地獄 の 黙示録 ファイナル カット。 『地獄の黙示録 ファイナル・カット』コッポラはなぜ製作に踏み切ったのか ─ 日本公開40周年記念、特別映像が公開

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地獄 の 黙示録 ファイナル カット

による。 の小説『』を原作に、物語の舞台をに移して翻案した(エピックフィルム)。 1979年度ので最高賞であるを獲得。 ではを含む8部門でノミネートされ、そのうちとを受賞した。 それ以外にものと、の助演男優賞、の監督賞となどを受賞している。 日本では(55年)に公開された。 に、コッポラ自身の再編集による『特別完全版』 が公開された。 2019年4月28日、公開40周年を記念してにおいて『 地獄の黙示録 ファイナル・カット』( Apocalypse Now Final Cut)が上映された。 このバージョンは同年8月15日にアメリカの劇場で一般公開され、8月27日にはホームメディアが発売された。 ストーリー [ ] 1969年、後期。 空挺将校の ウィラード大尉は、妻としてまで再び戦場に戻ってきた。 彼は、の一員として、による要人暗殺の秘密作戦に従事してきた経験が豊富だった。 その実績を買われ、の滞在中に上層部に呼び出され、元隊長の カーツ大佐の暗殺指令を受ける。 カーツは、の命令を無視して暴走し、のジャングルの中に独立王国を築いていた。 ウィラードはのに乗り込み、乗組員に目的地を知らせぬまま大河を遡行する。 そして一行は戦争の狂気を目の当たりにする。 をするために、の前哨基地を襲撃するの指揮官。 ジャングルに突如として出現したのステージ。 指揮官抜きで戦い続ける最前線の兵士。 そして、に溺れ、正気を失ってゆく哨戒艇の若い乗組員たち。 やがてカーツの王国に近づくにつれて、ウィラード自身も少しずつ心の平衡を保てなくなってゆく。 哨戒艇の乗組員を何人も失いながらも、何とか王国にたどり着いたウィラードは、王国の支配者カーツと邂逅し、その思想や言動に動揺する。 一時は監禁されたものの、改めて自由を与えられたウィラードは、水牛を生贄にする祭りの夜にカーツの暗殺を決行する。 作品序盤におけるウィラードの独白から、本作品は、ウィラードの任務での体験とカーツに纏わる物語を紡いだ構成となっている。 日本テレビ版:『』「10周年記念特別企画 カンヌ映画祭'79グランプリ受賞超大作 地獄の黙示録」(初回放送21:02-23:45• 『』(再放送21:00-23:24)• その他キャスト:、大森孝、稲葉実、小滝進、、、、、• (約142分)• 演出:蕨南勝之、翻訳:大野隆一、調整:遠西勝三、制作:ザック・プロモーション• その他キャスト:、幹本雄之、、、、• 特別完全版:2002年7月17日発売 VHS(ポニーキャニオン PXVH-30031)収録。 演出:安江誠、翻訳:松原桂子、調整:飯塚秀保、制作:• その他キャスト:、、、、 スタッフ [ ]• 監督:• 製作:フランシス・フォード・コッポラ• 撮影:• 提供:• 日本配給: 製作 [ ] 背景 [ ] 映画の原案は、に出版されたジョゼフ・コンラッドの小説『』(原題: Heart of Darkness )である。 当初は、1970年代初頭に、同じの映画学科に在籍していたとが共同で進めていた企画であった。 しかし、当時はが行われていた最中であり、その企画は通らなかった。 後にルーカスが『』を製作するにあたり、作品の権利をに譲り渡したのが始まりである。 コッポラは映画化にあたり、『闇の奥』以外にもさまざまな作品をモチーフにした。 映画中での『』(原題: The Waste Land )や『うつろな人間たち』(原題: The Hollow Men )の一節が引用されたり、の『』(原題: The Golden Bough )から「王殺し」や「犠牲牛の」のシーンが採用 されるなど、的・神話的イメージが描かれている。 この他、監督の妻エレノアの回想録によると、コッポラは撮影の合間、しばしばの『』を手に取り、本作品の構想を膨らませたという。 コッポラは、映画の製作初期段階から、音楽をの第一人者であるに要請していた。 しかし、契約の関係で実現には至らず、結局監督の父親であるが音楽を担当した。 このあたりの事情は、『地獄の黙示録 特別完全版』 盤ので、コッポラ自身が詳細に語っている。 キャスティング [ ] キルゴア中佐の衣装 ウィラード大尉は、当初が演じる予定だったが、撮影開始2週間で契約のトラブルが原因 で降板した。 これ以降、カイテルはハリウッドを干され、中心に活躍することになる。 その後、の起用も検討されたが、『』の撮影との関係により、最終的にに落ち着いた。 なおフォードは、撮影の見学に来たときに端役として出演しており、その時の役名は「ルーカス大佐」となっている。 報道班ディレクターとしてフランシス・フォード・コッポラが、報道班カメラマンとしてがしている。 また、ヘリコプターの操縦手をベトナム戦争で従軍経験があるが演じている。 「・オブ・ザ・イヤー」役は、実際の1974年プレイメイト・オブ・ザ・イヤーである ()、「ミス8月」役は実際の1976年8月プレイメイトである ()である。 また、「ミス5月」役のは、映画封切り後に1979年10月の『』誌で写真を発表した。 彼女らによる慰問公演の司会者は、1960年代からのプロモーターとして活躍していた ()が演じている。 撮影 [ ] ヴィットリオ・ストラーロ は、アメリカ合衆国ととの国交がないため、ので行われた。 また、の協力が得られなかったため、映画に登場するやは、全ての協力に拠った。 しかし、当時のフィリピンは、ゲリラ「」との内戦や南部住民「」の反乱に直面していたため、実戦出動によって、ヘリコプターシーン撮影のスケジュールが乱れることもしばしばであった。 途中、フィリピンを襲った台風によりセットが全て崩壊したことも撮影スケジュールの遅延に影響した。 この時の台風の模様は撮影され、ストーリー上急遽役割が与えられた。 フランス人入植者たちのエピソードのように、莫大な費用と期間を掛けて細部まで拘りぬいた撮影が行われたものの、劇場公開版からは最終的に削除されてしまったシーンも数多く発生した。 以上のような要因で、映画の撮影期間は予定を超えてどんどん延びていった。 コッポラは、キャスティング面でも多くの困難に対処する必要に迫られた。 当初ウィラード大尉を演じる予定であったは、撮影開始2週間で降板し、新たに起用されたも、撮影途中のにで倒れ、一時生死の境をさまようほどの状態になってしまった。 家役のは、でセリフが覚えられず、事あるごとにコッポラと衝突した。 出演者のによると、撮影中、麻薬中毒兵士の役づくりのため、実際にやを使っていたという。 すると次第にスタッフも使い始め、橋での撮影は夜間撮影だったので、興奮剤のを使っていたという。 それ以外にも、主演のが撮影当時極度にしていたため、物語の設定を一部変更する必要が生じたこともあった。 また、ブランドは、キャスティングや脚本に対して自己中心的な主張をすることも多く(役作りにより体から強烈な臭いを発していたデニス・ホッパーと一緒に撮影されることを拒否した)、遂には監督であるコッポラが心労で倒れる事態にまで陥ってしまう。 トラブルは以降も続いたため、ストーリーも大きく変更され、後に脚本担当のジョン・ミリアスが不快感を表明するに至る。 マーティンは、拳で鏡台を叩き割るシーンで、切傷を負って流血した。 これは、台本にない完全な事故であったが、本人がそのまま撮影を続行するようにスタッフを促し、本編においての「」がBGMとして流れる場面に使用された。 完成まで [ ] 制作発表時、ベトナム戦争や及びアメリカ軍を批判的に扱った最初の映画として物議を醸したが、スケジュールの遅延やキャスティング面でのトラブル、コッポラのによって、撮影と編集が異常に長引いてしまった。 撮影は17週間の予定が61週間(3月から5月)にも延び、編集にも2年余りの時間が掛けられた。 同様にベトナム戦争を題材にし、この映画の後から制作が始まった『』の方が先に公開されたほどである。 撮影終了後の1月、制作会社のゾエトロープ社は作家のに電話し、ハーの『ディスパッチズ』(1977年)に基づいたナレーションを書いてもらうよう依頼した。 ハーは、自著に書かれた言葉など「まったく使い物にならない」と答え、それからコッポラと共に1年かけて最終稿を完成させた。 映画の完成が遅れるに伴って、映画の制作費も当初の予定を大幅に上回る結果となった。 最初の予算は1200万ドル(当時の日本円で約35億円)だったが、実際に掛かったのは3100万(約90億円)だった。 そのうち、1600万ドル(約46億円)は、社が全米配給権と引きかえに出資したが、残りはこの映画を自分の思いのままに作りたかったコッポラが自分で出した。 資金の一部は、日本の配給元でもあるから支援されたともいわれる。 コッポラの妻エレノア・コッポラは、後に撮影手記『ノーツ - コッポラの黙示録』を出版した。 また、彼女が撮影の舞台裏を撮影したビデオや録音テープにスタッフ、キャストへのインタビューを加えた『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』(原題: )が11月に公開された。 当時の制作現場が、いかに「」のようであったかが窺えるとなっている。 公開 [ ] 北米で一般公開されたのは同年のである。 映画製作中には様々な困難があったにもかかわらず、公開後全世界で大ヒットを記録し、巨額の制作費を無事回収することが出来た。 ので未完成のまま出品され、『』と共に映画祭の最高賞に相当するを獲得した。 授賞式の会場では、審査委員会の判断を批判するブーイングもあったという。 批評家たちからは映画の内容を巡って様々な評価が下された(詳細は後述)。 特別完全版 [ ] には、53分の未公開シーンが追加された『地獄の黙示録 特別完全版』(原題: )が公開された。 この特別完全版では、により不時着したと、それに乗っていた達の幕間劇、フランス人入植者たちとの交流のエピソードなども復元された。 解説的なが増えたわけでは無いが、全体的にの偽善や欺瞞を告発するような場面が増え、初公開版とは大きく印象が異なるものとなった。 例えば入植者たちとの会食の席で、ウィラードが「を創り出したのはアメリカ人」とその由来を知らされ、愕然とするシーンなどである。 特別完全版のプレミアは初公開時同様、カンヌ国際映画祭で行われた。 特別完全版の公開に時を同じくして、アメリカ合衆国は勢力の殲滅を名目に、を開始。 ターリバーンの母体となったを、中にアメリカ合衆国が支援していたといった事情を考慮し、日本の配給会社によって「コッポラは『地獄の黙示録』でを予見していた」という根拠のない内容の宣伝もされた。 なお、特別完全版の日本版予告編でのキャッチコピーは「 これはコッポラが産んだ生きものだ」「 本物にして最後の映画。 アメリカ映画史上最高の傑作。 」「 戦争。 アメリカ。 」である。 評価 [ ] 『地獄の黙示録』は、公開直後から映画に対する賛否両論が噴出した。 たちの間では、「ストーリーもあるようでないようなものである」「戦争の狂気を上手く演出できている」「前半は満点だが後半は0点」など、意見が分かれがちな映画である。 作品としての質は別にして、批評家たちは「泥沼のベトナム戦争がに与えた心の闇を、衝撃的な映像として残した怪作である」と結論付けた [ ]。 また、は、を隠喩的に織り込んでいると述べた。 公開当時、70ミリ版で3回、35ミリ版で1回見たというは、評論『』の中で次のように述べている。 「『地獄の黙示録』という映画はいわば巨大なプライヴェート・フィルムであるというのが僕の評価である。 大がかりで、おそろしくこみいった映画ではあるが、よく眺めてみればそのレンジは極めて狭く、ソリッドである。 極言するなら、この70ミリ超大作映画は、学生が何人か集まってシナリオを練り、素人の役者を使って低予算で作りあげた16ミリ映画と根本的には何ひとつ変りないように思えるのだ」 映画の冒頭は、の「」をに、ベトナム戦争を象徴する兵器であるが全てを焼き払うかのような映像シーンである。 そして、ウィラードがカーツ殺しに至るシーンで流れているのも、やはり「ジ・エンド」である。 この他にも、キルゴア中佐率いる部隊がの「」をで鳴らしながら、9機のが、の拠点であるベトナムの村落を攻撃していくシーンなど、さまざまな意味で話題となったシーンは多い。 また、既存の文学作品や映画作品からモチーフを借りた場面も多く、これらのシーンについて、多様な解釈が公開当時から行われていた。 映画中では、アメリカ側におけるのいい加減さを強調し、(と)により拡大した、ベトナム戦争に対するへの批判がみられる。 例えば、をするためにの村落を焼き払うヘリ部隊の指揮官、指揮官不在で戦闘をする部隊といった描写である。 上記のように、本作品は、ベトナム戦争の暴力や狂気を強調し、のベトナム戦争への加担を暗に批判したという点で評価される面がある。 その反面、戦争の暴力や狂気をテーマとしながら、それらを視覚的に美しく描くことに成功しているという評価もなされている。 公開当時は否定的な意見も多かったが、現在ではアメリカ映画史上重要な地位を占める作品であると概ね肯定的に評価されている。 にが選んだ『』中第28位、に更新された『』中第30位にランクインした。 にはに登録された。 による人気投票でも上位にランクインされている。 また、キルゴア中佐の台詞である「朝のの臭いは格別だ」( "I love the smell of napalm, in the morning. ")は、による『』中第12位に選ばれている。 主な受賞 [ ]• 1979年度(第37回) : : 作曲賞:、• 1979年度(第14回) 助演男優賞:(『ローズ』に対しても)• 1979年度(第33回) :フランシス・フォード・コッポラ :ロバート・デュヴァル• :フランシス・フォード・コッポラ 国際映画批評家連盟賞:フランシス・フォード・コッポラ エピソード [ ]• 映画の公開前に映画監督のがコッポラにインタビューしている。 長谷川が「この映画のテーマは何だ」と質問したら、コッポラは「撮っていて途中で分からなくなった」と答えたという。 は「さんざんお金を使った挙句に監督自身がテーマが分からなくなっただなんて、お前は馬鹿かと一瞬思ったが、よく考えてみるとコッポラは、それくらい難しいものに挑戦していたんだな。 これは腹のでかい男だと思い直した」と話している。 撮影のストラーロ、編集のマークスは本作を「オペラである」と語っている。 日本では発売元がジェネオン・ユニバーサルに移った2011年以後、特別完全版と合わせて収録されるようになった1979年版では、エンドクレジットを削除し、スタッフ・キャスト表は印刷物で対応するようになった。 これはコッポラの意向とされる。 2015年8月14日および2016年4月1日にNHK-BSプレミアムで本作が放映された際には、本編では特別完全版のマスターを1979年版と同等になるよう編集し、エンドクレジットは爆破シークエンスの無い特別完全版の映像(Redux=特別完全版のロゴが表示された)を音楽無しで編成。 エンドクレジットの無い1979年版も踏まえた特異な形態が採られた。 1980年に制作されたの喫煙マナー啓発ポスターは、本作の告知ポスターのパロディとなっており、タイトルをもじって「地獄のモク時刻」と記されている。 脚注 [ ] []• 2013年5月8日閲覧。 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)390頁• TribecaFilm. com. 2019年6月1日閲覧。 Clark Collis 2019年4月28日. Entertainment Weekly. 2019年6月1日閲覧。 ドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』のコッポラの妻の証言によれば、屠殺の描写は当初の脚本にはなく、ロケを行った現地で屠殺の儀式を体験したとき発想されたアイディアであったという。 この一連の場面は、エイゼンシュテインの『ストライキ』と比較されることもあり、編集も同じようなモンタージュで行われている。 打ち合せでや撮影現場のフィリピンに同行したが『KEEP ON DREAMING』pp. 88-90で書いている。 コッポラの妻エレノアは、コッポラがラッシュを観て交替を決めたと回想している。 , "Coppola", , 1990, p. 128• 127• マイケル・ハーはその後、ベトナム戦争を描いた監督の『』(1987年)に脚本家として参加している。 1979年6月4日. 2008年11月22日閲覧。 著『解読「地獄の黙示録」』、2002年2月、• 村上春樹「同時代としてのアメリカ 3」 『』1981年11月号、164-165頁。 ジョン・ミリアスと、ドアーズのジム・モリスンおよびレイ・マンザレクの2人は、学生時代からの友人で、コッポラ自身も顔見知りだったと言う。 同楽劇曲は1973年公開された「My name is no body」(邦題 )でワイルドバンチの登場曲として使用されている。 (参照:2009年5月25日)• 「マスターズ・オブ・ライト」デニス・シェファー+ラリー・サルヴァート著・フィルムアート社、254頁 参考文献 [ ]• Peter Cowie 1989. Coppola. London: Andre Deutsch limited. Michael Schumacher 1999. New York: Crown Publishers. 関連項目 [ ]• - スピーカーを設置したが大音量を鳴らしながら敵の拠点を攻撃するシーンがある。 - シナリオが本作に影響されたTPSゲーム。 : "擬獣化"されたベトナム戦争を描いた漫画作品。 米国での出版時のタイトルは、本作の英題のである "Apocalypse Meow"であった。 外部リンク [ ]• - (英語)• - (英語)• (脚本、1970年)• (脚本、1974年)• (製作総指揮、1979年)• (海外版製作総指揮、1980年)• (製作、1982年)• (製作、1982年)• (製作総指揮、1983年)• (製作、1985年)• (製作総指揮、1987年)• (製作総指揮、1987年)• (製作総指揮、1989年)• (出演、1991年)• (製作総指揮、1992年)• (製作、1993年)• (製作、1994年)• (製作、1995年)• (製作、1999年)• (製作総指揮、2001年)• (製作総指揮、2003年)• (製作総指揮、2004年)• (製作総指揮、2006年)• (製作総指揮、2012年).

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地獄の黙示録

地獄 の 黙示録 ファイナル カット

映画『地獄の黙示録 ファイナル・カット』が、2月28日から全国で公開される。 1979年に公開されたフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』は、ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』を原案に、ベトナム戦争の狂気や人間の心の闇を描いた映画。 大佐暗殺の特命を受けたアメリカ陸軍のウィラード大尉が、ジャングルの奥地を目指して部下との船旅に出るというストーリーだ。 『第32回カンヌ国際映画祭』のパルムドールに輝き、日本では1980年に公開された。 今回公開される『地獄の黙示録 ファイナル・カット』は、2001年に公開された、未公開シーン全てを盛り込んだ特別完全版よりも20分短いバージョンに再編集し、新たにデジタル修復を施したもの。 映像は撮影時のオリジナルネガフィルムを初めて使用し、音声は劇場公開版のプリントマスターを使用。 いずれもデジタルリマスターされ、IMAXで上映される。 メインビジュアルはアメリカのグラフィックデザイナー集団「MONDO」がアートワークを担当。 沼から顔を出すマーティン・シーンと、水面に写るマーロン・ブランドの表情がデザインされ、「ここが、終着点。 」というコピーが添えられている。

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地獄 の 黙示録 ファイナル カット

解説 「ゴッド・ファーザー」のフランシス・フォード・コッポラ監督が1979年に発表し、カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞したほか、膨大な製作費や過酷な撮影環境、CGなしの壮大なスケールの映像など、数々の伝説を残した戦争映画の傑作「地獄の黙示録」を、コッポラ監督自身が望むかたちに再編集した最終版。 79年のオリジナル版より30分長く、2001年に発表された特別完全版より20分短いバージョンとなり、新たにデジタル修復も施された。 ベトナム戦争が激化する1960年代末。 アメリカ陸軍のウィラード大尉は、軍上層部から特殊な任務を与えられる。 それは、カンボジア奥地のジャングルで軍規を無視して自らの王国を築いているという、カーツ大佐を暗殺するというものだった。 ウィラードは部下を連れてヌン川をさかのぼり、カンボジアの奥地へと踏み込んでいくが、その過程で戦争がもたらす狂気と異様な光景を目の当たりにする。 出演はマーロン・ブランド、マーティン・シーン、ロバート・デュバル、ローレンス・フィッシュバーン、ハリソン・フォード、デニス・ホッパーほか。 2019年製作/182分/PG12/アメリカ 原題:Apocalypse Now: Final Cut 配給:KADOKAWA スタッフ・キャスト ネタバレ! クリックして本文を読む 1945年7月、連合国はポツダム会議において、「インドシナは北緯16度線を境界とし、北は中華民国、南はイギリス軍が駐留。 インドシナの独立は認めない」と決定。 当時ベトナムには、日本がフランス植民地軍を退けた後に独立を許可したことに始まる、「ベトナム帝国」が存在していました。 1945年8月、帝国首相のチャン・チョン・キムはハノイにて「独立を与えた日本は敗れたが、ベトナムは心を一つにして我々の政権を築こう」と演説。 欧米による植民地統治の再開を拒絶します。 続いて、ベトミン20万人のデモ隊が日本軍が撤退した後の政府機関を次々に占拠し、ハノイクーデターが成功。 その後9月2日に、ホー・チ・ミンが独立宣言を発し、ハノイを首都とする「ベトナム民主共和国」を樹立します。 フランス軍とベトミンの全面戦争勃発は1946年12月。 第一次インドシナ戦争。 翌1961年1月、35代大統領に就任したジョン・F・ケネディは同年5月から、特殊作戦部隊600人を派遣すると同時に、物量に任せた軍事物資の支援を開始し「南ベトナム解放戦線」を壊滅させる戦争に本格的に介入。 泥沼のベトナム戦争が始まります。 日本も歴史に関わっています。 フランス植民地軍を武装解除し独立させたのが日本。 1946年に中国共産党が開設した士官学校で、ベトミンに戦闘指揮や、戦闘技術、土木を教えたのが旧陸軍の軍人たちで、その数800人弱。 北ベトナム軍は中国共産党から支援される武器を使用しますが、その中には日本軍から鹵獲した小銃もあったとのことです。 そもそも、欧州は「植民地政策の復活」が目的で。 アメリカは「共産主義への潮流を止める事」を目的に、この戦争を行った訳です、物凄くザックリ言うと。 太平洋戦争で、日本軍が欧州の植民地軍を、いとも簡単に退けた様を見たアジア諸国の人々は、日本軍人や元軍人に士官としての教育を受け武器を入手したことで、自ら戦う事を知る。 士気も高い。 また、ジエム政権時代の反政府勢力への弾圧 80万人が投獄、9万人が処刑。 フランス軍が残したギロチンが使われた。 への報復の機運は、ベトナム全土に渦巻いていたでしょう。 一方で、大義らしい大義の無い戦争のために、インドシナくんだりまで派兵された連合国側の士気は最低。 これが戦闘を長引かせたと言われています、真っ向マジに。 米軍のダナン上陸は1965年。 大統領はジョンソン。 有名なソンミ村虐殺が起こります。 ホーチミンルート 物資の支援ルート を断つために、周辺国とも戦闘を開始します ラオス&カンボジア。 ジャングルが苦戦の原因と、枯葉作戦が実行されました。 1969年1月、ニクソンが大統領に就任。 未だ戦争は続いてましたが、「名誉ある撤退」作戦を開始。 キッシンジャーが北ベトナムとの和平交渉を開始します。 ところが。 中国まで訪問した和平交渉が暗礁に乗り上げたニクソンは、講和条件を有利にするため、停止していた北爆を再開。 ハイテク兵器も大量投入。 結果的に和平交渉は収束に向かい、1973年1月27日にパリ協定が交わされ停戦。 ニクソンは1月29日にベトナム戦争の終結を自国民に宣言し、1961年から始めた軍事介入は、終わりを告げました。 面倒な国々の関与・干渉などはバッサリと割愛。 映画はニクソン政権時代、ベトナム戦争の末期。 自分だけは被弾しないと自信を持つキルゴアは、アメリカの象徴。 有名なサーファーの波乗りを目の前で見たいと言う理由から、ビーチ沿いの村を襲う。 結果、女子供を含む多くの命が失われ、部下も重症を負うが「俺の部下を助けろ!」と叫ぶ。 アメリカ至上主義の象徴じゃね。 ワグナーのワルキューレをバックにUH-1の編隊が村を襲うシーンや、F-5A Freedom Fighterの爆撃は、実写の迫力に圧倒されます。 ド・ラン橋で闇に向かって機銃を撃ち続ける兵士。 指揮官はどこだと尋ねるウィラードに明確な答えが帰ってこない。 そもそも兵士の意識はLSDでぶっ飛んでいる。 ドーピングで恐怖を覆い戦争している。 統制も正気も失った部隊の姿はアメリカへの批判。 ミラーは恐怖から機銃を乱射し女を殺してしまいます。 何ものかへの恐怖に理性を失う姿は、ジャングルを枯らし、北爆を再開させたアメリカへの皮肉。 カーツが王国を築いていたのはカンボジア。 歩く先々で、狂気としか思えない殺戮が繰り広げられています。 結局、それが「世界」なのだと。 リアリティと言う面では「有り得ない」ところが目に付くため、やはり「叙事詩的」と言うしか無いんでしょうが。 にしても、公開当時は若かった俺にとっては衝撃的な作品でした。 "Apocalypse" はギリシャ語源のキリスト教における「黙示」で、「神が人に示すこと」。 神ってカーツ?本当の神?この映画の世界観で神?カーツが示したことは「お前が生活する世界も狂ってる。 この王国と何が違う。 今更、何を言うのだ」 ウィラード役はハーベイ・カイテルが演じる予定だったけど、契約に合意できず、それがハリウッドを干された原因になったとか。 あれが、17歳の頃のローレンス・フィッシュバーンだったとか。 今、知って驚いてます。 ベトナム戦争からアメリカが学んだことは「兵士はキッチリと鍛え上げてから戦地に送り込む事」。 いや、そこじゃ無いでしょ、ってのは別の話で。 午前十時の映画祭で鑑賞。 ベトナム戦争末期に、あんなところで生活できるなんて、少なくともベトナムじゃないよね。 カンボジアかラオスかなぁ。 にしても。 インドシナの植民地では、社会主義思想を背景とした独立戦争が全土を覆う中、居座りつづける心理。 新しい世界の潮流を受け容れられない、欧州列強の支配者層の姿は、「それがこの戦争を引き起こしたのだ」と言う事を象徴的に描写してるのだと思う。 未亡人とのロマンスは蛇足。 で、ミリオタです。 当時のベトナム戦争で使われていたのは、Patrol Boat, River PBR。 1とMk. 2がありますが、全長が40cmしか違わないので、見分けがつきません。 ブリッジやコックピットにはセラミック・アーマー 防弾チョッキなどにも使われる減衰材 が装甲されており、ライフルやマシンガンの銃撃程度なら耐えられます。 映画の中では機銃はRearに一つだけ取り付けられています。 所謂、M2HB。 Browning. 50 caliber machine gunです。 第二次世界大戦の頃から使われており、戦闘機の機銃にも使用されたりしてます。 50 caliber は弾丸のサイズ。 7mm x 99mm。 この99mmは薬莢の長さなので、銃弾の全長はフルメタルなら130mmくらいあります。 つまり、めちゃくちゃでかくて威力もあるんです。 なんせ重機関銃。 相対速度が大きければ飛行機の主翼をぶっ飛ばしたりします。 連射すれば、建物の壁を打ち砕いたりできます。 何が言いたいかと言うと、この弾を直接ヒトが被弾すると、身体には大穴があいて千切れます、多分。 と、無駄に突っ込んでみた。 そんなシーンが見たかった訳じゃないけど。 と言うか、哀しいシーンだった。 ネタバレ! クリックして本文を読む 多分昔テレビで観たような気はするけど、コッポラ好きとしてはIMAXで観ておかなくては!と思い鑑賞。 (狂ってるとしか思えない)キルゴア中佐がサーフィンをしたい、させたいがために朝っぱらから村を攻撃し、森林を吹っ飛ばすナパーム弾の迫力と、その攻撃の為に「ワルキューレの騎行」を大音量で流しながら編隊を組み出撃するヘリコプターの一団を観るためだけでもIMAXで観る価値はあると思った。 そして、川を上っていくにつれ現れる集団や展開に、長期に渡ってダラダラと続けられたベトナム戦争に満ち溢れた狂気は十分に感じ取れた。 狂気と迫力、全編を通して感じる(出口の見えない)陰鬱さはやはり映画史に残る傑作だと思った。 あと、出演者についての予備知識無しで観たので、観ている間ずっと主役のウィラード大尉を演じているのがチャーリー・シーンだと思っていたらエンドロールでその父親のマーティン・シーンだと分かりすっきり。 エンドロールで知ってる名前が次々に出て来て、あの人が若かりし頃はこんなだったのかと驚きも沢山あった。 ネタバレ! クリックして本文を読む 恥ずかしながら、初めて鑑賞。 爆破、爆撃、全てのシーンが本物なので、まあ迫力がすごい! そしてIMAXで体験する音がえげつないほど臨場感を感じさせる。 「ワルキューレの騎行」が流れるのは知っていたが、実際ヘリから爆音で流してたんだね。 なかなかに狂ってる世界。 前半は、戦争での迫力あるシーンの応酬と、クレイジーなキャラクター達のやり取りで、ワクワクハラハラしっぱなしだったんだけど、後半それが失速。 ラストはなんだかグダグダで、良く意味がわからなかった。 後から、町山智浩さんの解説を聞いたら、色々と納得。 youtube. 監督って大変な職業だ… 自分の中でコッポラという巨匠監督のイメージが変わった作品。 元奥さんのメイキングもあるみたいなので、ぜひ見たいと思った。 C 2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED. 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ソニック・ザ・ムービー」 C 2020 PARAMOUNT PICTURES AND SEGA OF AMERICA, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 「エジソンズ・ゲーム」 C 2018 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved. 」 C 2019 Sony Pictures Television Inc. and CBS Studios Inc. All Rights Reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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