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神谷明はなぜコナンを降板したのか?その理由と現在について調査!

神谷明

概要 生まれ、出身。 から活動する、日本を代表するベテラン・レジェンドの一人。 明るくエネルギッシュで凛々しい、独特の美声の持ち主である。 、、といったや、など線の細い美形役で名高い。 一方で、真逆の落ち着きのある低音への切り替えも自在で、、、(初代)といったシリアスなキャラクターを演じることも。 更には独特の濁声でコメディーリリーフを務めることも多く、有名どころでは、、、などがあげられる。 70~80年代のロボットアニメでは圧倒的な出演率を誇り、「ロボットアニメの主役にはとりあえず神谷明」という風潮すらあった。 元々舞台・TV役者であったことから、CMでも教官役で顔出し出演もしていたこともある。 「 ラジャーだぁ!!! 」 更にアニメ化されたの人気作の主役をで演じている。 要するに リアルチート級の万能声優であり、美声とともに演技力・歌唱力の高さを評価されている。 こうした広い演技の幅から、とくに作中で性格が二転三転する主人公格を担当することが多かった。 本人曰く、今まで演じたキャラクターで一番のお気に入りはで、理由は「ケンシロウのような二枚目の演技も、キン肉スグルのような三枚目の演技も冴羽獠は全て受け入れてくれるから」とのこと。 自身の社名に名前を使用するあたりその愛着が覗える。 原作者のは、神谷が事務所の名前に「冴羽」名義の使用の許可をとりに来た際は冗談だとおもってOKを出し、実際に「冴羽商事」が立ち上げられた際は驚愕したとのこと。 また『』をはじめ、多くのTV番組で顔出し出演もしている。 趣味は立ち食い蕎麦。 の全ての駅の駅そばを制覇したという伝説を持つ。 現在は後進の育成にも熱を注ぎ、近年では日本工学院専門学校 蒲田校・八王子校 で講師を務めており、教え子には、などがいる。 また、など一時期燻りかけていた若手に連絡を取って叱咤激励するなど面倒見も良いという。 しかし第一線を退いたつもりはまったくなく、 レジェンド声優と呼ばれるようになった後も「自分ではそうは思わない、生涯現役。 生涯勉強」と向上心を忘れず仕事に向かっている。 現在はナレーションなどの仕事が増え、老人の役なども演じる機会が増えているが、特に『』の主役役として再登板した時は、大ヒットも相まって久方ぶりに『神谷明』の名前が改めて世に知らしめられた。 人気 ~にかけての人気は特に圧倒的なものであった。 当時のアニメ雑誌の声優ランキングを見ると、軒並み1位を獲得しているのがわかる。 「アニメグランプリ」でも11回にわたり1位を獲得した唯一の男性声優となっている。 これはとタイ記録であり、いかに人気があったかが伺える その後が3連覇したのが次点となっており、この記録は2017年現在に至るまで破られていない。 TVのなどの「声優ランキング」的な企画では、現在も必ず名前が出ることでも、一般人気の幅広さ、知名度の高さがうかがえる。 交友関係、共演者など 共演の多い声優に、、、、等が挙げられる。 特に田中秀幸とは『』『』『』『』等で友人かそれに近しい間柄で共演していた。 古川登志夫とは同年齢だが芸歴としては神谷の方が長く、古川は「先輩」としている。 ただし古川は児童劇団から役者の世界に居たため総合的には古川の方が長いという。 『』『』でそれぞれライバル関係を演じており、『』の劇場映画の悪役・のキャスティングについては監督が『うる星やつら』のファンで「古川さん ピッコロ役 のライバルなら、神谷さんだ」という理由で抜擢されたという経緯がある。 また本人も、かつてはオーディションにおいてよく希望のキャラクターが神谷とカブってしまい、オーディションで神谷に敗れることが多い古川は「オーディションで 神谷に 勝つことが目標」とのこと。 も同じく、神谷が全盛期にヒーロー役で数多く活躍していた際に、ライバル意識を持っていたと自伝で語っている。 役柄が被るためか、二人の共演作品は意外にも少ない。 玄田哲章のことは玄田の愛称である「玄やん」とプライベートでは呼んでおり、全盛期から変わらずパワフルな演技をする玄田を見て、自身も影響され奮い立たされているという。 とは高校時代の演劇部における仲間であり、昔馴染みの間柄。 佐藤のことを声優業界に誘ったのも神谷である。 時代にはや、など、名優達とともに活動し、教え子だったと語る。 彼等の指導やダメ出しは厳しかったが、芝居を間近で見ることが出来たおかげで、役者としてたくさんのことを学んだと話している。 特にこの三名の芝居は、後のやの役作りや演技に繋がっているとは本人談。 とは共演も多く、気が合い仲も良かったため芝居の話でしばしば盛り上がっていた。 それだけに急逝した時のショックは大きかったという。 今でも塩沢との思い出について話すことは多く、「良い友人 後輩 でした」としばしば語っている。 そして「 今だからこそ 二人で語り合いたいことがたくさんある」とのこと。 同じ名字を持つとは、親子関係はおろか親類ですらない。 しかし自身は「僕のお父さん」と冗談めかして語っており、実際同じ青二所属だった時は指導を受けたこともあったという。 ただし神谷浩史のブレイク時は神谷明の出演数が減少傾向にあったためか、共演作はほとんどない。 指導者として かねてから後進の育成には熱心である。 また、自身が時代に諸先輩の凄まじい芝居を見てきたことから、芝居は現場で学んでいくものだという考えを持ち、多くの先人と同じく舞台出演を推奨している。 現在のアニメ業界の状況を憂いており「かつては大御所から新人まで揃えた、ピラミット型のキャスティングだったが、現在は背の低い台形になってしまっている(金銭的な問題もあって大御所が呼ばれない)。 だからせっかくの勉強の場が失われている」と語る。 一方で「自分や一つ下の時代くらいまでは、大先輩の芝居を間近で見ることができたから、非常に恵まれていた」ともしており、自身よりも採用されやすい後輩で、黄金期を生きた時代の芝居を継承してほしいと願っている。 余談・エピソード この項目では細かなエピソードを箇条書きする。 大御所の中にあって、声優という呼ばれ方を嫌う諸先輩に対して、真っ向から反対意見を唱えた第一人者的な存在である。 「呼び方を気にしたところで、飯を食わせてくれたのは声優の仕事であり、プライドだけの問題にしかなっていない。 そんなプライドは不要である(要約)」と豪語している。 ただし、芝居を学ぶうえではどちらかと言うと舞台を踏むのは良い経験になると薦めているため、自身に芸を学ばせてくれた先輩を軽視しているわけではない。 『』の1コーナー「テレフォンショッキング」で出演したに「神谷さんは本当に良い声ですよね~ 顔はどうしようもないですけど」と紹介されの笑いを誘っていた。 後に声優を主としたドラマ出演した際も、「声優は顔が良くないとなれないんですか?」という生徒に、自身の顔立ちをネタにしつつ「関係ない」としている。 ただしこれはドラマ上の台詞のため、脚本なのか自身の考え方なのかは不明。 同じく『笑っていいとも』の1コーナーとして存在していた「あなたの(知ってるようで)知らない世界」で、声優陣の一人として参加した際の質問「一番辛かった役は誰?」でを挙げた。 その理由は「(演じる度に)喉がつぶれるかと思った!」という。 本人曰く「ただの二枚目役はお話が余程面白くないと演じていてつまらない」としている。 どちらかと言えば二枚目であっても面堂終太郎のように俗っぽさや三枚目の要素を持っている方が演じていて楽しさがあると語る。 の声は当時の同業者から驚きを持って迎えられた。 何故なら台本にある「あたたたた」は、オーデションの参加者は全員「もっと低い声」想定していた。 しかし、神谷はを彷彿とさせるような 怪鳥音から始まる高音で勝負してきたので、周囲は度肝を抜かれたという。 古川登志夫もオーデションでケンシロウ役を競っていたが、真っ先にこれを聞いて「これは オーデションで 負けた」と確信したという。 も神谷がこの選択をしたことはまったく想像の範疇外だったと語っている。 しかし神谷明は「実を言うと人は裏声よりも低い声を出す方が(人間は)キツイ」と語ったことがある。 『』の毛利小五郎役を「契約上の問題と」「 制作側との信頼関係を失った」ことを理由に降板。 ただし関係者と義絶したわけではなく、食事会に参加したりコナンという作品そのものを応援したりしていたという。 後任のとも食事の席を設けて正式に役を継承したとのこと。 本人も応援団として支え続けると語っており、ツイッターでもコナンのことを時折話題にし、小五郎を演じていたこともタブーにはしていない。 その末、では北斗の拳のコラボ企画として、 ケンシロウの声で映画を応援するCMに参加。 作品的には10年以上を経ての久しぶりのカムバックとなった。 テアトル・エコー時代の先輩は皆、声優という呼ばれ方を嫌っていた。 これは役者としてのプライドの問題が大きいとされている。 神谷明もかつては同じ考えを持っていたが、「自分は声優ではなく俳優と言っても飯を食わせてくれたのは声の仕事じゃないか」として今では声優という肩書に誇りを持つようになったという。 一方で指導者としては声優という狭い視野ではなく、演者として幅広い視野を持った演技ができるようにと、かつて自身が受けたアドバイスなどを話している姿も伺える。 シリーズをスーパーロボット大戦で演じることになった際は、当時現場をともにしたとと顔を合わせたそうで、「こんなに時間が経ってからかつての役を演じられるなんて幸せだね」と語り合ったことがあったという。 現在でも尾を引いているが、00年代頭は各々の理由で神谷明が演じていたキャラクターが尽く変更されるという事態に見舞われた。 これが一時期「神谷は第一線から退いた」と言われる原因にもなっているが、実際はギャランティの問題とのこと。 しかし10年代後期にはかつて神谷が演じていた役の再演が果たされている(それでも代役となるパターンは多いが)。 主な出演作 アニメ•

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神谷明

国民的人気アニメ『名探偵コナン』の毛利小五郎・声優が変わっていた? アニメ『名探偵コナン』といえば、青山剛昌さん原作の推理漫画『名探偵コナン』を原作とした国民的人気アニメ作品です。 1996年1月8日からTV放送開始 日本テレビ系列の全国ネットのアニメ番組の中でも、1,2を争う長寿番組です。 漫画の連載開始から間もない状況でのアニメ放送だったため、原作にアニメが追いつかないようにしたいという原作者・青山剛昌さんの希望もあり、最初の段階からアニメオリジナルのエピソードが差し込まれています。 そんな『名探偵コナン』の名キャラクターの1人・毛利小五郎(もうりこごろう)。 その声優さんが途中で変わったのをご存知ですか?声優さんが変わったのは、2009年と今から少し前。 放送開始から担当してきた声優さんが、 突如降板となりました。 今回は、毛利小五郎役の声優降板理由や現在の声優さんについて触れていきます。 神谷明 コナン(毛利小五郎)降板理由は? 放送開始当時、 毛利小五郎役の声優をつとめていたのは、いまや声優界のレジェンドとも呼ばれる、神谷明さん。 神谷明(かみや あきら)さんは、元祖美少年からロボット戦隊のヒーロー、二枚目半?のスナイパーにニャロメ(平成版)など、シリアスからギャグまで七色の声を駆使して多くのファンを魅了してきた声優さんです。 しかし、2009年に『名探偵コナン』の毛利小五郎役を突然降板しています。 なぜでしょうか。 『名探偵コナン』で探偵役の毛利小五郎は、主人公コナンの謎解きになくてはならない大事な役どころ。 毎回コナンに睡眠薬の入った針で眠らされ、子供の姿であるコナンは毛利小五郎を通して、事件の真相を解いていきます。 この毛利小五郎の声優を13年間つとめてきた神谷明さんは、 当時自身のブログで、「私の不徳の致すところ」と降板に関してハッキリとした理由を語らなかったので、ファンの間ではさまざまな噂や憶測を呼んでいます。 結論としては、神谷明さんの毛利小五郎の声優降板理由はアニメ製作サイドとの折り合いがうまくいかなくなり、降板することになってしまったよう。 どうやらそもそも「声優」という仕事は、今のように脚光を浴びた華やかなものではなく、売れない俳優が食べていくための「副業」のような地味なイメージでした。 神谷明さんは、俳優業と比較して「権利料」が格段に低かった声優業の収入面について、自らが先頭に立って交渉していたんだそう。 本人としては、「後輩たちの生活向上のため」と思い行動を起こされていたのでしょう。 しかし結果的に、テレビ局や製作側と決裂する最悪の形となってしまい、神谷さん自身が降板することで責任を取るということになったようです。 神谷明さんが、テレビ番組『ナカイの窓』に出演されたときの話によると、今の声優さんの収入は1番下のランクで1本30分として15,000円。 再放送の権利料を含めても27,000円くらいで、相当キャリアを積まないと、昇給できないのだそう。 「自分たちが今頑張らないと、今後若い人たちが大変だ」と、毎回交渉を続けていた結果、「降板」になってしまった神谷明さん。 神谷明さん『シティハンター』の冴羽獠と『北斗の拳』のケンシロウが有名 神谷明さんが声優のキャラクターで、とくに人気なのは『シティハンター』の冴羽獠と『北斗の拳』のケンシロウですが、今でも『名探偵コナン』の毛利小五郎役を推すファンの声も多いです。 神谷明さんは、1970年「劇団テアトル・エコー」の研究生時代に、伝説の魔女アニメ『魔法のマコちゃん』の千吉役でデビューしました。 声優歴46年、初めて主演は、デビュー3年後の1973年『バビル二世』の浩一役。 「叫びの神谷」の誕生でした。 その後、『ゲッターロボ』や『勇者ライディーン』などのロボットアニメの主人公役でも「叫びの神谷」が大活躍します。 一時期は何本もの仕事を抱え、命の声を潰してしまった経験もあるそうです。 1980年代には『キン肉マン』や『シティハンター』『北斗の拳』など、「週刊ジャンプ」に掲載された人気漫画が次々とアニメ化されて大ヒット。 この時期の作品は、神谷明さんの代表作となり、実力声優としての地位を不動にしました。 また、アニメの仕事だけでなく、007シリーズのボンド役で人気のピアース・ブロスナンの吹替も担当し、ブロスナンの甘いマスクに神谷明さんの美声がマッチし、話題になりました。 1946年生まれで御年70歳を超えている現在 「冴羽商事」という事務所を立ち上げ、声優活動の他に、ナレーションや司会業、講演会、コンサートのマネージメントなど幅広くお仕事されているようです。 ちなみに「冴羽商事」の名前は、北条司不朽の名作「シティハンター」からだそうです。 現在の毛利小五郎の声優は誰? そんな神谷明さん降板後の毛利小五郎役 現在は、小山力也(こやまりきや)さんが毛利小五郎の声優をされています。 小山力也さんは、劇団俳優座に所属する俳優さん、 アメリカのテレビドラマ『24 -TWENTY FOUR-』の主演・ジャック・バウアーの吹替で有名になりました。 アニメは攻殻機動隊『S. 2nd GIG』『はじめの一歩』『うみねこのなく頃に』など多数出演しており、『コナン』にも何度かゲストで出演したことがありました。 いまでは声優界でもとても人気があります。 アニメ製作サイドは小山さんの起用について、オーディションを行った後、「プロデューサー陣と原作者の青山剛昌先生とが話し合い、満場一致で決定した」としています。 小山さん自身も、「大先輩の神谷明さんの後任に決まった知らせを受けた時は、ただ驚き慌てふためくばかりでした〜神谷明さんの作り上げた小五郎を大切に、そして失礼のないよう、心をこめてやっていきます」と話されています。 神谷さんの降板について、ファンからは反対の声がすごい量で出ていたそうですが、小山さんに声優交代が決まると納得の声が多く上がり、受け入れられたようです。 声優交代から10年以上が経った今でも大人気の『名探偵コナン』。

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神谷明 恩返しより「恩拡散」!?コナン降板理由が衝撃…息子は声優神谷浩史?

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劇場版アニメ「劇場版シティーハンター <新宿プライベート・アイズ>」(こだま兼嗣総監督)が8日公開される。 1980~90年代に人気を集めた北条司さんのマンガ「シティーハンター」の新作劇場版。 冴羽リョウ役の声優・神谷明さん、槇村香役の伊倉一恵さんらオリジナルキャストが集結することも話題になっている。 約50年間、声優として活躍してきた神谷さんに、今作への思いや声優人生を振り返っての感慨などを聞いた。 東京・新宿で、ボディーガードや探偵などを請け負う冴羽リョウの活躍が描かれた。 87年にテレビアニメが放送されたほか、劇場版アニメ3作が製作された。 神谷さんらオリジナルキャストが再集結した今回。 神谷さんは「2年前に70歳を超えて、もう無理だろうと勝手に自分で判断をして、実現しないと思っていたんです」と振り返る。 新作の話が来て「驚いたのと、うれしかったのとが同時に。 その後ですごく大きな不安がやってきまして」と神谷さん。 「(テレビアニメ)放送当時は40代で、脂の乗り切った状態。 演技力はもちろん向上しているけど、あの頃のようなテンポ、緩急で、当時のように演じられるか、ファンの皆さんの期待する冴羽リョウを演じられるか、という不安が襲ってきたんです」と率直な思いを吐露する。 ただ、「1週間ほど考えて、うれしさが勝ってしまった」と神谷さん。 出演を決めてからは、収録までの約1年間、入念な準備をしたという。 「外国の映画やテレビシリーズが好きでよく見ているので、自分ができそうな登場人物が出てきた時に、役に合わせて戯れに演技をしてしゃべってみるとか。 あとはナレーションのお仕事をいただいた時に、歯切れの良さや滑舌をチェックしながら、それまで以上に注意深くするようにして、収録に臨みました」。 収録当日は「皆の声を聞いたら、あっという間にあの頃に戻りました。 たぶんレギュラー出演者の皆さんも同じだと思いますけど、一気に時間が20年巻き戻されて……。 作品が大変よくできていたので、僕の場合は、遊ばせていただいているうちに終わってしまった感じですね」とほほ笑む。 1999年放送のテレビスペシャル以来、約20年ぶりの新作。 作品の時代背景も変わった。 冴羽リョウを演じる上で何か変化を加えたことはあったのか? そう聞かれると「冴羽リョウというキャラクターに関しては、全くその必要は感じませんでした」と神谷さん。 「自分でも思っていたんですが、台本を読ませていただいて、当時のままでいいんだなって」と語る。 「とはいえ、20年間の時代の流れがありますから」と続け、「AI(人工知能)が登場したり、ドローンが登場したり。 冴羽リョウがドローンを操縦するシーンがあって『いつお前そんなことを』……と思いましたけど(笑い)」と楽しそうに笑い、「最先端のメカも登場して、時代に合わせてくれているなと感じました」と語る。 ゲスト声優として女優の飯豊まりえさんも出演する。 冴羽リョウにボディーガードを依頼する女子大生で、物語の鍵を握る存在だ。 飯豊さんの収録の様子を「副調整室からこっそり見ていたんです(笑い)」という神谷さんは、「第一声、最初のシーンの声と演技を拝見して、『これはすごい』と思った」という。 「感性が見事に表現されていて、自然な演技だったんです。 せりふの端々に可愛らしさが垣間見えて。 これは実は、キャラクターを愛してもらう時にすごく大事な要素。 役の向こうに見える本人を支持してもらわなければ、長くこの業界で生きていくことは難しい。 すごく若いのに、女優さんだなと思いました」と絶賛する。 冴羽リョウ役は「僕の集大成とも言うべき存在」だという。 「自分の中ではナンバーワンのキャラクターですし、大事にしていたキャラクター」 そんな冴羽リョウを演じる上では、劇団テアトル・エコーの先輩たちの演技が生きているという。 「当時脂の乗り切っていた山田康雄さん、納谷悟朗さん、熊倉一雄さん、皆さんが40代でバリバリの頃の芝居を見せていただいて。 山田さんは普段からルパンみたいな人でかっこよくて、お芝居もころころ性格が変わる役を見事に作られて、テンポも良くて。 後年の冴羽リョウに一番影響を与えてくれたのが山田さんの演技だったと思います。 納谷さんは、山田さんよりさらに都会的なセンスのあるコメディーを演じられていた。 冴羽リョウを演じる時は、山田さんと納谷さんの感覚をミックスして、自分の思いをそこに入れて……」と冴羽リョウ役の血肉となった体験を明かす。 デビューから約50年間にわたって第一線で活躍してきた神谷さんは「こんなに長くできるなんて、想像もしていなかった」という。 「他の劇団にいたら、30歳前に辞めていたと思う。 幸運にも、50年という歴史を刻ませていただいて。 エコーに入って、作品との出会い、人との出会い、時代に恵まれ、ここまで来ることができたなと。 振り返って、改めて自分の運の良さを再認識しました」 これまでの軌跡を、「挑戦の連続です」と振り返る神谷さん。 「『シティーハンター』で自分の思いを第一段階としてクリアできた。 今度は、『名探偵コナン』(の毛利小五郎役)を始めた時から、新しい自分を作っていこうと思ったんです。 楽しみながら挑戦し、やってきましたね」とし、「30代の後半ぐらいから、バラエティー豊かなお仕事をやらせていただけるようになって、その全部が面白くて……。 歌やナレーションもやらせてもらって。 ナレーションもドキュメンタリーやバラエティー、CMで全然違うんです。 それがみんな面白くて。 そういう環境で、常にいろんなことに挑戦させてもらえたことが良かったのかな、と思います。 自分に満足するということはないんですよね。 欲張りだけど、『もっとできるんじゃないか』と思うんです」と、飽くなき探求心と向上心をのぞかせる。 「『まあ、ようやってきたな』という感慨と、『これから自分はどうなるんだろう』という思いが、正直に言うとあるんです」と現在の心境を語る神谷さん。 励みになるのは、やはりこの道の先輩だという。 「先を見ると、野沢雅子さんがいてくださるんですよ、見えない道の先にある灯台のように。 これはものすごく励みになるし、力にもなる。 お目にかかると僕以上に元気で、パワーをもらえるんです」とうれしそうに語る。 最後に、これからのことを聞くと、「これだけ幸せな声優人生を送らせていただいているわけですから、1年でも長くお仕事を続けていたい。 無理だけはしたくないので、できることをコツコツ積み上げていきたい」と先を語る神谷さん。 「ただ、『シティーハンター』はそれには反するんですよ(笑い)。 無理をしないとできないことではありました。 でも、今できる範囲で頑張ってみよう、と思わせてくれる作品です」と再び作品への思いを明かし、「うまくいっても、シリーズ化とか続編の映画などを期待するのではなく、ルパンのように、ちょくちょくお茶の間に帰ってくるような、息の長い作品になってくれることが望みですね」と穏やかな笑みを浮かべた。

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