14th) アルバム• 『』 3rd,• 『』 4th,• 『』 1stミニアルバム、• 2002年 『』 5th,• 『』 2ndミニアルバム、• 2003年 『』 6th,• 『』 ベストアルバム、• 『』 7th,• 『』 8th,• 『』 9th,• 2008年 『』 2ndライブ・アルバム、• 『』 10th,• 『』 2ndベストアルバム• 2010年 『』 3rdミニアルバム• 『』 11th• 『』 15周年記念盤• 『』 12th• 『』 14th• 『』 4thミニアルバム• 『』 5thミニアルバム• 『』(15th)• 『』 再録ベストアルバム• 『』(16th)• (17th) 世界でのリリース [ ]• 2月 『 』 Korea• 2001年 『 HEY! BOB! MY FRIEND』 US• 2001年6月19日 『 HEY! BOB! MY FRIEND』 US 12" vinyl• 『 POLYSICS OR DIE!!!! 『 POLYSICS OR DIE!!!! 』 US• 『 Now is the time! 2006年4月24日 『 Now is the time! 『 』 US、• 『 We ate the machine』 ドイツ、• 『 We ate the machine』+『 KARATE HOUSE』 US、MySpace Records 12" vinyl• 『 We ate the machine』 欧州、Okami Records• 『 We ate the machine』 US、MySpace Records ソロ [ ]• 『三つ編みヒロイン』 Kayo Solo EP、 作詞: 作曲: 映像作品 [ ]• 『』 VHS、DCRC-0003• 『』 VHS、DCRC-0011• 『DVDVPVDVLIVE!! 』 DVD、• 『PippikkippippiP In USA』 DVD、• 『Now is the live! 』 DVD、• 『CLIPS OR DIE!!!! 』 DVD、• 『BUDOKAN OR DIE!!!! 2010. 14』 DVD・BD、・• 『マッハAX ギュンギュンギュン!!! 2011. 4』(DVD・BD、・)• 『MEMORIAL LIVE OR DIE!!! 2012. 『Tokyo Newwave of Newwave '98』 BOOGIE TECHNICA、WHICH! 、BECAUSE) POLYSICS初の音源• 『Punch The Monkey! 2』 一瞬の交わい犬mix remixed by POLY-1 POLYSICS with B• 1999年 『ギョガン大襲撃』 G. R TUMBLIN'、CAMELEON ギョガンレンズ• 『 PLEA FOR PEACE』 US Hot Stuff• 2000年 『YMO-Remixes Technopolis 2000-00』 磁性紀〜開け心 JISEIKI-HIRAKE KOKOLO Good-Bye Bus Mix Remixed by Hiroyuki Hayashi from POLYSICS• 『 Japan For Sale』 US XCT• 『』 N. (Nord Ost) 初回限定盤のDisc2にのみ収録。 『』 Twisted dreams Remixed by ハヤシ from POLYSICS• 2002年 『 Japan For Sale Vol. 2』 US NEW WAVE JACKET• 2002年 『対自核自己カヴァー』 少年、グリグリ眼鏡を拾う sound produce:ハヤシ• 2002年 『 Mailorder For The Masses』 US Nice• 2002年 『』 スピッツ 、風にカバー• 『 Japan For Sale Vol. 3』 US Black Out Fall Out• 2003年 『』 arranged by POLYSICS 、初回盤のDisc-2• 2003年 『THE SWITCH TROUT HAYABUSA ERECTRIC』 ミサイル 、Vo. ハヤシ、Cho. 中シゲヲ サーフコースターズ• 2003年 『Good Covers〜AFTER NEW WAVE〜』• 2003年 『HY-STYLE "DVD" VOL2』 PLUS CHICKER• 『Cubik〜A Tribute to NEW WAVE』 Memorabilia Soft Cell• 2004年 『A. I COMPANY〜Tribute to NEW ROTE'KA〜』 夏・NANCY・16才• 2004年 『 Japan For Sale Vol. 4』 US KAJA KAJA GOO• 2004年 『風街クロニクル〜another side of happy end〜』 三つ編みヒロイン KAYO• 2005年4月 『 SXSW THE BEST NEW BANDS SHOWCASE 2005』 UK LUNO POLYSICS HARAJUKU MIX (BLOCK PARTY)、NMEの付録CD• KAISER CHIEFS 『Lap Of Honour〜栄光のウイニング・ラン』 Na Na Na Na Naa POLYSICS Remix• 2006年 AmiYumi 『 Splurge 』 US Teen Titans Theme POLYSICS' CR-06 MIX• 『ANDROID 〜like a house mannequin〜』 夢診断(カルテ....... mix. )(ハヤシヒロユキREMIX)• 2007年 『サイボーグ俺達』 サイボーグ俺達(ハヤシヒロユキプロデュース)• 2007年 童謡カヴァー集『Rock For Baby』 POLYSICS• 『』 歌姫 POLYSICS• 2008年 『METAL-IKKA〜メタル一家』 POLYSICS• 『』 文具 POLYSICS• 『』 SUPER LOVERS IN THE SUN POLYSICS• 2012年 『』 POLYSICS (ボーナストラック• 2012年 『』 Sid Vicious ON THE BEACH POLYSICS• 『』 Hamidasumo! ハヤシヒロユキ作詞・作曲・編曲• 2015年 『We are DISCO!!! 〜tribute to the telephones〜』 Urban Disco POLYSICS• 『TRIBUTE OF MUCC -縁 [en]-』 アイアムコンピュータ POLYSICS 出演 [ ]• - 2006年9月〜2007年3月()ハヤシのみ出演• 帰って来たNEU!!!! - 2008年4月11日(スペースシャワーTV)POLYSICS特番• - 2008年4月30日()• - 2008年4月28日〜2008年5月2日(ほか)• - 2008年9月5日(ほか)ハヤシのみ出演• (TVCM)「みんなに笑顔を届けたい。 冬篇」 2012年2月4日〜 その他 [ ]• 2004年にリリースされた『』アニメシリーズでは、オープニングのテーマソングが録音されています。 2006年に発売されたサッカーゲーム『』では、ゲームの1曲として「Tei! Tei! Tei! 」が収録されている。 でのの入場曲として「The Next World」が使用された。 アルバム「Now is the time! 」の10曲目「Boy's Head」にがゲストボーカルで参加している。 お笑いコンビの出囃子に「It's Up To You」が使用されている。 関連項目 [ ]• 出典・参考文献 [ ]• 『ABSOLUTE POLYSICS BOOK』 USEN、2010年。 脚注 [ ] []• TVK、 2008年5月2日放送• 2011年10月21日• excite music、、2007年2月(2008年11月存在確認)• シンコーミュージック・エンタテイメント、GiGS 2007年11月号、2007年9月27日• FACTORY 0198 POLYSICS - Response• NEXUSアーティストインタビュー POLYSICS 「とりあえず、やってみるんだよ」の15年• 特設サイト• 」&ゆるめるモ!「Hamidasumo! 」発売記念特集• アイドル企画「NO MUSIC, NO IDOL? POLYSICSのVR MV制作 OR DIE!!! 〜あなたの周りを縦横無尽〜• ROCK IN JAPAN FES. 2015 クイックレポート 今年のポリは、24曲やりました!! POLYSICS、「20周年まで後1年! 」1日で100曲に挑む最高に無謀なワンマンライブ開催• はの代役として出演 外部リンク [ ]• - 公式サイト• - ブログ• - ブログ(2010年9月終了)• - Pitchforkのレビュー• HiroHayashi78 -• fumi1978 -• nkmrryx -.

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「芝えびとバナメイエビの違いを知りたい」90% |オイシックス・ラ・大地株式会社のプレスリリース

エビ シックス

POLYSICSとは、の・である。 そもそもは、がのにあこがれてはじまったである。 彼らは初期の頃から一貫してを受け継いできた存在であり、本人に後継者と認められた内としては代表例といえるにいる 内だと他にいるかもしれないので、敢えて一ではなく、代表例と記載させてもらう。 を始めとした露出の際の基本は、線を模したザーに暖色系の。 一時期はに、などの格好をしていた。 で素顔をしているにも拘らず、でもで移動できるでもある。 いわく「POLYSICSとは意外と気」。 の特徴は、やを基盤にを展開するが持ち味。 時にするは逆に面において、欠かすことの出来ない要素の一つとなっている。 楽曲は大半がが手がける、またのフミ あるいはとフミの共作 が手がけるがある。 に開催されたPOLYSICS初のをもって初期であるカヨが。 は期間としてとしての活動を休止しているが、「すぐに戻ってくる」としている。 、にて期間終了を宣言。 IN VAL 0からヤノ・フミ・の3人での活動を再開した。 また、に『BUDN OR!!!! 14』をすることも発表された。 メンバー 現メンバー• 、、、 の的存在。 壊れたは大体この人。 たまに、まともに歌うとに心配される。 では暑苦しい動きを見せるーらしいをみせる。 たまに、などでなとして出没してはその場を沸かせている。 そのをまったくに活かさないのは何故だろう。 でもやかましい文章を書く。 おそらく、で一番を使ってるのは彼で間違いない。 フミ 、、 元々はだったが、から正式となる。 こちらは上でもイケイケな で、結構表情豊か。 でも頻繁にが登場するほどの好き。 自宅でのを作るだけではしなかったのか、ついにはの名前を英訳したものだけを羅列した曲を作り上げてしまった。 余談だが、によるとして登場してはを行うというもある。 ヤノ に加入した、の中では一番の新人。 こちらも上では化することが多いが、等ではに喋る。 で、外やではとにかく弄られまくる 新人だから。 加入当初はのあまり、で奇を発していた彼だが、今ではこのにおいて欠かせない存在となっている。 好きで、では時折、が出てくる。 元メンバー• カ 初期。 Pを使用していた。 に脱退。 サコ 、、投げ 元PY-2。 初期のPOLYSICSでは「PY-1」「PY-2」と製であり、その時代のだった人。 とはだった。 後に脱退。 脱退後はV等で活動。 ス 元PY-4。 本人は歌モノをやりたかったがそれがとの確執となってしまい、『カジャカジャグー』後に脱退。 なお、たまにスュンとして紹介されていた。 カヨ 、、、 ではにし、の動きとは対照的に、のような存在である。 にキッチュなで歌うが、の歌唱もできる。 を降りるとになさん。 その人柄にほのとするは多い。 も果たしており、こちらも本来のさを活かした素な作品となっているので、がある人は聴いてみることをお勧めする。 初となるをもって「」した。 後はを離れての生活に戻るとしている。 サポートメンバー• イシマル の。 ス脱退後~ヤノ加入までの間、としてをく。 ディスコグラフィー シングル• Cher EP• XCT• eh eh• NEW• Baby BS• r in' Go Go• ch On ryw• Pre d• No アルバム• A・D・S・R・M! ENO• FOR R• Now the! We e the hine• POLYSICS• 's Heavy P!!! eeeeeeee!!! ミニアルバム• LO-BS• カジャカジャグー• eee-P!!! その他アルバム• POLYSICS OR!!!! We e the!! 1 P 関連動画• 関連商品 外部リンク• 関連項目•

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POLYSICSとは (ポリシックスとは) [単語記事]

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メンバー [ ] 現在のメンバー [ ] 、、、、。 生、出身。 出生地は。 元POLY-1。 POLYSICSのリーダー。 メンバー紹介ではハヤシヒロユキとも紹介されている。 主に、、などを使用している。 またのギタリストが使用していた細長いギター、ラ・バイエ 2x4も所有。 ライブなどでは使いづらいということで、プロモーションビデオ等に限り使用している。 ライブ時には非常に高いテンションでのパフォーマンスをみせるため、ライブが始まって2、3曲目には汗まみれの姿になる。 また、基本的にライブでのMCはハヤシ1人で行っている。 ステージやカメラの前では常にハイテンションだが、つなぎを脱ぐと温厚なメガネの好青年。 主題歌等のリミックスやの楽曲プロデュース等の活動も行なっている。 ロックフェスやDJイベントではとしても活躍している。 またその際のハヤシは「DJハヤシ」と呼ばれることが多い。 ライブやテレビ、ラジオ、雑誌等のメディアへの出演時には、「トイス TOISU! 」という挨拶をしている。 、特にを好物とし、やを嫌う(とんかつは現在は克服した模様)。 また、ファンで、フィギュアをこよなく愛し収集している。 テクノやニュー・ウェイヴ・ミュージックなどの音楽に関して造詣が深い。 周囲の人間から、「ハヤシはオタク気質である」と表現されることが多い。 カヨとは高校の同級生で軽音部員同士。 カヨは学生時代のハヤシの印象を「暗かった」と語っている。 フミ 、、、。 生、出身。。 ・SBV-550を使用(他にもSBV-500や、SBV-J1、J-2など、SBVシリーズのモデルを計6本を所有)。 以前はを使用。 曲によってはシンセサイザーも弾く。 更に2012年頃の3人体制になった後のライブでは、時にドラムを演奏することもある。 1999年からサポートメンバーとして参加。 2001年にリリースされたアルバム『ENO』より正式メンバーとして加入。 加入以前には54NUDE HONEYSというバンドに所属し、ギターを担当していた。 ベースを始めたのはPOLYSICS参加後である。 ハヤシによるDJイベントにゲストとして登場することが多い。 その際には、『』や『』などに合わせたパフォーマンスが恒例である。 ヤノとは対照的に、ライブ中には笑うなど感情を表面に出す場面が多い。 酒を好み、喫煙家である。 酒好きが高じて自宅でイカの燻製などの酒の肴を作ることもある。 この嗜好を反映するように、メンバーによるBlog「POLYSICSのできぬかな」では度々お酒の話が登場する。 また、などの、居酒屋チェーン名の英訳をただ羅列した歌詞を持った曲を作っている。 ハヤシ曰く「POLYSICSの酒担当」。 男らしい性格。 ハヤシからは「実はフミはぬいぐるみを着ていて、背中のチャックを開けるとおっさんが出てくる」「ヤノより男らしい」と言われた。 ヤノ 、。 生、出身。 Pearl Carbonply Mapleを使用。 メンバー紹介ではヤノマサシとも紹介されている。 2004年5月に加入。 ドラムス募集のオーディションを経てPOLYSICSへの加入が決定した。 ドラム以外にも「プロテニス」、「ズーバーマン」等の楽曲ではコーラスも担当していたり、楽曲によってはギターを演奏する。 カヨ脱退までの4人体制時には、カヨ同様にメディアに登場する際にはマネキンのように動かなかったり、一言も喋らなかったりとロボットのようなキャラクターを演じる場合が多かった(ただ、カヨに比べテレビ出演時には普通に会話することは多かった)。 しかしながら、カヨ脱退後の3人体制になった2012年頃からはライブ中含め、前面に出てMCに混ざるなど、姿勢の変化がある。 ハヤシがDJでの「」をかける際には、その舞台上にヤノが登場し、ハヤシと共にXジャンプを披露するのが定番となっている。 愛好家で、メンバーによるブログ「POLYSICSのできぬかな」では喫茶店の話などがたびたび出ている。 また、を好んで行なっている。 仲間のミュージシャンと結成したチーム(FCマッコリ)に所属している。 加入時期や年齢の差から他のメンバーには敬語で喋り、イジられる場面が多々見受けられる。 ハヤシによると「 ヤノは メンバー入り当初、あまりのプレッシャーから寝言で奇声を発した」らしい。 過去のメンバー [ ] カワベ POLYSICSの初期メンバーの1人。 ハヤシ、カヨとは高校の同級生。 「大学進学後に他にやりたいことが見つかった」との理由で、最初のライブ後に脱退。 カネコ 担当。 渋谷のクラブでハヤシと意気投合し1997年に加入したが、その年の11月に脱退。 POLYSICSの名前の由来となったシンセサイザー・Polysixを使用していた。 POLY-2(サコ) 、、投げ担当。 POLYSICSの初期メンバーの1人。 本名は迫英介。 ハヤシ、カヨとは高校の同級生。 ライブでは主に、シンセサイザーをいじくって電子音の効果音を流したり、ステージ上で食パンを投げるなどといったキワモノ的パフォーマンスを担当している。 1999年のデビューアルバム『1st P』リリース後に脱退。 POLYSICS脱退後はヤング100Vなどで活躍。 スガイ ドラムス担当。 元POLY-4。 メンバー紹介ではスガイジュンイチとも紹介されていた。 他のメンバーからは、スガイっちとも呼ばれていた。 1998年4月17日にPOLYSICSのライブに初めて参加し、6月にPOLYSICSに加入。 A・B・C! 脱退前までは、ライブでのMCやメディア露出時にはハヤシとスガイを中心としたトークが行われていた。 カヨ 、、、担当。 生、出身。 AB型。 元POLY-3。 Clavia Nord Lead 2、 JUNO-Gを使用。 左利きである。 1998年3月にPOLYSICS加入。 当時カネコが脱退し、シンセサイザーを演奏するメンバーがもう1人必要であったため、ハヤシに勧誘され加入した。 ハヤシとは高校の同級生で軽音部員同士だった。 またカヨは4歳から10年程度ピアノを習っており、その経験を買われた。 初めて参加したライブは加入前のPOLYSICSのライブである。 ハヤシ曰く「POLYSICSの金担当」。 ライブ中、感情を表に出すことはほとんどなく、のように決まった動きしかしない。 また、雑誌やテレビ等のメディア媒体への出演時においても、同様のキャラクターとして振舞うことが多い。 だが、このロボットのような動きはあくまでもバンドとしてのキャラクターであり、普段は至って普通の女性。 POLYSICSとは別に 『』といった楽曲を発表するなど、ソロ活動の経験もある。 POLYSICSへの加入以前は、ニュー・ウェイヴサウンドに対し特別な興味は無かった。 ちなみにDEVOの音楽を聴いたのはPOLYSICSへの加入後である。 尊敬している人物は漫画家の。 趣味はブライスやエルモ、ふくろう等のグッズ集め。 が好き。 アルコールは受け付けない。 2010年3月14日の武道館公演を最後に、バンドを脱退。 バンド脱退後の2011年10月21日、POLYSICSメンバーとも面識がある音楽関係者との結婚と、のを取得して移住することを自身のブログで発表。 ナカムラリョウ 、、ボイス。 1981年11月19日生。 2017年10月2日加入。 2017年9月に「THE TOISU!!!! 」名義で行われた数本のライブより参加。 2001年から2011年の活動休止までバンド「throwcurve」にボーカルギターとして在籍。 その後はソロプロジェクト「ナカムラリョウと前未来」やサポートミュージシャン・劇伴音楽の制作、のタカハシヒョウリらを中心に結成されたソングカバーバンド、科楽特奏隊の活動などに参加している。 グラフィックデザイナーとしても活動中。 2020年の2月から行われるツアー『SynchroにCity』の最終公演(東京)となる3月14日で脱退することが決まっていたが、によりツアーが途中で延期。 4月3日、中止が決まり、そのまま脱退することが発表された。 サポートメンバー [ ] イシマル ドラムス担当。 2003年のスガイ脱退から、2004年5月のヤノ加入までの間、サポートドラムを務めた。 元 現在は活動休止 のメンバー。 概要 [ ] ディーヴォ・スピリッツの継承者 [ ] POLYSICSはインディーズ時代、メンバーをそれぞれPOLY-1、POLY-2、POLY-3、POLY-4というコードネームで呼んでいた。 これはアメリカのニュー・ウェイヴ・バンドののBOB1号、BOB2号(メンバーにボブが二人いたため)を発展させたものである。 POLYSICSが最も大きな影響を受けているのはディーヴォであり、バンドリーダーのハヤシがたびたび述べている通り、バンド活動の初期からPOLYSICSはディーヴォの精神の継承者として音楽を作ってきた。 彼らのディーヴォへのリスペクトはPOLYSICSの楽曲や映像作品の随所に見ることができる。 メンバー揃いの目隠し線を模したバイザーとも彼らの影響であり、1997年の新宿JAM時代の結成当時は、のを模した形のDEVOのエナジードーム風の、チクビ帽なるハヤシ自作の被り物に、黒い丸いPのバッジ、赤い半袖のツナギ服を着用していた。 そして、結成当初はオレンジのつなぎに、丸いPのバッジと、四角い黒いバイザーというディーヴォの影響が色濃い衣装を着用していた。 後の活動の中で少しずつデザインが変化し、一時期はジャケット姿やボーイスカウトを模した衣装等、異なる時期もあったものの、つなぎやバイザー等の記号はPOLYSICSに現在も取り入られ続けている。 2003年8月のでは、ステージは違いながらもディーヴォと競演し、その際にディーヴォから「君たちはディーヴォの正統な後継者だ」とお墨付きをもらった、と後にハヤシが語っている。 サウンドの特徴 [ ] やニュー・ウェイヴを咀嚼し、独自のロックテイストを加えたサウンドが特徴。 結成当初は詞は全て英語、もしくは宇宙語(、解読不能な言葉)だったが、シングル『NEW WAVE JACKET』以降日本語でも歌うようになった。 ライブでは、フロントマンであるハヤシがエネルギッシュなパフォーマンスを見せる一方で、カヨやヤノは無表情で楽器を演奏し、不思議な空間を作り出していたが、カヨ脱退の少し前からヤノもシャウトを担当するなど、フロントマンに負けず劣らずのパフォーマンスを披露している。 アメリカやイギリスなど世界を股にかけたライブ活動も精力的に行っており、世界中で熱狂的なファンを得ている。 POLYSICSにとってはディーヴォが最大の影響を受けた存在であると言えるが、それ以外の多くのバンドやミュージシャンからも様々な影響を受けていることが伺える。 例を挙げると、、、、、、、、、、、、、、、、、など。 楽曲に先人へのオマージュが込められているものが多いのも特徴の一つである。 POLYSICSはまた 、、、、、、、、、、、、、、といったミュージシャンの楽曲のカヴァーも行っている。 バンド名の由来 [ ] ハヤシが初めて購入した、の「polysix」に由来する。 この「polysix」は『Now is the time! 』までは楽曲やライブで使用されていた。 来歴 [ ] 結成からメジャーデビュー 1996年 - 2000年 [ ] POLYSICSはハヤシを中心に結成されたバンドである。 ハヤシは中学、高校在学中に宅録や複数のバンドでの音楽活動を行っていた。 当初は様々なジャンルのカバーを主としていたが、高校時代に結成したバンド「コアラ盛り合わせ」ではオリジナル曲を作成しアルバムを自主制作で2枚出した。 同じ頃、小学校の同級生4人でバンド「リズムミンチ」を結成し、活動していたものの、ハヤシ以外のメンバーが大学受験勉強に専念し、またヴォーカルの脱退などもあり、このバンドは活動停止した ハヤシ曰く、したとのこと。 その様な中、ハヤシが高校3年生の、への憧れやのでのライブに触発され、POLYSICSというバンドの結成を決意。 3月、高校の同級生同士であるハヤシ、サコ、カワベでPOLYSICSを結成。 高校卒業する前の3月4日、新宿JAMで初ライブを行う。 結成当初は、ベース、ドラムは在籍しておらず、ギター、ボーカルとボコーダー、シンセサイザーに打ち込みのバックトラックを使用したテクノポップバンドであった。 同春にハヤシ、サコ、カワベの3名は高校を卒業。 その後、カワベから大学でほかにやりたいことが見つかったと連絡が入り、最初の新宿JAMでのライブを最後に脱退。 同じ時期に、ハヤシがのクラブでカネコと知り合い加入。 ハヤシ、サコ、カネコの3人組となったが、方向性の違いが生じて、97年11月にカネコが脱退。 同冬に、POLYSICSはハヤシとサコの2人組ユニットになった。 脱退したメンバーの穴を埋める形でハヤシと高校の軽音部で一緒だったカヨが3月に新宿JAMでのライブで加入。 カヨ加入から半年後となる6月にスガイが加入。 この頃に「POLY-X」というコードネーム、バイザーとオレンジ色つなぎを導入し、初期のPOLYSICSのスタイルが完成した。 これらのコードネーム、バイザー、ツナギはまさにDEVOを表す記号の一つでもあり、それを楽曲面だけでなく、バンドのビジュアル的側面としても取り入れた。 それから同じ時期に下北沢QUE、下北沢シェルター、渋谷屋根裏、新宿JAM、新宿リキッドルーム、代官山LOOP、池袋サイバーなど数々の都内のライブハウスを中心にライブ活動をしていく。 同年9月に、日本のロックシーンで盛り上がりの兆しを見せていた新世代ニュー・ウェイヴのバンド有志によるアルバム『TOKYO NEWWAVE OF NEWWAVE '98』に参加し、注目を集めるようになった。 テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品となった。 この頃は主にPOLY-2(サコ)の投げなどのキワモノ的パフォーマンスをするバンドとして知られていた。 当初は袋に入ったを投げていたが、「当たると痛い」という客からの苦情が殺到し、食パンに変えた。 にが運営するインディーズレーベルと契約。 同年2月にデビュー・アルバム『1stP』をリリースした。 また同年の3月には下北沢CLUB QUEで初のワンマンライブを開催した。 『1stP』が発売された頃からライブでの動員も急激に増えていき、4月にはラジオのレギュラー番組を担当、夏にはへ出演するなど、活動と人気が着実に広がっていった。 しかし所謂「キワモノ系バンド」「おちゃらけたニュー・ウェイヴバンド」として評価を受けることも多く、ハヤシはキワモノっぽさ、ポップさだけでなく、きちんとした演奏力が今後のPOLYSICSには重要だと考えていた。 当時のサコは演奏力がハヤシの期待するレベルに達していなかったこともあり、ハヤシはサコに対し脱退するように勧告した。 5月にはサコが脱退し、それを機に「POLY-X」というコードネームを廃止するなどの変化がみられた。 1999年の10月には2ndアルバム『A・D・S・R・M! 』をリリースした。 この頃から、サポート・メンバーとして元のフミがベースで参加するようになった。 同年、初の全国ツアーを敢行した。 ちなみに『A・D・S・R・M! 』までの楽曲には歌詞らしい歌詞が無い。 3月には、初の日本国外でのライブとしてSXSW2000への出演、およびアメリカツアーを敢行。 このアメリカツアー中に、ハヤシはロスアンゼルスにあるDEVOのスタジオを訪れた。 そこで、ハヤシはDEVOメンバーと直接会話を交わし、DEVOにPOLYSICSのCDを渡す。 NEUからFOR YOUNG ELECTRIC POP 2000年 - 2002年 [ ] 4月にと契約し、シングル『XCT』『each life each end』をリリースした。 同年9月にはメジャー・1stアルバム『』をリリースした。 テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品と評価された。 同年、「NEU」リリースを引っ提げて全国ツアーを開始した。 その翌年4月に3rdシングル『NEW WAVE JACKET』をリリース。 この頃から、歌詞に日本語が用いられるようになっていった。 また同年6月にリリースされたアルバム『』では一転シンセサウンド、テクノポップ色をより強く意識した音作りにシフトした。 このアルバムから、1999年よりサポートメンバーだったフミが正式メンバーとして加入した。 同時期には「NEWWAVE JACKET TOUR」全国ツアーを敢行。 また、夏頃には幾つかのロックフェスティバルへ出演し、その中でROCK IN JAPAN FESTIVALへ初出場した。 ハヤシは単独でDJハヤシヒロユキとしても、同イベントへ初めて参加している。 "を初開催した。 この頃から、ハヤシは「トイス」という掛け声を使用したり、カラオケスタイルでのDJなどを始めていた。 同年、アメリカと韓国でコンピレーションアルバム『Hey! Bob! My Friend』がリリースされたが、セールス的にはあまり振るわなかった。 『Hey! Bob! 〜』はアメリカではASIAN MAN RECORDS、韓国ではPONYCANYON KOREAと、キューンレコードの属するソニーミュージックとは別のレーベルよりリリースされた。 のアルバム『』ではポップなサウンドへと移行し、初期の作品に見られたパンキッシュなエネルギーが抑制された反面、楽曲の構成やスタイルが大幅に洗練された作品となった。 テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品となった。 しかしながら、この時期のPOLYSICSは、ライブへの集客や作品の売り上げの落ち込みといった商業的な面で伸び悩んでいた。 そのこともあり、この『FOR YOUNG〜』のリードトラックの選定やライブでのスタイルなどについては、スタッフなどから意見が多く入った。 この頃を振り返り、ハヤシは「 FOR YOUNG ELECTRIC POPについて 思いがあんまり伝わらなくて、セールスもどんどん落ちてきましたね」と語っている。 カジャカジャグーからNational P (2003年) [ ] 5月にミニアルバム『』をリリース。 このアルバムのレコーディングを最後にドラムのスガイが脱退した。 その後、サポート・メンバーとして、のイシマルがドラムで参加するようになり、イシマル参加の下、10月にアルバム『』がリリースされた。 そのアルバムの制作活動の中で、『カジャカジャグー』を制作していた当時にスガイとハヤシの求める音楽性の違いが顕著となった。 スガイは、よりメッセージ性のある歌詞やポップで歌メロの音楽を作りたかったが、ハヤシはそのような音楽を求めていなかった。 この方向性の違いを理由として、4月から敢行したツアー「CLUB エポック! 」の大阪公演を最後に、スガイはPOLYSICSを脱退した。 この様な状況の中、制作されたこれら二作品は、前作となるアルバム『FOR YOUNG〜』に比べ、「初期衝動の激しさを取り戻した」などと評される作品となり、さらにハヤシ自身も手ごたえを感じられる作品となった。 しかしながら、当時の結果としてこの二作品の売り上げは伸び悩み、さらにライブの集客も減少してきていた。 上記のように、日本国内では商業的にある種の伸び悩みを見せていた。 しかし、にアメリカでリリースされたアルバム『NEU』が好セールスを記録するなど、国外において一定の評価を受けるようになった。 これを受けてPOLYSICSは全米ツアーを敢行。 この模様は2月にDVD『PippikkippippiP In USA』としてリリースされている。 以前にも海外でのライブ経験はあったものの、この頃から定期的に海外ツアーを行うなど、日本国外での活動も本格化させてきた。 また、2003年8月にはへ初出演出演した。 この年のSUMMER SONICには、POLYSICSに多大な影響を与えたDEVOも参加していた。 彼らとステージを共にしたわけではないが、DEVOと同一イベントに登場、共演した初の機会となった。 POLYSICS OR DIE!!!! 2004年 - 2005年 [ ] 2004年5月には初のベストアルバム『』をリリースした。 このベストアルバムでは過去の楽曲の再レコーディングが行われている。 また、このアルバムは同年7月にイギリスで、翌年の3月にアメリカでリリースされた。 本アルバムのイギリスでのリリースは初のヨーロッパでのリリースとなった。 アメリカでのリリースに合わせて、同年9月から全米ツアーも敢行されている。 これらの日本でこのベストアルバムの発売された5月より6月にかけて、全アルバム楽曲を演奏するライブツアーを東京、大阪で敢行。 東京で7日間連続、大阪で2日連続のライブであり、ツアー名は"7DAYS TO DIE!!!! 〜ALL OF POLYSICS!!!! 〜そして伝説へ... 〜ALL OF POLYSICS!!!! OSAKA編 変則2DAYS!!!! この東京での7DAYS最終日にヤノが新メンバーとして加入した。 本ツアー終了後に、バンド初のヨーロッパライブツアーをイギリスを中心として敢行した。 また、帰国後の8月にはなど夏フェスへの出演、及び全国ツアーを敢行。 そして、9月には再び国外でのライブツアーとして、アメリカでのライブツアーを敢行した。 この年、POLYSICSは4カ国で94本のライブを行った。 これらの活動と同時期2004年7月にはカヨによるソロ活動として、アルバム『三つ編みヒロイン』がリリースされた。 そのため、POLYSICSの活動とは別に、夏頃には幾つかのメディアへのカヨ一人での露出が多く行われていた。 Now is the time! 2005年 - 2006年 [ ] 4月にシングル『Baby BIAS』をリリースした。 この様なシングルCDによる楽曲の発表は2001年にリリースされた『NEW WAVE JACKET』以来、4年ぶりのことであった。 また、4月から4か月後の8月にシングル『シーラカンス イズ アンドロイド』をリリースした。 この時期から、POLYSICSはシングルCDという形で楽曲を発表することが再び増えた。 さらに、10月にはアルバム『』のリリースを行った。 2005年に『Baby BIAS』や『シーラカンス〜』などのシングルが発売された頃から、各種ライブの動員数も増えていき、商業的な面での伸びが現れてきていた。 加えて、『』ではCDセールスの面でも、前アルバムよりも売上を伸ばしており、その楽曲やライブ、言動なども幅広い人に受け入れられる様になってきていた。 〜Now is the time!!!!! 国内では、帰国後の千葉LOOKを幕開けとして全国でライブを開催し、翌年1月のでツアーファイナルをむかえた。 また、2005年にはスペインで開催されたにも出演している。 2005年に、POLYSICSは6カ国で96本のライブを行った。 また、2006年2月にアメリカにおいて、4月にはイギリスにおいて、前年日本で発表された『Now is the time! 』をリリースした。 これに伴い、3月にアメリカで、4月にはイギリスにおいてライブツアーを敢行した。 このイギリスでのツアーでは、カイザー・チーフスのUKアリーナツアーにフロントアクトとして出演。 この出演は以前からPOLYSICSのことを気に入っていたカイザー・チーフスからの要望により実現した。 その後、5月にはで凱旋公演ライブを終えた。 KARATE HOUSE 2006年 - 2007年 [ ] 6月にシングル『Electric Surfin' Go Go』、同年10月にシングル『You-You-You』、翌年1月にはシングル『Catch On Everywhere』をリリースした。 そして、2007年2月に、アルバム『』を発表。 本アルバムには、先行してリリースされた3枚のシングルから4曲が収録された。 また、本アルバムに向けた楽曲制作ではこれまでの制作活動との変化がみられた。 これまではハヤシが中心となり、楽曲を生み出すスタイルが多かった。 しかし、本アルバムに向けた楽曲制作活動ではメンバー全員でセッションをしながら曲を生み出していくということを行った。 結果、KARATE HOUSEはハヤシが中心となって生み出した楽曲も幾つか含まれるものの、メンバー全員によるセッションの中で生み出された楽曲が主となるアルバムになる。 そのKARATE HOUSEリリースの直後、には結成10周年を迎え、SHIBUYA-AXで記念ライブを行う。 〜KARATE HOUSE!!!! その後、6月からイギリス・フランスツアーを敢行した。 その中で、6月にイギリスの大型フェスティバルO2 WIRELESS FESTIVAL 2007のメインステージに出演。 夏には、複数のロックフェスティバル等のライブ・イベントに出演した。 それらへの出演の際に、通常のツナギからマリンルックに衣装を変更した。 また、この年の6月にはSNSサイトの傘下にあるMySpace Recordsと北米でのライセンス契約を結んだ。 同契約は、同年の1月31日にロスアンゼルスのライヴ・ハウスで行なわれたPOLYSICSのライヴに訪れたMySpace社長のトム・アンダーソン Tom Anderson が、彼らに対し強い感銘を受けたことがきっかけとなっている。 -VISTA-』の発売が行われた。 このベスト盤の選曲は先述のトムが行った。 このツアー中にはDEVOのメンバーであるジェラルド・V・キャセール Gerald V Casale 、元メンバーのアラン・マイヤース Alan Myers がPOLYSICSのライブを観覧しにきた。 アルバム『KARATE HOUSE』の発表直後から、これらのライブ活動等と並行して、次のアルバムに向けた楽曲の制作活動を進めていた。 We ate the machine 2007年 - 2008年 [ ] 11月にシングル『Rocket』をリリースした。 表題曲は、同年夏に行われたライブイベントなどで披露されていた。 また、同楽曲は同年10月から12月、1月にかけ、フジテレビ系列で放映されたアニメ版「」のエンディングテーマとなっている。 この年の幕張で開催されたEASTへの出演は、最大規模のステージであるEARTH STAGEへの初出演となった。 年明け後の3月にシングル『Pretty Good』をリリース。 そして、同年4月にアルバム『』を日本においてリリースした。 本アルバムには、先行してリリースされた2枚のシングルの表題曲が収録されている。 〜ハミ出せ!! 春のウキウキ・ジャパンツアー!!!! 〜ハミ出ろ!! 怒濤のワキワキ・ジャパンツアー!!!! 〜ハミ出た!! キバキバ新木場・ジャパンツアーファイナル!!!! このツアーファイナルの模様はに「」としてリリースされた。 また、夏には複数のロックフェスティバルに参加。 その中で8月のには、DEVOと共に出演を果たす。 この競演はの同イベント以来である。 2003年の際には、二つのバンドは異なるステージでの出演であったが、この年は同ステージでの出演となった。 また、この競演の数日後、においてDEVOとPOLYSICSによるツーマンライブが開催された。 因みに、このツーマンライブはに関連した企画の一つである。 8月、9月にはアルバム『We ate the machine』を欧米各国においてリリースした。 ただし、欧米向けにリリースされた本アルバムでは、日本向けの『We ate 〜』と異なり、収録楽曲のうち「Moog is Love」と「Pretty Good」は歌詞が英語となっている。 9月には、ハヤシがに出演。 また、9月から11月にかけてヨーロッパ、アメリカにおいてライブツアーが敢行された。 対バンツアー終了後の12月からは楽曲の製作活動に入った。 Absolute POLYSICS 2009年 - BESTOISU!!!! 2010年 [ ] 2000年のメジャーデビューから10周年目であった。 10周年目に入った2009年3月に両A面シングル『Shout Aloud! このシングルのリリースに伴い、購入者限定ライブを渋谷CLUB QUATTROで4月に開催。 また、6月にはシングル『Young OH! 』 をリリースした。 そして、これらのシングル曲を含むアルバム『Absolute POLYSICS』を9月に日本においてリリースした。 『Absolute POLYSICS』発売前日の9月15日に翌年2010年の3月に初の武道館ワンマン公演を行うことを発表した。 これらの活動と平行して、ツアーや10年ぶりのを含む各種音楽フェスへの参加など、楽曲の発表に合わせ、ライブ活動も精力的に行っていた。 しかし、この年の12月に「武道館ワンマン公演をもって、カヨがバンドを『卒業』すること」が発表された。 カヨによると、2006年頃から「POLYSICSのメンバーでない、一人の女性としての自分に会ってみたい」という気持ちが日に日に募っていったという。 また同時にPOLYSICSも武道館公演後は「充電期間」としてしばらくの間活動を休止することが発表された。 12月のこれらの発表後、年明け2010年1月には自身2枚目となるベストアルバム『BESTOISU!!!! 』をリリース。 このアルバムの収録曲は、ヤノ加入後の音源からセレクトされており、本アルバムリリース時の4名のメンバーで発表する最後の作品となった。 2010年の3月にてワンマンライブ『BUDOKAN OR DIE!!!! 』を開催。 この日演奏された楽曲は全部で42曲に及び、武道館ライブを行ったバンドの中では最多の曲数となった。 このライブをもってカヨが卒業、バンドは活動休止に入った。 ライブの模様は7月7日にDVD『BUDOKAN OR DIE!!!! 2010. 14』として発売された。 eee-P!!! 、Oh! 、15th P、Weeeeeeeeee!!! 2010年 - 2012年 [ ] 充電期間は2010年6月28日にPOLYSICSの公式ブログにて終了宣言が出され、から3人での活動を再開した。 活動再開後は主に灰色のツナギと銀色のバイザーを身につけていた。 2010年10月から11月にかけて3人体制としては初となる全国ツアー"We are Back!! POLYSICS!!! "を開催。 この年の12月にミニアルバム『eee-P!!! 』をリリースした。 そして、翌年2011年3月にはアルバム『Oh! It's Heavy Polysick!!! 』をリリースした。 このアルバムの発売に先駆けて、POLYSICS結成14周年となる3月4日にSHIBUYA-AXにて単独ライブ『コニチワ! New POLYSICS!!! 〜マッハ AX ギュンギュンギュン!!! 〜』を開催。 このライブではPOLYSICS初となるによるライブ生中継が実施された。 この中継中、フミは自身のTwitterアカウントに寄せられるコメントを取り上げる場面などもあった。 この頃は、日本国内においてTwitterやUstreamが一般に認知されてきた時期ということもあり、上でメンバーやPOLYSICS公式の発言が公開されたり、Ustreamでの番組放送の実施などPOLYSICSの活動の場としてこれらのサービスが利用するケースも増えてきた。 3人体制移行後のライブでは、演奏面やセットリストの面でカヨを含めた4人体制時から変化が生まれた。 例えば、カヨが担当していたシンセサイザーやボーカルをハヤシ・フミが担当したり、ライブ時の楽曲アレンジもそれに合わせた形になっていた。 また、"ピーチパイオンザビーチ"や"New Wave Jacket"などカヨ脱退前には、ライブにおける定番曲であった一部楽曲もライブで演奏される回数が減ってきた。 加えて、4人体制時と比較するとハヤシ以外の2人が前面に出るシーンも多く見られるようになってきた。 それまではカヨと同じくライブ中は無機質なロボットキャラを演じることが多かったヤノも、ライブで積極的なMCや前面に出たソロ場面が増えきていた。 これは楽曲制作のスタンスでの変化にもあらわれ、制作初期から3人で臨むことが増加した。 ハヤシはこの頃について「3人体制になった最初の時に、1人1人のパーソナルな部分をもっと出していきたいって言ったし。 俺がリーダーで、フミ、ヤノといるんだけど、3人の顔がぎゅっと前にでるようなサウンドにしたいし、バンドにしたいんだよね」と2012年頃に振り返っている。 2012年は活動15周年を迎えたり、通算1000本目のライブを開催したりと幾つかの節目となる点があった。 この節目にあわせ、結成15周年を記念するアルバムとして『15th P』を2月29日にリリース。 また、3月3日には通算1000本目となるワンマンライブMEMORIAL LIVE OR DIE!!! 1000本!!! 『おめでTOISU! 』と言ってくれ!!! 〜」をSHIBUYA-AXにて開催。 この翌日の3月4日には15周年の最初かつ1001本目のライブとして、同会場にてワンマンライブ「MEMORIAL LIVE OR DIE!!! 15周年!!! 『ありがTOISU! 』と言ってやる!!! 〜」を開催した。 1000本目のライブに向けては、2011年の秋頃から「995本目」、「996本目」、「997本目」…と各ライブタイトルにライブ回数を含めるなど、カウントダウンが行われていた。 2012年8月にはフミがリードボーカルを務める『Lucky Star』、11月には『Everybody Say No』とシングルを2枚リリース。 そして、12月にはこれらの表題曲を含むアルバム『Weeeeeeeeee!!! 』をリリースした。 MEGA OVER DRIVEから現在まで(2013年 - ) [ ] 2013年10月にはシングル「MEGA OVER DRIVE」リリースし、2014年1月にアルバム「ACTION!!!」リリース。 2015年に入り、楽曲製作に合わせ様々な団体や企業とのコラボレーションといった活動も広く行った。 」リリース。 このアルバムのリリースに合わせ楽曲タイトルになったにハヤシよる偏愛対象の「Dr. Pepper」、「ホモソーセージ」や「タンメン」に因んだ企画を実施、公開した。 また、ハヤシの提供楽曲「Hamidasumo! 」の同日発売となった。 このような縁もあり、この時期にPOLYSICSとゆるめるモ! がタワーレコードのポスターや各種インタビューなど、共にメディアに登場した。 ハヤシはゆるめるモ!へ楽曲提供をこの後も行っており、また彼女らのライブを観覧に訪れるなど、付き合いが生まれている。 さらに、7月には全面協力の元、をテーマにした「HEN 愛 LET'S GO! 2 〜ウルトラ怪獣総進撃〜」リリース。 初回生産限定版には「ポリシックス限定 クリアオレンジラメVER. 」フィギュアが付属した。 年末12月には、結成19周年を記念してで参加者を募り、のを作成するプロジェクトを開始。 目標人数300人を達成し、翌年1月に無事終了した。 この年のライブでは、同様なメドレーがセットリストによる演奏を度々行っていた。 9月11日、12日にで「POLYSICS ウルトラチャレンジ OR DIE!!! 〜燃えろ! クアトロ地獄! 2日で100曲カブリ無し!!! 〜」開催。 」のリリースツアーファイナル」では18曲、「ROCK IN JAPAN FES. 2015」では24曲のメドレーによる演奏を披露した。 また、例年通りPOLYSICSは多くの夏フェスに参加した。 後者の JAMではハヤシが楽曲提供を行っている「ゆるめるモ!」がPOLYSICSのステージに登場した。 その時の楽曲は「Baby BIAS」である。 個人の活動として、フミはベーシストとして加山雄三率いる「」にベーシストとして参加し、横浜開港祭等で演奏を披露した。 年明け後2016年3月2日、アルバム「What's This??? 」リリース。 結成19周年にちなみ19曲収録となっている。 その2日後の3月4日には大阪にて結成19周年として「20周年まであと1年!!! 〜まだまだやるで無茶なこと!!! 1日100曲かましたる!!! 〜」を開催し、1日で100曲演奏を行った。 2017年3月4日に豊洲PITにおいて結成20周年記念ライブ「20周年 OR DIE!!! All Time POLYSICS!!! 」を開催した。 本ライブでは、結成当時から2017年現在に至るまでの衣装を順に着替えながえながら、新旧幅広い楽曲をパフォーマンスしてみした。 そして、最後には新衣装である黄色いつなぎをお披露目した。 この時期は、これまでのPOLYSICSの20年を振り返るような活動がいくつか行われた。 例えば、先立ち2月22日にベストアルバム「Replay! 」をリリース。 こちらは過去から現在までのライブ定番曲を現在のメンバでアレンジ再録し直したアルバムとなっている。 また、ライブとして、POLYSICSのみが出演する3マンツアー「20周年直前! 奇跡の3マン!!! このツアーにおいては、POLYSICSとしての初オリジナルアルバムである『1stP』の再現ライブや現在のPOLYSICSの定番曲まで、これまでの様々な楽曲を披露してみせた。 10月2日には新メンバー・ナカムラリョウの加入が発表され(ナカムラは9月にTHE TOISU!!!! 名義で行われた数本のライブに参加)、POLYSICSは約7年ぶりに4人編成となった。 それと同時にナカムラも参加したニューアルバム「That's Fantastic! We are New POLYSICS!!!! ~」の開催が発表された。 エピソード [ ]• ハヤシは学生時代にDEVOに出会い、それまでに持っていた不良や攻撃的といったロックのイメージが180度変わり、自分にもロックが出来ると感じたと語っている。 DEVOのスタジオにアポなしでDEVOに会いに行ったことがある。 そのときにPOLYSICSのCDを渡したのだが、その曲がDEVOのスタジオの電話の保留音に使われていたことがあったらしい。 サポートドラムのイシマルはそのままPOLYSICS加入も考えていたようだが、マネージメントの問題もあり、結局正ドラムを募集することになった。 その数人の候補の中にヤノがいたが、オーディションで5曲叩いただけでばててしまい、技術的、体力的にもPOLYSICSとして満足いくものではなかった。 しかしハヤシは、ヤノの何にも染まっていない所に魅力を感じ、自分が育成してやるといった気持ちもありメンバーとして選んだ(後のインタビューではDEVOの旧ドラムスのアラン・マイヤースに顔が似ていたからとも発言している)。 そんな気持ちから、その後すぐ始まったヨーロッパツアーで責任感が湧いたとハヤシは語っている。 ヤノもその期待に応え日々努力し続け、現在のPOLYSICSの基盤を成している。 アメリカツアー中にDEVOのアメリカファンクラブ会長が彼の家に招いてくれ、訪れたハヤシは彼のDEVOグッズコレクションの凄さに興奮し、死ぬかと思ったと語っている。 POLYSICSはやなどのアーティストに影響を与えている。 特にKaiser Chiefsはイギリスのテレビ番組の日本文化を紹介するコーナーでPOLYSICSが紹介されるのを見ていて、その影響から「Saturday Night」を制作した。 またPOLYSICSとの親交も深く、来日公演でハヤシをサプライズゲストとして招いたり、POLYSICSを帯同してのUKツアーも行っている。 「トイス」とは、ハヤシが友人と考案したオリジナルの挨拶で、英語で言うところの「Hi! 」的意味合い。 ドリフターズのいかりや長介風に力強く言うとキマる。 当初はあまり定着しない懸念があったが、最近のライブではコール&レスポンスもスムーズ。 また、「Now is the time! 」に「Toisu! 」というタイトルの曲まで作っている。 にはから現在まで毎年出演している常連組である。 同フェスでは2番目に大きい「LAKE STAGE」での出演が主だが、3人体制での初ライブとなったは、10回目にして初となる「GRASS STAGE」での出演を果たした。 ディスコグラフィ [ ] 日本でのリリース [ ] DECKREC Records• 『』 1stアルバム、DCRC-0001• 1999年 『Plus Chicker EP』 1stシングル、7" vinyl、DCRC-0002• 1999年 『』 2ndアルバム、DCRC-0005• 1999年 『Modern』 2ndシングル、7" vinyl、DCRC-0006• 2000年2月25日 『6-D』 12" vinyl、DCRC-0014• 『』 1st,• 2000年 『』 2nd,• 『』 3rd,• 『』 4th,• 2005年 『』 5th,• 『』 6th,• 2006年 『』 7th,• 『』 8th,• 2007年 『』 9th,• 『』 10th,• 『』 11th,• 『』 12th,• 『』 13th,• 『』 14th) アルバム• 『』 3rd,• 『』 4th,• 『』 1stミニアルバム、• 2002年 『』 5th,• 『』 2ndミニアルバム、• 2003年 『』 6th,• 『』 ベストアルバム、• 『』 7th,• 『』 8th,• 『』 9th,• 2008年 『』 2ndライブ・アルバム、• 『』 10th,• 『』 2ndベストアルバム• 2010年 『』 3rdミニアルバム• 『』 11th• 『』 15周年記念盤• 『』 12th• 『』 14th• 『』 4thミニアルバム• 『』 5thミニアルバム• 『』(15th)• 『』 再録ベストアルバム• 『』(16th)• (17th) 世界でのリリース [ ]• 2月 『 』 Korea• 2001年 『 HEY! BOB! MY FRIEND』 US• 2001年6月19日 『 HEY! BOB! MY FRIEND』 US 12" vinyl• 『 POLYSICS OR DIE!!!! 『 POLYSICS OR DIE!!!! 』 US• 『 Now is the time! 2006年4月24日 『 Now is the time! 『 』 US、• 『 We ate the machine』 ドイツ、• 『 We ate the machine』+『 KARATE HOUSE』 US、MySpace Records 12" vinyl• 『 We ate the machine』 欧州、Okami Records• 『 We ate the machine』 US、MySpace Records ソロ [ ]• 『三つ編みヒロイン』 Kayo Solo EP、 作詞: 作曲: 映像作品 [ ]• 『』 VHS、DCRC-0003• 『』 VHS、DCRC-0011• 『DVDVPVDVLIVE!! 』 DVD、• 『PippikkippippiP In USA』 DVD、• 『Now is the live! 』 DVD、• 『CLIPS OR DIE!!!! 』 DVD、• 『BUDOKAN OR DIE!!!! 2010. 14』 DVD・BD、・• 『マッハAX ギュンギュンギュン!!! 2011. 4』(DVD・BD、・)• 『MEMORIAL LIVE OR DIE!!! 2012. 『Tokyo Newwave of Newwave '98』 BOOGIE TECHNICA、WHICH! 、BECAUSE) POLYSICS初の音源• 『Punch The Monkey! 2』 一瞬の交わい犬mix remixed by POLY-1 POLYSICS with B• 1999年 『ギョガン大襲撃』 G. R TUMBLIN'、CAMELEON ギョガンレンズ• 『 PLEA FOR PEACE』 US Hot Stuff• 2000年 『YMO-Remixes Technopolis 2000-00』 磁性紀〜開け心 JISEIKI-HIRAKE KOKOLO Good-Bye Bus Mix Remixed by Hiroyuki Hayashi from POLYSICS• 『 Japan For Sale』 US XCT• 『』 N. (Nord Ost) 初回限定盤のDisc2にのみ収録。 『』 Twisted dreams Remixed by ハヤシ from POLYSICS• 2002年 『 Japan For Sale Vol. 2』 US NEW WAVE JACKET• 2002年 『対自核自己カヴァー』 少年、グリグリ眼鏡を拾う sound produce:ハヤシ• 2002年 『 Mailorder For The Masses』 US Nice• 2002年 『』 スピッツ 、風にカバー• 『 Japan For Sale Vol. 3』 US Black Out Fall Out• 2003年 『』 arranged by POLYSICS 、初回盤のDisc-2• 2003年 『THE SWITCH TROUT HAYABUSA ERECTRIC』 ミサイル 、Vo. ハヤシ、Cho. 中シゲヲ サーフコースターズ• 2003年 『Good Covers〜AFTER NEW WAVE〜』• 2003年 『HY-STYLE "DVD" VOL2』 PLUS CHICKER• 『Cubik〜A Tribute to NEW WAVE』 Memorabilia Soft Cell• 2004年 『A. I COMPANY〜Tribute to NEW ROTE'KA〜』 夏・NANCY・16才• 2004年 『 Japan For Sale Vol. 4』 US KAJA KAJA GOO• 2004年 『風街クロニクル〜another side of happy end〜』 三つ編みヒロイン KAYO• 2005年4月 『 SXSW THE BEST NEW BANDS SHOWCASE 2005』 UK LUNO POLYSICS HARAJUKU MIX (BLOCK PARTY)、NMEの付録CD• KAISER CHIEFS 『Lap Of Honour〜栄光のウイニング・ラン』 Na Na Na Na Naa POLYSICS Remix• 2006年 AmiYumi 『 Splurge 』 US Teen Titans Theme POLYSICS' CR-06 MIX• 『ANDROID 〜like a house mannequin〜』 夢診断(カルテ....... mix. )(ハヤシヒロユキREMIX)• 2007年 『サイボーグ俺達』 サイボーグ俺達(ハヤシヒロユキプロデュース)• 2007年 童謡カヴァー集『Rock For Baby』 POLYSICS• 『』 歌姫 POLYSICS• 2008年 『METAL-IKKA〜メタル一家』 POLYSICS• 『』 文具 POLYSICS• 『』 SUPER LOVERS IN THE SUN POLYSICS• 2012年 『』 POLYSICS (ボーナストラック• 2012年 『』 Sid Vicious ON THE BEACH POLYSICS• 『』 Hamidasumo! ハヤシヒロユキ作詞・作曲・編曲• 2015年 『We are DISCO!!! 〜tribute to the telephones〜』 Urban Disco POLYSICS• 『TRIBUTE OF MUCC -縁 [en]-』 アイアムコンピュータ POLYSICS 出演 [ ]• - 2006年9月〜2007年3月()ハヤシのみ出演• 帰って来たNEU!!!! - 2008年4月11日(スペースシャワーTV)POLYSICS特番• - 2008年4月30日()• - 2008年4月28日〜2008年5月2日(ほか)• - 2008年9月5日(ほか)ハヤシのみ出演• (TVCM)「みんなに笑顔を届けたい。 冬篇」 2012年2月4日〜 その他 [ ]• 2004年にリリースされた『』アニメシリーズでは、オープニングのテーマソングが録音されています。 2006年に発売されたサッカーゲーム『』では、ゲームの1曲として「Tei! Tei! Tei! 」が収録されている。 でのの入場曲として「The Next World」が使用された。 アルバム「Now is the time! 」の10曲目「Boy's Head」にがゲストボーカルで参加している。 お笑いコンビの出囃子に「It's Up To You」が使用されている。 関連項目 [ ]• 出典・参考文献 [ ]• 『ABSOLUTE POLYSICS BOOK』 USEN、2010年。 脚注 [ ] []• TVK、 2008年5月2日放送• 2011年10月21日• excite music、、2007年2月(2008年11月存在確認)• シンコーミュージック・エンタテイメント、GiGS 2007年11月号、2007年9月27日• FACTORY 0198 POLYSICS - Response• NEXUSアーティストインタビュー POLYSICS 「とりあえず、やってみるんだよ」の15年• 特設サイト• 」&ゆるめるモ!「Hamidasumo! 」発売記念特集• アイドル企画「NO MUSIC, NO IDOL? POLYSICSのVR MV制作 OR DIE!!! 〜あなたの周りを縦横無尽〜• ROCK IN JAPAN FES. 2015 クイックレポート 今年のポリは、24曲やりました!! POLYSICS、「20周年まで後1年! 」1日で100曲に挑む最高に無謀なワンマンライブ開催• はの代役として出演 外部リンク [ ]• - 公式サイト• - ブログ• - ブログ(2010年9月終了)• - Pitchforkのレビュー• HiroHayashi78 -• fumi1978 -• nkmrryx -.

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