ね づこ 漢字。 都道府県名の漢字テスト|ちびむすドリル【小学生】

都道府県名の漢字テスト|ちびむすドリル【小学生】

ね づこ 漢字

問題1.きたょたうのおたやたつはたぷたりんでたす 問題 れんくんは小学生。 学校から帰ってくると、冷蔵庫にママからの暗号メッセージがありました。 これを、「『た』の文字を抜く」という意味だと考えます。 暗号文から、「た」の文字を抜くと、「きょうのおやつはぷりんです」になります! ただし、元の文には、「た」を入れないこと! 必要な「た」まで消されちゃいます。 うまく言いかえるか、下の方法を使うかしよう! アレンジ問題の作り方 暗号にしたい文の中に「た」の文字がある場合は、「たぬき」以外の言葉をヒントにするとうまくいきます。 問題2.ハ2カ2ダ1サ2ナ5カ1ガ2ハ1ア4ワ3パ2タ3タ1タ4ナ5サ2タ1 問題 プリンを食べ終わったれんくんが子供部屋に戻ると、こんなメモが落ちていました。 どうやら、同じ部屋を使っている、れんくんのお兄ちゃんのメモみたいです。 解き方 この暗号では、カタカナと数字がセットで1文字を表しています。 カタカナはあいうえお表の行(ア行とかカ行とか)、数字はその行で何番目か。 例えば「ハ2」は、ハ行の2番目の文字「ヒ」です。 あとは、それぞれの文字の場所を探して、場所を「ハ2」などというふうに書いていけばOK。 アレンジ問題の作り方 「ハ」の部分と数字の部分をさまざまな記号に置き換えることで、オリジナル暗号が作れますよ! ただし! 暗号クイズとして使うなら、暗号文から表を推測できるようにすること。 つまり、「あかさたな」や数字の部分を、何か順番のあるものに置き換えなくてはいけません。 解き方のコツ 普通は小さく書かないはずの文字(特にタ行・マ行・ラ行)が小さく書かれていたら、「あ、ずらしてあるのかも……」と疑ってみてください! 作り方 暗号化したい文をひらがなかカタカナにします。 あとは、全ての文字を1文字ずつ前にずらすだけです! アレンジ問題の作り方 ずらし方を変えるだけで、全然違う暗号文ができあがります。 例えば、• 2文字ずらす• 後ろにずらす• 子音だけずらす(あいうえお表で横にずらす) などなど。 やってみてください。 問題4.おかいづこ からあげる でっこりおそい 問題 れんくん、おじいちゃんの家で手紙をもらいました。 【おかいづこ からあげる でっこりおそい】 何が書いてあるのでしょう。 作り方 本当に簡単。 文字をひらがなにして並べ替えるだけです! ただし、元の文章が長いと、コンピューターにしか解けないような暗号になるかも……• 文章が長ければ、区切って並べ替える(この問題も、3つに区切って作ってあります)• 文字の順番を入れ替えすぎない(「あげる」の部分を残してあります)• 問題にするならおすすめしません。 アレンジとは少し違いますが、暗号文に言葉が出てくるようにする(問題の「おか」「からあげ」「おそい」)とGOOD! 答えが思いつきづらくなります。 問題5.とうとうとうを 先に説得するぞ 問題 引き出しのカギの場所を知られたとは気づいていないお兄ちゃん、れんくんに手紙を渡しました。 【とうとうとうを 先に説得するぞ】 どういう意味でしょう。 文字の数や色などを言葉に変換してくっつけましょう(逆パターンもあります)! 例えば、• 「ウント」が赤くて「アカウント」)• 「下」などのパターンも)• 「中」と言われたら大体このパターン)• 臨機応変に、状況を言葉にしていってください! 作り方 この方法で暗号化できるかは……元の文章によります。 簡単な方法ではないかも。 例題作るの、めちゃめちゃ苦労したもんね。 さらに、バリエーションも豊富。 2通りだけ紹介します。 ポイントとしては、暗号化したい言葉の中に、別の言葉が隠されていないか見ることです。 別の言葉を発見したら、それを使って暗号化できるかもしれません! 問題6.・・・ ・- -・ ・--- ・・ ・・・・ ・- -・ -・ ・・ - ・- ・・ -・・・ --- -・- ・・- -・ --- -- ・- ・ 問題 はい、ここでれんくんの友達、ゆうまくんの登場です。 れんくんが学校に行くと、ゆうまくんからのメモが置いてありました。 【・・・ ・- -・ ・--- ・・ ・・・・ ・- -・ -・ ・・ - ・- ・・ -・・・ --- -・- ・・- -・ --- -- ・- ・】 なんて書いてあるでしょう。 ……学校でって言ったけど、これ、暗号好きじゃないと持ってない知識が必要。 調べてもOK。 「・」と「-」の二種類の記号だけで、文字を表す方法。 昔、船同士の通信などに使われていました。 で、これ、換字表があります。 「・-」はAを表す、「-・・・」はB……というふうに決まっているんです(なんか、初見殺しですみません)。 換字表()を使って解読すると、「SANJIHANNITAIBOKUNOMAE」という文章が浮かび上がってきます。 れんくんが暗記してると思ってるのか、ゆうまくんは……たまにいるけど、暗記してる人。 解き方のコツ 暗号の中に2種類の記号しか出てこなければ、モールス符号の可能性が高いです。 作り方はすごく簡単です! あるいは、を使えば簡単に変換してくれます。 符号と符号の切れ目がわかるようにしないと、いろいろな読み取り方ができてしまうので注意! アレンジ問題の作り方 実は、モールス符号には「欧文(アルファベット変換)」と「和文(ひらがな変換)」の2種類があります。 ゆうまくんが使ったのはメジャーな「欧文」ですが、あえて「和文」を使うのもいいかも。 また、上にも書いたやり方ですが、「・」「-」の代わりに別の記号を使うこともできます! 問題7.さくらちゃん!プレゼント決まらないなら見にいこうよ!サイズがわからないし、服とかだとよろこばないような気がする! 問題 打って変わってさくらちゃんです。 さくらちゃんも、友達のあんずちゃんから手紙を受け取りました。 楽しそう。 解き方 文章の一番左の文字だけを縦に読むと、「さプらいズしよう」となります! アクロスティックや縦読みと呼ばれる技法。 作る場合は「あいうえお作文」、和歌で使うと「折句」と呼ばれたりもします。 解き方のコツ 文章の一部(左側とか右側とか)が揃っていたり、普通の文章なのに不自然な改行や言い回しがあったりしたら、アクロスティックの可能性があります! 「1文字目を読め!」とか、縦向きの矢印とか、ヒントがある場合も。 作り方 まず、暗号化したい文章を縦に書きます。 そして、それぞれの行が最初に書いた文字から始まるように、横書きで文を書けばOK! 慣れてないと、けっこう難しいかも……手紙にするのなら、下書きは必須。 マス目のない便箋なら、行ごとに文字数を調整できて作りやすいです。 アレンジ問題の作り方 最初のひらがな(カタカナ)ではなく、アルファベットをつなげる暗号にするのもいいですね! しかも、ひらがなより作りやすいです(暗号クイズにするなら、「ヒント:最初のアルファベット」とかって書かないとわかりづらいかも)。 「最後の文字をつなげると文章になる」「1文字目から斜めに読んでいくと解ける」など、別の場所を読んでもらう方法もありますよ! 勇気あるなこの3人! 解き方 この図形は、カタカナを変形してできたものです。 右半分を隠すと、カタカナとして読めるようになります! 解き方のコツ 暗号に不思議な形の図形が出てきたら、それは文字を変形したものかもしれません。 いろんな場所をムダに太くしたり細くしたり、装飾でマルをつけたり。 ただし、文字の右側(左側でもOK)をそろえて書いてくださいね。 書き終わったら、文字のそろえた部分を軸として、左右対称になるように図形を書いていきましょう。 アレンジ問題の作り方 左右対称ではない図形にしてもOK。 その場合、文字を書き終わった時点で、細かい作業は終わり。 解くときに隠す部分の図形は、適当に描いちゃいましょう。 そっちのほうが、難しい暗号になったりして…… 応用編として、「真ん中に鏡を立てることで言葉が浮かび上がる」というのもあります。 最初に文章を書くとき、鏡文字(左右が反転した文字)を使ってください。 隠す部分は、適当な形にします。 鏡文字が映るようにして鏡を立てると、鏡の向こうにはちゃんとした文が現れるはずです! さらに、左右対称な文字だけで元の文が書けるなら、文字の半分だけを使って暗号にする(文字の半分を適当な形にして、真ん中に鏡を立ててもらう)ということもできますよ。 紙に書いてある図形と鏡の中の図形を合わせると、ちゃんとした文字になるという仕組みです。 問題9.イラスト暗号 問題 はい、れん君の話に戻ります。 イラスト好きな(そしていらすとやの絵にめっちゃ似てる絵を描く)先生から、れんくんが暗号を受け取りました。 ンで始まる民族楽器よりいいかと思って。 作り方 暗号にする文を、全部ひらがなにします。 そして、それぞれのひらがなから始まる言葉を考えてください。 全部思いついたら、それをイラストにして並べるだけです! アレンジ問題の作り方• ローマ字や英語で書いたときの頭文字をつなげるようにする• 最後の文字をつなげるようにする• いろんな意味に取れるイラストを描く(例えば、学校に行く小学生の絵を描けば、「学校」か「登校」か「小学生」か「朝」かで迷わせることができます)• 同じ文字が2回出てきたとき、違うイラストを描く(画像で言えば、2つある鬼のイラストを、片方オクラにするとか)• 相手にしかわからない、マニアックなイラストを使う(「」とか) という方法もありますよ! 問題10.しょうそく 4 せんとう 4 つきあかり 5 こうちょく 4 にんげん 1 くさはら 2 しゅんかん 5 かいはつ 1 じょうたいいじょう 6 はーと 1 かなしみ 2 まどうし 4 れきしか 4 けんつかい 1 ひーろー 3 問題 学校でモールス符号を送ったゆうまくん。 今度は逆に、れんくんから暗号をもらいました。 なんかめっちゃRPGっぽいです。 【しょうそく 4 せんとう 4 つきあかり 5 こうちょく 4 にんげん 1 くさはら 2 しゅんかん 5 かいはつ 1 じょうたいいじょう 6 はーと 1 かなしみ 2 まどうし 4 れきしか 4 けんつかい 1 ひーろー 3】 何を伝えようとしているんでしょう。 3回話しかけたら「あー、もう、わかったわい」とか言い出すパターン……やったことないんだけど、こういうイメージで合ってる? 解き方 これは、それぞれの言葉から1文字ずつピックアップする暗号です。 言葉から、直後にある数字の表す文字を拾っていってください。 例えば、「しょうそく 4」は、「しょうそく」の4文字目なので「そ」、「せんとう 4」は「う」……というふうに。 つなげて読むと、「そうりょにさんかいはなしかけろ」となります! 解き方のコツ 言葉と数字がセットになっていたら、この形式の暗号を疑ってみてください! 作り方 まず、暗号にしたい文章を全部ひらがなで書き、1文字ずつ分けます。 そして、それぞれの文字が入った単語を考えます。 全部考え終わったら、単語&何文字目を読むのかを順番に並べて書けばOK! 単語が思いつかなかったり、最初の文字を読む単語ばっかりになってしまったりする人は、• テーマを決めてたくさん言葉を書き、その中から使えそうなのを選ぶ• 先に、何文字目を読む単語を考えるか決めておく(「そ」のつく単語ではなく、「2文字目が『そ』の単語」の方が、逆に思いつきやすいかも) などの工夫をするといいかもしれません! アレンジ問題の作り方 イラスト暗号と混ぜてもおもしろいかも。 単語の代わりにイラストを描くだけでOKです。 あるいは、言葉を漢字で書くだけでも(「消息 4 戦闘 4」みたいに)、少し難しくなりますよ! 問題11.44422*55555660004444469966*000222*5555544422211115555511194* 今度は差出人も宛先も書いてませんね。 カーペットの上に置いてありますが、宝探しゲームでもしてたんでしょうか。 使ったことある人は飛ばしてね。 ガラケーって、普通の電話みたいに、ボタンがたくさんあるじゃないですか。 「1」ボタンを押すと、文字入力画面では「あ」が出るんです。 2回押すと「い」、3回押すと「う」、「え」と「お」も4回と5回で入力できました。 これに従って解いていけば、手元にガラケーがなくても解けるはずです! ちなみに、スマホのフリック入力画面でも、キーの位置(左上が「あ」とか)は変わってません。 *と#の部分は少し違いますが…… フリック入力用キーボードの位置と、電話のキーの位置が頭の中で重なれば、スマホでもできるはず。 解き方のコツ 同じ数字がいくつも続いている場合、この暗号の可能性が高いです! 作り方 上に書いた表を使って、元の文を暗号に変換していきましょう。 例えば、「つ」はタ行なので、「4」のところにありますね。 4を3回押すと、「た」「ち」の後に「つ」が出てきます。 つまり「つ=444」。 これを繰り返して変換し、並べて書けば完成です。 文字と文字の間を空けて書かないと、いろんな読み方ができるようになってしまうので注意(モールス符号と同じですね)! ちなみに、*の効果を詳しく書くと、• 2回だと゜がつく• 今度は、自分がゆなちゃんに暗号を送っています。 解き方 今度はパソコンのキーボードを使います。 パソコンのキーって、アルファベットや数字と一緒にひらがなも書いてあるんです。 パソコンのキーボードから、暗号に使われているアルファベット(と数字)のキーを探して、同じキーのひらがなに置き換えると文章になります! 例えば、「8」のキーには「ゆ」が書いてある(家にパソコンがあれば、それを見てください!)ので、「8」を「ゆ」に置き換えます。 「4」は「う」、「J」は「ま」。 これを繰り返すと、「ゆうまくんがすきっていってたよ」になります。 「@」は、゛ですね。 解き方のコツ これも、普通は小さくしない文字が小さくなっているので、ひらがなを違う文字に変換したことを疑ってみてください! 作り方 ひらがなで書いた文章を、パソコンのキーに従ってアルファベットや数字に直すだけです! まず、暗号にしたい文をひらがなで書きます。 次に、それぞれのひらがなが書いてあるキーを、パソコンを見て調べます(もしかしたら教科書にも載ってるかも)。 見つけたら、同じキーに書いてあるアルファベットや数字・記号に変換します。 全部できたら、暗号の完成です! 解読の逆をやるだけだから、簡単だよ。 問題13.19 5 14 19 5 9 11 1 14 10 9 13 1 3 8 9 7 1 20 20 5 18 21 これは……ゆなちゃんのノートですね。 授業中、隣の席のれんくんに見せてるみたいです。 【19 5 14 19 5 9 11 1 14 10 9 13 1 3 8 9 7 1 20 20 5 18 21】 ……え、それ、ヤバくないですか。 内容によっては、ゆうまくん嫉妬するんじゃないですか。 あんなに一緒に遊んでたのに。 間違って覚えてたとかだったらごめんなさい。 例えば、暗号の最初にある「19」という数字は、19番目のアルファベット「S」を表しています。 「5」はE、「14」はN……というふうに変換していくと、「SENSEIKANJIMACHIGATTERU」という文章が出てきます! 解き方のコツ 数字が26までしかなかったら、アルファベットナンバーを疑ってみてください! 特に1・5・9・15・21(A・E・I・O・Uを表す数字)が多かったら、アルファベットナンバーの可能性が高いです。 作り方 暗号にしたい文を全てアルファベットで書き、1文字ずつ数字に変換していくだけです! とっても簡単ですよ。 今度はお兄ちゃんにメッセージを残しているようです。 解きたい場合は、左下の紙に従って、記号をアルファベットに直していってください! 解き方のコツ 表がついている暗号は、表に沿って文章を変換していけば解けます! 紙が2枚出てきたら、どうやって変換すればいいのかを考えてみてください。 作り方 まずは、表を作ります。 アルファベットをずらっと並べて書いたあと、それぞれのアルファベットの下に、好きな記号を1つずつ描いていってください(26こあります。 頑張って!)。 表ができたら、それに従って、アルファベットで書いた文章を変換していくだけです! 表がなければ解けない暗号なので(某名探偵は解いちゃいましたが)、友達同士での秘密の連絡にもおすすめですよ。 アレンジ問題の作り方 暗号にしたい文章の最初を英語にすると、少しだけ解きづらくなります。 「表の通りにやってもローマ字にならないけど、大丈夫かな?」って相手に思わせることができるので。 まあ、「他に方法なさそう」ってことで、すぐバレちゃうかもだけど。 また、記号に規則性を持たせると、表なしで解く問題にすることもできます。 アルファベットナンバーの暗号は、その一種です(記号の代わりに数字を使っています)。 問題15.たっんとじとょもうだびちおでめいでよとううねず! 問題 さあ、最後の暗号です。 女の子2人から、ゆなちゃんへお手紙です。 解き方 最初の「た」から、1文字ずつ飛ばして暗号文を読んでみてください。 「たんじょうびおめでとうず」となるはずです。 それが終わったら、今度は2文字目の「っ」から。 「っとともだちでいようね!」という文章が浮かび上がってきます。 2つをつなげると、「たんじょうびおめでとうずっとともだちでいようね!」という文章になります! 作り方 まず、暗号にしたい文章をひらがなにします。 次に、文字数が同じになるように、前半と後半に分けます。 あとは、前半と後半の文字を1文字ずつ交互に書いていくと、暗号文が完成します(前半と後半を2行に並べて書いてから進めると、簡単にできますよ)! アレンジ問題の作り方 暗号にしたい文章を漢字にしたままでも作れますが、場合によっては簡単になりすぎる気がします。 例えば、「友す達」とかって部分があったとき、「『友達』なんだろうなあ」って見破られてしまうので。 逆に、難易度を上げるなら、2文字以上飛ばして読むようにするといいかもしれません。 2文字飛ばして読ませる場合、元の文を3つに分けて作ってみてください。 それ以上に分けてしまうと、問題として分かりづらくなるかも。 飛ばすのは2文字以内がいいと思います。

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小学校で習う漢字 チェックツール

ね づこ 漢字

「いずこ」 歴史的仮名遣いでは「いづこ」となります。 この「いづこ」は「いづく」が音変化を起こしたものと考えられています。 では、次に「いづく」について見てみましょう。 「いづく」は「いづ」+「く」という構成ですが、これは「どこ」という意味の上代東国の方言「いづ」に、場所を表す接尾語「く」が付いたものと考えられています。 この場合、接尾語「く」が付いても意味は変わりません。 その後、「いづく」「いづこ」には漢字の「何処」が当てられることになりました。 「いづく」「いづこ」が漢字の「何処」と同じ意味であることがわかったからです。 また、逆に、「何処」という漢字を「いづく」「いづこ」と読むようになったのです。 少し古い歌などに見られる「いまいずこ」は「今はどこにいるのだろう」という意味になります。 また、「いまやいずこ」は「今となってはどこへ行ってしまったのだろう 今はもういない 」という含みのある表現です。

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「霊/靈」という漢字の意味・成り立ち・読み方・画数・部首を学習

ね づこ 漢字

(であり、論争あり。 詳細は「」を参照) () (・) 公的地位 公用語 (事実上。 詳細は「」を参照) 統制機関 :国語分科会(事実上) :なし 言語コード jpn JPN 日本語(にほんご、にっぽんご )は、主に国内や同士の間で使用されているである。 日本はによってを規定していないが、法令その他の公用文は全て日本語で記述され、各種法令 において日本語を用いることが規定され、においては「」として学習を課されるなど、事実上、唯一の公用語となっている。 使用人口について正確な統計はないが、日本国内の人口、および日本国外に住む日本人や、日本がかつて統治した地域の一部住民など、約1億3千万人以上と考えられている。 統計によって前後する場合もあるが、この数はで上位10位以内に入る人数である。 日本で生まれ育ったほとんどの人は、日本語をとする。 日本語の体系や体系を反映するとしてがある。 2019年4月現在、上の言語使用者数は、、、、、、、に次いで8番目に多い。 特徴 [ ] は、「」「」を除いてで終わる言語の性格が強く、また()を含め多くのがを持つ。 はである。 なお元来の古いでは、原則として• 「」音が語頭に立たない(遊びで『ら行』で始まる言葉が見つけにくいのはこのため。 『らく(楽)』『らっぱ』『りんご』『れい(礼)』などは大和言葉でない)• が語頭に立たない(『だ(抱)く』『どれ』『ば(場)』『ばら(薔薇)』などは後世の変化)• 文は、「・・」ので構成される。 修飾語は被修飾語の前に位置する。 また、の格を示すためには、語順やを変化させるのでなく、文法的な機能を示す機能語(助詞)を後ろに付け加える(膠着させる)。 これらのことから、上は、語順の点ではの言語に、形態の点ではに分類される(「」の節参照)。 語彙は、古来の大和言葉(和語)のほか、(字音語)、、および、それらの混ざった混種語に分けられる。 字音語(漢字の音読みに由来する語の意、一般に「漢語」と称する)は、を通して古代・中世のから渡来した語またはそれらから派生した語彙であり、現代の語彙の過半数を占めている。 さらに近代以降には西洋由来の語を中心とする外来語が増大している(「」の節参照)。 待遇表現の面では、文法的・語彙的に発達した敬語体系があり、叙述される人物どうしの微妙な関係を表現する(「」の節参照)。 日本語は地方ごとに多様な方言があり、とりわけ [ ]で方言差が著しい(「」の節参照)。 中期まではが中央語の地位にあったが、近世後期にはが地位を高め、以降の現代日本語ではの以上の方言()を基盤に標準語(共通語)が形成された(「」参照)。 表記体系はほかの諸言語と比べて複雑である。 (を含む。 およびで用いられる)と、が日本語の主要な文字であり、常にこの3種類の文字を組み合わせて表記する(「」の節参照)。 ほかに、()や(医学・科学用語に多用)などもしばしば用いられる。 また、がいずれも用いられる(表記体系の詳細については「」参照)。 音韻は「+母音」を基本とし、母音は5種類しかないなど、分かりやすい構造を持つ一方、との対立、「1音節2モーラ」の存在、母音、語の組み立てに伴って移動する高さアクセントなどの特徴がある(「」の節参照)。 分布 [ ] 日本語は、主に日本国内で使用される。 話者についての調査は国内・国外を問わず未だないが、日本の人口に基づいて考えられることが一般的である。 日本国内に、法令上、日本語を公用語ないし国語と定める直接の規定はない。 しかし、法令は日本語で記されており、においては「裁判所では、日本語を用いる」(同法74条)とされ、においては「国語」と「日本語」が同一視されており(同法3条、9条)、その他多くの法令において、日本語が唯一の公用語ないし国語であることが当然の前提とされている。 また、法文だけでなく公用文はすべて日本語のみが用いられ、学校教育では日本語が「国語」として教えられている。 日本では、テレビやラジオ、映画などの放送、小説や、新聞などの出版の分野でも、日本語が使われることがほとんどである。 国外のドラマや映画が放送される場合でも、基本的には日本語に訳し、字幕を付けたり声を当てたりしてから放送されるなど、受け手が日本語のみを理解することを当然の前提として作成される。 原語のまま放送・出版されるものも存在するが、それらは外国向けに発表される前提の論文、もしくは日本在住の外国人、あるいは原語の学習者など限られた人を対象としており、大多数の日本人に向けたものではない。 日本国外では、主として、中南米(・・・・など)やなどの日本人移民の間に日本語の使用がみられる が、3世・4世と世代が下るにしたがって非日本語話者が多くなっているのが実情である。 また、太平洋戦争の終結以前に日本領ないし日本の勢力下にあったの・の・旧で現在の一部・の()・旧の(現在の・・・)などの地域では、日本語教育を受けた人々の中に、現在でも日本語を記憶して話す人がいる。 台湾では先住民の異なる部族同士の会話に日本語が用いられることがある だけでなく、など日本語とのも存在している。 また、パラオのでは歴史的経緯から日本語を公用語の一つとして採用している が、現在州内には日本語を日常会話に用いる住民は存在せず、象徴的なものに留まっている。 日本国外の日本語学習者は2015年調査で365万人にのぼり、の約95万人、の約75万人、の約56万人、の約36万人、の約22万人が上位となっている。 地域別では、・で全体の学習者の約8割を占めている。 が行われている地域は、137か国・地域に及んでいる。 また、日本国内の日本語学習者は、地域の約16万人を中心として約19万人に上っている。 詳細は「」を参照 「日本語」の範囲をのみとした場合、が日本語と同系統の言語になり両者は を形成する。 いっぽう琉球語(琉球方言)も含めて日本語とする場合は、日本語はとなる。 日本語 族 の系統は明らかでなく、解明される目途も立っていない。 言語学・音韻論などの総合的な結論は『 』である。 いくつかの理論仮説があるが、いまだ総意を得るに至っていない。 に属するとする説は、末から特に注目されてきた。 その根拠として、古代の日本語()において語頭にr音()が立たないこと、一種の が見られることなどが挙げられる。 ただし、に属するとされるそれぞれの言語自体、互いの親族関係が証明されているわけではなく 、したがって、古代日本語に上記の特徴が見られることは、日本語が類型として「アルタイ型」の言語である という以上の意味をもたない。 南方系のとは、音韻体系や語彙に関する類似も指摘されている が、語例は十分ではなく、推定・不確定の例を多く含む。 との関係を主張する説もあるが、これを認める研究者は少ない。 は日本語が語彙・文法などの点でと共通点を持つとの説を唱える が、比較言語学の方法上の問題から批判が多い (「」も参照)。 は、語順(SOV語順)において日本語と似るものの、文法・形態は類型論的に異なるに属し、音韻構造も有声・無声の区別がなくが多いなどの相違がある。 基礎語彙の類似に関する指摘 もあるが、例は不充分である。 一般に似ているとされる語の中には、日本語からアイヌ語へのが多く含まれるとみられる。 目下のところは系統的関連性を示す材料は乏しい。 は、文法構造に類似点が多いものの、基礎語彙が大きく相違する。 音韻の面では、固有語において語頭に流音が立たないこと、一種の母音調和が見られることなど、上述のアルタイ諸語と共通の類似点がある一方で、閉音節や子音連結が存在する、有声・無声の区別が無いなど、大きな相違もある。 のであるとは、数詞など似る語彙もあるといわれる が、高句麗語の実態はほとんど分かっておらず、現時点では系統論上の判断材料にはなりがたい。 また、・などとの同系論も過去に存在したが、ほとんどの範疇に収まる。 (旧領域)の言葉は、日本語の一()とする場合と、日本語と系統を同じくする別言語(ないしは琉球諸語)とし、日本語とまとめてとする意見があるが、研究者や機関によって見解が分かれる(各項目参照)。 音韻 [ ] 詳細は「」を参照 音韻体系 [ ] 日本語話者は普通、「いっぽん(一本)」という語を、「い・っ・ぽ・ん」の4単位と捉えている。 上の単位である音節とは区別して、では「い・っ・ぽ・ん」のような単位のことを (拍 )と称している。 日本語のモーラは、大体はに即して体系化することができる。 日本語では、ほとんどのモーラが母音で終わっている。 それゆえに日本語は言語の性格が強いということができる。 もっとも、特殊モーラの「っ」「ん」には母音が含まれない。 モーラの種類は、以下に示すように111程度存在する。 ただし、研究者により数え方が少しずつ異なる。 「」の音は、語中語尾では鼻音(いわゆる)の「 か゚行」音となる場合があるが、「が行」と「 か゚行」との違いは何ら弁別の機能を提供せず、単なるどうしに過ぎない。 そこで、「 か゚行」を除外して数える場合、モーラの数は103程度となる。 これ以外に、「」第1表にもある「シェ」「チェ」「ツァ・ツェ・ツォ」「ティ」「ファ・フィ・フェ・フォ」その他の外来音を含める場合は、さらにまた数が変わってくる。 このほか、外来語の表記において用いられる「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」については、バ行として発音されることが多いものの、独立した音韻として発音されることもあり、これらを含めるとさらに増えることとなる。 五十音図の成立は平安時代にさかのぼるものであり、現代語の音韻体系を反映するものではないことに注意が必要である(「」の節の「」を参照)。 母音体系 [ ] 基本5母音の調音位置 左側を向いた人の口の中を模式的に示したもの。 左へ行くほど舌が前に出、上へ行くほど口が狭まることを表す。 なお、 [o] のときは唇の丸めを伴う。 は、「・・・・」の文字で表される。 上は、日本語のはこの文字で表される5個であり、記号では以下のように記される。 日本語の「う」は、東京方言では、英語などの [u] のような円唇後舌母音より、少し中舌よりで、それに伴い円唇性が弱まり、中舌母音のような張唇でも円唇でもないニュートラルな唇か、それよりほんの僅かに前に突き出した唇で発音される、半後舌微円唇狭母音である。 これは舌と唇の動きの連関で、前舌母音は張唇、中舌母音は平唇・ニュートラル(ただしニュートラルは、現行のIPA表記では非円唇として、張唇と同じカテゴリーに入れられている)、後舌母音は円唇となるのが自然であるという法則に適っている。 しかし「う」は母音融合などで見られるように、音韻上は未だに円唇後舌狭母音として機能する。 またこの種の母音は、唇と舌の連関から外れるため、母音数5以上の言語でない限り、発生するのは稀である。 「う」はの後ではより完全なに近づく(発音の詳細はそれぞれの文字の項目を参照)。 一方、西日本方言では「う」は東京方言よりも奥舌で、唇も丸めて発音し、 [u] に近い。 これは、「直前の母音を1モーラ分引く」という方法で発音される独立した特殊モーラである。 「鳥」(トリ)と「通り」(トーリ)のように、長音の有無により意味を弁別することも多い。 すなわち、「衛星」「応答」「政党」は「エーセー」「オートー」「セートー」のように発音される。 単語末や無声子音の間に挟まれた位置において、「イ」や「ウ」などのはしばしば無声化する。 ただしアクセント核がある拍は無声化しにくい。 個人差もあり、発話の環境や速さ、丁寧さによっても異なる。 また方言差も大きく、たとえばではほとんど母音の無声化が起こらない。 「」の前の母音はする傾向がある。 また、母音の前の「ん」は前後の母音に近似のになる。 子音体系 [ ] は、上区別されているものとしては、現在の主流学説によれば「か・さ・た・な・は・ま・や・ら・わ行」の子音、濁音「が・ざ・だ・ば行」の子音、半濁音「ぱ行」の子音である。 記号では以下のように記される。 ワ行とヤ行の語頭子音は、音素 u と音素 i の音節内の位置に応じた変音であるとする解釈もある。 特殊モーラの「ん」と「っ」は、音韻上独立の音素であるという説と、「ん」はナ行語頭子音 n の音節内の位置に応じた変音、「っ」は単なるであるとして音韻上独立の音素ではないという説の両方がある。 主に用いられる子音を以下に示す(後述する音は省略)。 標準日本語およびそれの母体である首都圏方言(共通語)において、「わ行」の子音は、上で挙げた同言語の「う」と基本的な性質を共有し、もう少し空気の通り道の狭い接近音である。 外来音「ウィ」「ウェ」「ウォ」にも同じ音が用いられるが、「ウイ」「ウエ」「ウオ」と2モーラで発音する話者も多い。 いつでも破擦音を用いる話者もあるが、「手術(しゅじゅつ)」などの語では発音が難しいため摩擦音にするケースが多い。 なお、「だ行」の「ぢ」「づ」は、一部方言を除いて「ざ行」の「じ」「ず」と同音に帰しており、発音方法は同じである。 母音「い」が後続する子音は、独特の音色を呈する。 いくつかの子音では、前舌面をに近づけるが起こる。 口蓋化した子音の後ろに母音「あ」「う」「お」が来るときは、表記上は「」の仮名の後ろに「ゃ」「ゅ」「ょ」の仮名を用いて「きゃ」「きゅ」「きょ」、「みゃ」「みゅ」「みょ」のように記す。 後ろに母音「え」が来るときは「ぇ」の仮名を用いて「きぇ」のように記すが、外来語などにしか使われない。 「さ行」「ざ行」「た行」「は行」の「い段」音の子音も独特の音色であるが、これは単なる口蓋化でなく、調音点が硬口蓋に移動した音である。 同様に、「」にを用いる話者や、「ち」に [c] を用いる話者もある。 外来語には [f] を用いる話者もある。 現代日本語母語話者の直感には反するが、ハ行の連濁や「っ」「ん」の後ろでのハ行の音の変化をより体系的・合理的に表しうる。 これらの子音に母音「あ」「い」「え」「お」が続くのは主として外来語の場合であり、仮名では「ァ」「ィ」「ェ」「ォ」を添えて「ファ」「ツァ」のように記す(「ツァ」は「おとっつぁん」「ごっつぁん」などでも用いる)。 「フィ」「ツィ」は子音に口蓋化が起こる。 また「ツィ」は多く「チ」などに言い換えられる。 ただし「あっ」のように、単独で出現することもあり、そのときは声門閉鎖音となる。 アクセント [ ] 「」も参照 日本語は、一部の方言を除いて、音(ピッチ)の上下によるを持っている。 アクセントは語ごとに決まっており、モーラ(拍)単位で高低が定まる。 同音語をアクセントによって区別できる場合も少なくない。 たとえば東京方言の場合、「雨」「飴」はそれぞれ「ア\メ」(頭高型)、「ア/メ」(平板型)と異なったアクセントで発音される(/を音の上昇、\を音の下降とする)。 「が」「に」「を」などの助詞は固有のアクセントがなく、直前に来る名詞によって助詞の高低が決まる。 たとえば「箸」「橋」「端」は、単独ではそれぞれ「ハ\シ」「ハ/シ」「ハ/シ」となるが、後ろに「が」「に」「を」などの助詞が付く場合、それぞれ「ハ\シガ」「ハ/シ\ガ」「ハ/シガ」となる。 共通語のアクセントでは、単語の中で音の下がる場所があるか、あるならば何モーラ目の直後に下がるかを弁別する。 音が下がるところを 下がり目または アクセントの滝といい、音が下がる直前のモーラを アクセント核 または 下げ核という。 たとえば「箸」は第1拍、「橋」は第2拍にアクセント核があり、「端」にはアクセント核がない。 アクセント核は1つの単語には1箇所もないか1箇所だけあるかのいずれかであり、一度下がった場合は単語内で再び上がることはない。 アクセント核が存在しないものを平板型といい、第1拍にアクセント核があるものを頭高型、最後の拍にあるものを尾高型、第1拍と最後の拍の間にあるものを中高型という。 頭高型・中高型・尾高型をまとめて起伏式または有核型と呼び、平板型を平板式または無核型と呼んで区別することもある。 また共通語のアクセントでは、単語や文節のみの形で発音した場合、「し/るしが」「た/ま\ごが」のように1拍目から2拍目にかけて音の上昇がある(頭高型を除く)。 しかしこの上昇は単語に固有のものではなく、文中では「あ/かいしるしが」「こ/のたま\ごが」のように、区切らずに発音したひとまとまり(「句」と呼ぶ)の始めに上昇が現れる。 この上昇を と言い、句と句の切れ目を分かりやすくする機能を担っている。 一方、アクセント核は単語に固定されており、「たまご」の「ま」の後の下がり目はなくなることがない。 共通語の音調は、句の2拍目から上昇し(句の最初の単語が頭高型の場合は1拍目から上昇する)、アクセント核まで平らに進み、核の後で下がる。 従って、句頭で「低低高高…」や「高高高高…」のような音調は現れない。 アクセント辞典などでは、アクセントを「し るしが」「た まごが」のように表記する場合があるが、これは1文節を1つの句として発音するときのもので、句音調とアクセント核の両方を同時に表記したものである。 文法 [ ] 日本語の文の例 上の文は、橋本進吉の説に基づき主述構造の文として説明したもの。 下の文は、主述構造をなすとは説明しがたいもの。 三上章はこれを題述構造の文と捉えている。 日本語では「私は本を読む。 」という語順で文を作る。 英語で「I read a book. 」という語順を(主語・動詞・目的語)と称する説明にならっていえば、日本語の文はということになる。 私は(が) 社長だ• 私は(が) 行く。 私は(が) 嬉しい。 英語などでは、それぞれ「SVC」「SV」「SVC」の文型になるところであるから、それにならって、1を名詞文、2を動詞文、3を形容詞文と分けることもある。 しかし、日本語ではこれらの文型に本質的な違いはない。 そのため、英語の初学者などは、「I am a president」「I am happy. 」と同じ調子で「I am go. 」と誤った作文をすることがある。 題目とは、話のテーマ(主題)を明示するものである(は「 what we are talking about」と説明する )。 よく主語と混同されるが、別概念である。 主語は多く「が」によって表され、動作や作用の主体を表すものであるが、題目は多く「は」によって表され、その文が「これから何について述べるのか」を明らかにするものである。 主語に「は」が付いているように見える文も多いが、それはその文が動作や作用の主体について述べる文、すなわち題目が同時に主語でもある文だからである。 そのような文では、題目に「は」が付くことにより結果的に主語に「は」が付く。 一方、動作や作用の客体について述べる文、すなわち題目が同時に目的語でもある文では、題目に「は」が付くことにより結果的に目的語に「は」が付く。 たとえば、• 象は 大きい。 象は おりに入れた。 象は えさをやった。 象は 鼻が長い。 などの文では、「象は」はいずれも題目を示している。 4の「象は」は「象が」に言い換えられるもので、事実上は文の主語を兼ねる。 しかし、5以下は「象が」には言い換えられない。 5は「象を」のことであり、6は「象に」のことである。 さらに、7の「象は」は何とも言い換えられないものである(「象の」に言い換えられるともいう )。 これらの「象は」という題目は、「が」「に」「を」などの特定のを表すものではなく、「私は象について述べる」ということだけをまず明示する役目を持つものである。 これらの文では、題目「象は」に続く部分全体が「述部」である。 は、「が」と「は」はそれぞれ未知と既知を表すと主張した。 たとえば• 私が佐藤です• 私は佐藤です においては、前者は「佐藤はどの人物かと言えば(それまで未知であった)私が佐藤です」を意味し、後者は「(すでに既知である)私は誰かと言えば(田中ではなく)佐藤です」となる。 したがって「何」「どこ」「いつ」などの疑問詞は常に未知を意味するから「何が」「どこが」「いつが」となり、「何は」「どこは」「いつは」とは言えない。 日本語と同様に題述構造の文を持つ言語()は、東アジアなどに分布する。 たとえば、・・・・にもこの構造の文が見られる。 主語廃止論 [ ] 三上説によれば、日本語の文は、「紹介シ」の部分に「ガ」「ニ」「ヲ」が同等に係る。 英語式の文は、「甲(ガ)」という主語だけが述語「紹介シタ」と対立する。 上述の「象は鼻が長い。 は、ここから「主語廃止論」(主語という文法用語をやめる提案)を唱えた。 三上によれば、• 甲ガ乙ニ丙ヲ紹介シタ。 という文において、「甲ガ」「乙ニ」「丙ヲ」はいずれも「紹介シ」という行為を説明するために必要な要素であり、優劣はない。 重要なのは、それらをまとめる述語「紹介シタ」の部分である。 「甲ガ」「乙ニ」「丙ヲ」はすべて述語を補足する語(補語)となる。 いっぽう、英語などでの文で主語は、述語と人称などの点で呼応しており、特別の存在である。 この考え方に従えば、英語式の観点からは「主語が省略されている」としかいいようがない文をうまく説明することができる。 たとえば、• ハマチの成長したものをブリという。 ここでニュースをお伝えします。 日一日と暖かくなってきました。 などは、いわゆる主語のない文である。 しかし、日本語の文では述語に中心があり、補語を必要に応じて付け足すと考えれば、上記のいずれも、省略のない完全な文と見なして差し支えない。 今日の文法学説では、主語という用語・概念は、作業仮説として有用な面もあるため、なお一般に用いられている。 一般的には格助詞「ガ」を伴う文法項を主語と見なす。 ただし、三上の説に対する形で日本語の文に主語が必須であると主張する学説は、生成文法や鈴木重幸らの言語学研究会グループなど、主語に統語上の重要な役割を認める学派を除いて、少数派である。 森重敏は、日本語の文においても主述関係が骨子であるとの立場を採るが、この場合の主語・述語も、一般に言われるものとはかなり様相を異にしている。 現在一般的に行われている学校教育における文法()では、主語・述語を基本とした伝統的な文法用語を用いるのが普通だが、教科書によっては主語を特別扱いしないものもある。 文の成分 [ ] 文を主語・述語から成り立つと捉える立場でも、この2要素だけでは文の構造を十分に説明できない。 主語・述語には、さらになどの要素が付け加わって、より複雑な文が形成される。 文を成り立たせるこれらの要素を「文の成分」と称する。 学校文法(中学校の国語教科書)では、文の成分として「主語」「述語」「修飾語」(連用修飾語・連体修飾語)「接続語」「独立語」の5つを挙げている。 したがって、「並立の関係」「補助の関係」という用語(概念)を教科書では採用しており、「並立語」「補助語」という用語(概念)については載せていない教科書が主流である。 なお「連体修飾語」も厳密にいえばそれだけでは成分にはなり得ず、常に被修飾語と連文節を構成して文の成分になる。 学校図書を除く四社の教科書では、単文節でできているものを「主語」のように「-語」と呼び、連文節でできているものを「主部」のように「-部」と呼んでいる。 種類とその役割 [ ] 以下、学校文法の区分に従いつつ、それぞれの文の成分の種類と役割とについて述べる。 主語・述語 [ ] 文を成り立たせる基本的な成分である。 ことに述語は、文をまとめる重要な役割を果たす。 「雨が降る。 」「本が多い。 」「私は学生だ。 」などは、いずれも主語・述語から成り立っている。 教科書によっては、述語を文のまとめ役として最も重視する一方、主語については修飾語と併せて説明するものもある(前節「」参照)。 連用修飾語 [ ] 用言に係る修飾語である(用言については「」の節を参照)。 「兄が弟に算数を教える。 」という文で「弟に」「算数を」など格を表す部分は、述語の動詞「教える」にかかる連用修飾語ということになる。 また、「算数をみっちり教える。 」「算数を熱心に教える。 」という文の「みっちり」「熱心に」なども、「教える」にかかる連用修飾語である。 ただし、「弟に」「算数を」などの成分を欠くと、基本的な事実関係が伝わらないのに対し、「みっちり」「熱心に」などの成分は、欠いてもそれほど事実の伝達に支障がない。 ここから、前者は文の根幹をなすとして 補充成分と称し、後者に限って 修飾成分と称する説もある。 国語教科書でもこの2者を区別して説明するものがある。 連体修飾語 [ ] 体言に係る修飾語である(体言については「」の節を参照)。 「私の本」「動く歩道」「赤い髪飾り」「大きな瞳」の「私の」「動く」「赤い」「大きな」は連体修飾語である。 ・・・らは、ものを表す文の成分に特徴を付与し、そのものがどんなものであるかを規定(限定)する文の成分であるとして、連体修飾語を「 規定語」(または「 連体規定語」)と呼んでいる。 接続語 [ ] 「疲れたので、動けない。 」「買いたいが、金がない。 」の「疲れたので」「買いたいが」のように、あとの部分との論理関係を示すものである。 また、「今日は晴れた。 だから、ピクニックに行こう。 」「君は若い。 なのに、なぜ絶望するのか。 」における「だから」「なのに」のように、前の文とその文とをつなぐ成分も接続語である。 品詞分類では、常に接続語となる品詞を接続詞とする。 独立語 [ ] 「はい、分かりました。 」「姉さん、どこへ行くの。 」「新鮮、それが命です。 」の「はい」「姉さん」「新鮮」のように、他の部分に係ったり、他の部分を受けたりすることがないものである。 係り受けの観点から定義すると、結果的に、独立語には感動・呼びかけ・応答・提示などを表す語が該当することになる。 品詞分類では、独立語としてのみ用いられる品詞はとされる。 名詞や形容動詞語幹なども独立語として用いられる。 並立語 [ ] 「ミカンとリンゴを買う。 」「琵琶湖の冬は冷たく厳しい。 」の「ミカンとリンゴを」や、「冷たく厳しい。 」のように並立関係でまとまっている成分である。 全体としての働きは、「ミカンとリンゴを」の場合はに相当し、「冷たく厳しい。 」はに相当する。 目的語と補語 [ ] 現行の学校文法では、英語にあるような「目的語」「補語」などの成分はないとする。 英語文法では「 I read a book. 」の「 a book」はSVO文型の一部をなす目的語であり、また「 I go to the library. 」の「 the library」は前置詞とともに付け加えられた修飾語と考えられる。 一方、日本語では、• 私は本を読む。 私は図書館へ行く。 これらは、文の成分としてはいずれも「連用修飾語」とされる。 ここから、学校文法に従えば、「私は本を読む。 対象語(補語) [ ] ・らは、「連用修飾語」のうち、「目的語」に当たる語は、述語の表す動きや状態の成立に加わる対象を表す「対象語」であるとし、文の基本成分として認めている。 (・・らは「対象語」と同じ文の成分を、主語・述語が表す事柄の組み立てを明示するために、その成り立ちに参加する物を補うという文中における機能の観点から、「補語」と呼んでいる。 ) 状況語 [ ] 「明日、学校で運動会がある。 」の「明日」「学校で」など、出来事や有様の成り立つ状況を述べるために時や場所、原因や目的(「雨だから」(「体力向上のために」など)を示す文の成分のことを「状況語」とも言う(鈴木重幸『日本語文法・形態論』、高橋太郎他『日本語の文法』他)。 学校文法では「連用修飾語」に含んでいるが、(連用)修飾語が、述語の表す内的な属性を表すのに対して、状況語は外的状況を表す「とりまき」ないしは「額縁」の役目を果たしている。 状況語は、出来事や有様を表す部分の前に置かれるのが普通であり、主語の前に置かれることもある。 なお、「状況語」という用語はロシア語・スペイン語・中国語(中国語では「状語」と言う)などにもあるが、日本語の「状況語」と必ずしも概念が一致しているわけではなく、修飾語を含んだ概念である。 修飾語の特徴 [ ] 日本語では、修飾語はつねに被修飾語の前に位置する。 「ぐんぐん進む」「白い雲」の「ぐんぐん」「白い」はそれぞれ「進む」「雲」の修飾語である。 修飾語が長大になっても位置関係は同じで、たとえば、 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 とあるが、主語(題目)の「われら」、述語の「信ずる」の間に「いづれの国家も……であると」という長い修飾語が介在している。 この種の文を読み慣れた人でなければ分かりにくい。 英訳で "We hold…"(われらは信ずる)と主語・述語が隣り合うのとは対照的である。 もっとも、修飾語が後置される英語でも、修飾関係の分かりにくい文が現れることがある。 次のような文は「袋小路文」 と呼ばれる。 The horse raced past the barn fell. (納屋のそばを走らされた馬が倒れた。 ) この場合、日本語の文では「馬」に係る連体修飾語「納屋のそばを走らされた」が前に来ているために文構造がわかりやすいが、英語では「 The horse」を修飾する「 raced past the barn」があとに来ているために、構造が把握しづらくなっている。 具体的には、この英文の途中「 The horse raced past the barn」までしか読んでいない状況では、文の成分としての動詞(主語は「 The horse」)は「 raced」であるように感じられるが、「 fell」まで行き着くと、文の成分としての動詞は、文法上、これまで唯一の候補だった 1 「 raced」に加え、 2 「 fell」が出てくることになり、それぞれの候補ごとに 1 「【(習慣的に、または一般法則に従って )崩れる納屋】のそばを馬が素早く走り抜けた」なのか 2 「納屋のそばを走らされた馬が倒れた」なのかを検討しなければならなくなる。 品詞体系 [ ] 学校文法の品詞体系 元の図は、 橋本進吉「国語法要説」 に掲載。 上図および現在の国語教科書では微修正を加えている。 名詞や動詞、形容詞といった「」の概念は、上述した「文の成分」の概念とは分けて考える必要がある。 名詞「犬」は、文の成分としては主語にもなれば修飾語にもなり、「犬だ」のように助動詞「だ」を付けて述語にもなる。 動詞・形容詞・形容動詞も、修飾語にもなれば述語にもなる。 もっとも、副詞は多く連用修飾語として用いられ、また、連体詞は連体修飾語に、接続詞は接続語に、感動詞は独立語にもっぱら用いられるが、必ずしも、特定の品詞が特定の文の成分に1対1で対応しているわけではない。 では、それぞれの品詞の特徴を形作るものは何かということが問題になるが、これについては、さまざまな説明があり、一定しない。 俗に、事物を表す単語が名詞、動きを表す単語が動詞、様子を表す単語が形容詞などといわれることがあるが、例外がいくらでも挙がり、定義としては成立しない。 は、品詞を分類するにあたり、単語の表す意味(動きを表すか様子を表すかなど)には踏み込まず、主として形式的特徴によって品詞分類を行っている。 橋本の考え方は初学者にも分かりやすいため、もその考え方に基づいている。 学校文法では、のうち、「太陽」「輝く」「赤い」「ぎらぎら」など、それだけでを作り得るものを (詞)とし、「ようだ」「です」「が」「を」など、単独で文節を作り得ず、自立語に付属して用いられるものを (辞)とする。 なお、日本語では、自立語の後にや付属語を次々につけ足して文法的な役割などを示すため、上はに分類される。 「」も参照 自立語 [ ] 自立語は、のないものと、活用のあるものとに分けられる。 自立語で活用のないもののうち、主語になるものを とする。 名詞のうち、 ・ を独立させる考え方もある。 一方、主語にならず、単独で連用修飾語になるものを 、連体修飾語になるものを (副体詞)、接続語になるものを 、独立語としてのみ用いられるものを とする。 副詞・連体詞については、それぞれ一品詞とすべきかどうかについて議論があり、さらに細分化する考え方 や、他の品詞に吸収させる考え方 などがある。 自立語で活用のあるもののうち、命令形のあるものを 、命令形がなく終止・連体形が「い」で終わるものを (日本語教育では「イ形容詞」)、連体形が「な」で終わるものを (日本語教育では「ナ形容詞」)とする。 形容動詞を一品詞として認めることについては、 やなど、否定的な見方をする研究者もいる。 なお、「名詞」および「体言」という用語は、しばしば混同される。 古来、ことばを分類するにあたり、活用のない語を「」(体)、活用のある語を「」(用)、そのほか、助詞・助動詞の類を「てにをは」と大ざっぱに称することが多かった。 現在の学校文法では、「用言」は活用のある自立語の意味で用いられ(動詞・形容詞・形容動詞を指す)、「体言」は活用のない自立語の中でも名詞(および代名詞・数詞)を指すようになった。 つまり、現在では「体言」と「名詞」とは同一物と見ても差し支えはないが、活用しない語という点に着目していう場合は「体言」、文の成分のうち主語になりうるという点に着目していう場合は「名詞」と称する。 付属語 [ ] 付属語も、のないものと、活用のあるものとに分けられる。 付属語で活用のないものを と称する。 「春 が来た」「買っ てくる」「やる しかない」「分かった か」などの太字部分はすべて助詞である。 助詞は、名詞について述語との関係(格関係)を表す 格助詞(「」の節参照)、活用する語について後続部分との接続関係を表す 接続助詞、種々の語について、程度や限定などの意味を添えつつ後続の用言などを修飾する 副助詞、文の終わりに来て疑問や詠嘆・感動・禁止といった気分や意図を表す 終助詞に分けられる。 鈴木重幸・高橋太郎他・鈴木康之らは助詞を単語とは認めず、付属辞(「くっつき」)として、単語の一部とする。 (格助詞・並立助詞・係助詞・副助詞・終助詞の全部および接続助詞のうち「し」「が」「けれども」「から」「ので」「のに」について)または語尾(接続助詞のうち「て(で)」、条件の形の「ば」、並べ立てるときの「たり(だり)」について)。 付属語で活用のあるものを と称する。 「気を引か れる」「私は泣か ない」「花が笑っ た」「さあ、出かけ よう」「今日は来ない そうだ」「もうすぐ春 です」などの太字部分はすべて助動詞である。 助動詞の最も主要な役割は、動詞(および助動詞)に付属して以下のような情報を加えることである。 すなわち、動詞の(特に受け身・使役・可能など。 ヴォイス)・(肯定・否定の決定。 ポラリティ)・(テンス)・(アスペクト)・(推量・断定・意志など。 ムード)などを示す役割を持つ。 は、助動詞を認めず、動詞から分出される語尾(複語尾)と見なしている。 または、「れる(られる)」「せる(させる)」を助動詞とせず、動詞の接尾語としている。 鈴木重幸・鈴木康之・高橋太郎らは大部分の助動詞を単語とは認めない。 「た(だ)」「う(よう)は、動詞の語尾であるとし、「ない」「よう」「ます」「れる」「られる」「せる」「させる」「たい」「そうだ」「ようだ」は、接尾辞であるとして、単語の一部とする。 (「ようだ」「らしい」「そうだ」に関しては、「むすび」または「コピュラ」「繋辞」であるとする。 ) 名詞の格 [ ] 名詞および動詞・形容詞・形容動詞は、それが文中でどのような成分を担っているかを特別の形式によって表示する。 名詞の場合、「が」「を」「に」などのを後置することで動詞との関係(格)を示す。 語順によって格を示す言語ではないため、日本語は語順が比較的自由である。 すなわち、• 桃太郎 が 犬 に きびだんご を やりました。 犬 に 桃太郎 が きびだんご を やりました。 きびだんご を 桃太郎 が 犬 に やりました。 などは、強調される語は異なるが、いずれも同一の内容を表す文で、しかも正しい文である。 主な格助詞とその典型的な機能は次の通りである。 助詞 機能 使用例 が 動作・作用の主体を表す。 例:「空が青い」、「犬がいる」 の 連体修飾を表す。 「私の本」、「理想の家庭」 を 動作・作用の対象を表す。 「本を読む」、「人を教える」 に 動作・作用の到達点を表す。 「駅に着く」、「人に教える」 へ 動作・作用の及ぶ方向を表す。 「駅へ向かう」、「学校へ出かける」 と 動作・作用をともに行う相手を表す。 「友人と帰る」、「車とぶつかる」 から 動作・作用の起点を表す。 「旅先から戻る」、「6時から始める」 より 動作・作用の起点や、比較の対象を表す。 「旅先より戻る」、「花より美しい」 で 動作・作用の行われる場所を表す。 「川で洗濯する」、「風呂で寝る」 このように、格助詞は、述語を連用修飾する名詞が述語とどのような関係にあるかを示す(ただし、「の」だけは連体修飾に使われ、名詞同士の関係を示す)。 なお、上記はあくまでも典型的な機能であり、主体を表さない「が」(例、「水が飲みたい」)、対象を表さない「を」(例、「日本を発った」)、到達点を表さない「に」(例、受動動作の主体「先生にほめられた」、地位の所在「今上天皇にあらせられる」)、主体を表す「の」(例、「私は彼の急いで走っているのを見た」)など、上記に収まらない機能を担う場合も多い。 格助詞のうち、「が」「を」「に」は、話し言葉においては脱落することが多い。 その場合、文脈の助けがなければ、最初に来る部分は「が」格に相当すると見なされる。 「くじらをお父さんが食べてしまった。 」を「くじら、お父さん食べちゃった。 」と助詞を抜かして言った場合は、「くじら」が「が」格相当ととらえられるため、誤解の元になる。 「チョコレートを私が食べてしまった。 」を「チョコレート、私食べちゃった。 」と言った場合は、文脈の助けによって誤解は避けられる。 なお、「へ」「と」「から」「より」「で」などの格助詞は、話し言葉においても脱落しない。 題述構造の文(「」の節参照)では、特定の格助詞が「は」に置き換わる。 たとえば、「空が 青い。 」という文は、「空」を題目化すると「空は 青い。 」となる。 題目化の際の「は」の付き方は、以下のようにそれぞれの格助詞によって異なる。 無題の文 題述構造の文 空 が青い。 空 は青い。 本 を読む。 本 は読む。 学校 に行く。 学校 は行く。 (学校 には行く。 ) 駅 へ向かう。 駅 へは向かう。 友人 と帰る。 友人 とは帰る。 旅先 から戻る。 旅先 からは戻る。 川 で洗濯する。 川 では洗濯する。 格助詞は、下に来る動詞が何であるかに応じて、必要とされる種類と数が変わってくる。 たとえば、「走る」という動詞で終わる文に必要なのは「が」格であり、「馬が走る。 」とすれば完全な文になる。 ところが、「教える」の場合は、「が」格を加えて「兄が教えています。 」としただけでは不完全な文である。 さらに「で」格を加え、「兄が小学校で教えています(=教壇に立っています)。 」とすれば完全になる。 つまり、「教える」は、「が・で」格が必要である。 ところが、「兄が部屋で教えています。 」という文の場合、「が・で」格があるにもかかわらず、なお完全な文という感じがしない。 「兄が部屋で弟に算数を教えています。 」のように「が・に・を」格が必要である。 むしろ、「で」格はなくとも文は不完全な印象はない。 すなわち、同じ「教える」でも、「教壇に立つ」という意味の「教える」は「が・で」格が必要であり、「説明して分かるようにさせる」という意味の「教える」では「が・に・を」格が必要である。 このように、それぞれの文を成り立たせるのに必要な格を「必須格」という。 活用形と種類 [ ] 詳細は「」を参照 名詞が格助詞を伴ってさまざまな格を示すのに対し、用言(動詞・形容詞・形容動詞)および助動詞は、語尾を変化させることによって、文中のどの成分を担っているかを示したり、・などの情報や文の切れ続きの別などを示したりする。 この語尾変化を「」といい、活用する語を総称して「活用語」という。 学校文法では、口語の活用語について、6つのを認めている。 以下、動詞・形容詞・形容動詞の活用形を例に挙げる(太字部分)。 活用形 動詞 形容詞 形容動詞 打たない 打とう 強かろう 勇敢だろう 打ちます 打った 強かった 強くなる 強うございます 勇敢だった 勇敢である 勇敢になる 打つ。 勇敢だ。 打つこと 強いこと 勇敢なこと 打てば 強ければ 勇敢ならば 打て。 「(選手が球を)打つ。 」「(この子は)強い。 」「(消防士は)勇敢だ。 」など。 連用形は、文字通り連用修飾語にも用いられる。 「強く(生きる。 )」「勇敢に(突入する。 )」など。 ただし、「選手が球を打ちました。 」の「打ち」は連用形であるが、連用修飾語ではなく、この場合は述語の一部である。 このように、活用形と文中での役割は、1対1で対応しているわけではない。 仮定形は、文語ではと称する。 口語の「打てば」は仮定を表すが、文語の「打てば」は「已(すで)に打ったので」の意味を表すからである。 また、形容詞・形容動詞は、口語では命令形がないが、文語では「稽古は強かれ。 」()のごとく命令形が存在する。 動詞の活用は種類が分かれている。 口語の場合は、・・・(カ変)・(サ変)の5種類である。 動詞の種類 特徴 例 五段動詞 未然形活用語尾が「音」で終わるもの 「買う」 上一段動詞 未然形活用語尾が「音」で終わるもの 「見る」「借りる」 下一段動詞 未然形活用語尾が「音」で終わるもの 「出る」「受ける」 カ変動詞 「来る」および「来る」を語末要素とするもの サ変動詞 「する」および「する」を語末要素とするもの 語彙 [ ] 詳細は「」を参照 分野ごとの語彙量 [ ] ある言語の体系を見渡して、特定の分野の語彙が豊富であるとか、別の分野の語彙が貧弱であるとかを決めつけることは、一概にはできない。 日本語でも、たとえば「自然を表す語彙が多いというのが定評」 といわれるが、これは人々の直感から来る評判という意味以上のものではない。 ただし、これも、他の言語と比較して多いということではなく、この結果がただちに日本語の語彙の特徴を示すことにはならない。 人称語彙 [ ] こうした中で、日本語にを表す語彙が多いことは注意を引く。 たとえば、『類語大辞典』 の「わたし」の項には「わたし・わたくし・あたし・あたくし・あたい・わし・わい・わて・我が輩・僕・おれ・おれ様・おいら・われ・わー・わん・朕・わっし・こちとら・自分・てまえ・小生・それがし・拙者・おら」などが並び、「あなた」の項には「あなた・あんた・きみ・おまえ・おめえ・おまえさん・てめえ・貴様・おのれ・われ・お宅・なんじ・おぬし・その方・貴君・貴兄・貴下・足下・貴公・貴女・貴殿・貴方(きほう)」などが並ぶ。 上の事実は、現代の一人称・二人称代名詞がほぼ "I" と "you" のみであり、の一人称代名詞が "je"、二人称代名詞が "tu" "vous" のみ、またの一人称代名詞が"ich"、二人称代名詞が"du" "Sie" "ihr"のみであることと比較すれば、特徴的ということができる。 もっとも、日本語においても、本来の人称代名詞は、一人称に「ワ(レ)」「ア(レ)」、二人称に「ナ(レ)」があるのみである(但し『ナ』はもと一人称とも見られ、後述のこととも関係があるか)。 今日、一・二人称同様に用いられる語は、その大部分が一般名詞からの転用である。 一人称を示す「ぼく」や三人称を示す「彼女」などを、「ぼく、何歳?」「彼女、どこ行くの?」のように二人称に転用することが可能であるのも、日本語の人称語彙が一般名詞的であることの現れである。 なお、の観点から、目上に対しては二人称代名詞の使用が避けられる傾向がある。 たとえば、「あなたは何時に出かけますか」とは言わず、「何時にいらっしゃいますか」のように言うことが普通である。 「」の節も参照。 音象徴語彙(オノマトペ) [ ] また、音象徴語、いわゆるの語彙量も日本語には豊富である(オノマトペの定義は一定しないが、ここでは、擬声語・擬音語のように耳に聞こえるものを写した語と、擬態語のように耳に聞こえない状態・様子などを写した語の総称として用いる)。 擬声語は、人や動物が立てる声を写したものである(例、おぎゃあ・がおう・げらげら・にゃあにゃあ)。 擬音語は、物音を写したものである(例、がたがた・がんがん・ちんちん・どんどん)。 擬態語は、ものごとの様子や心理の動きなどを表したものである(例、きょろきょろ・すいすい・いらいら・わくわく)。 擬態語の中で、心理を表す語を特に擬情語と称することもある。 オノマトペ自体は多くの言語に存在する。 しかしながら、その語彙量は言語によって異なる。 日本語のオノマトペは欧米語や中国語の3倍から5倍存在するといわれ 、とりわけ擬態語が多く使われるとされる。 新たなオノマトペが作られることもある。 「(心臓が)ばくばく」「がっつり(食べる)」などは、近年に作られた(広まった)オノマトペの例である。 漫画などの媒体では、とりわけ自由にオノマトペが作られる。 漫画家のは、漫画を英訳してもらったところ、「ドギューン」「シーン」などの語に翻訳者が「お手あげになってしまった」と記している。 また、漫画出版社社長のも、アメリカで日本漫画を売るに当たり、独特の擬音を訳すのにスタッフが悩んだことを述べている。 品詞ごとの語彙量 [ ] 日本語の語彙を品詞ごとにみると、圧倒的に多いものは名詞である。 その残りのうちで比較的多いものは動詞である。 『新選国語辞典』の収録語の場合、名詞が82. このうち、とりわけ目を引くのは形容詞の少なさである。 かつてはこの点を指摘して「形容詞饑饉」と称した。 英語の場合、『』第2版では、半分以上が名詞、約4分の1が形容詞、約7分の1が動詞ということであり 、英語との比較の上からは、日本語の形容詞が僅少であることは特徴的といえる。 ただし、これは日本語で物事を形容することが難しいことを意味するものではない。 品詞分類上の形容詞、すなわち「赤い」「楽しい」など「〜い」の形式を採る語が少ないということであって、他の形式による形容表現が多く存在する。 もともと少ない形容詞を補う主要な形式は形容動詞である。 上掲の『新選国語辞典』で名詞扱いになっている漢語・外来語のうちにも、形容動詞の用法を含むものが多数存在する。 現代の二字漢語(「世界」「研究」「豊富」など)約2万1千語を調査した結果によれば、全体の63. 「」の節も参照。 語彙体系 [ ] それぞれのは、ばらばらに存在しているのではなく、意味・用法などの点で互いに関連をもったグループを形成している。 これを体系と称する。 日本語の語彙自体、一つの大きな語彙体系といえるが、その中にはさらに無数の語彙体系が含まれている。 以下、体系をなす語彙の典型的な例として、指示語・色彩語彙・親族語彙を取り上げて論じる。 指示語の体系 [ ] 日本語では、ものを指示するために用いる語彙は、一般に「こそあど」と呼ばれる4系列をなしている。 これらの(指示詞)は、主として名詞(「これ・ここ・こなた・こっち」など)であるため、概説書の類では名詞(代名詞)の説明のなかで扱われている場合も多い。 しかし、実際には副詞(「こう」など)・連体詞(「この」など)・形容動詞(「こんなだ」など)にまたがるため、ここでは語彙体系の問題として論じる。 「こそあど」の体系は、伝統的には「近称・中称・遠称・不定(ふじょう、ふてい)称」の名で呼ばれた。 に、は以下のような表を示している。 \ 近称 中称 遠称 不定称 事物 これ こ それ そ あれ あ かれ か いづれ(どれ) なに 地位 ここ そこ あしこ あそこ かしこ いづこ(どこ) いづく 方向 こなた そなた あなた かなた いづかた(どなた) こち そち あち いづち(どち) ここで、「近称」は最も近いもの、「中称」はやや離れたもの、「遠称」は遠いものを指すとされた。 ところが、「そこ」などを「やや離れたもの」を指すと考えると、遠くにいる人に向かって「そこで待っていてくれ」と言うような場合を説明しがたい。 また、自分の腕のように近くにあるものを指して、人に「そこをさすってください」と言うことも説明しがたいなどの欠点がある。 佐久間鼎(かなえ)は、この点を改め、「こ」は「わ(=自分)のなわばり」に属するもの、「そ」は「な(=あなた)のなわばり」に属するもの、「あ」はそれ以外の範囲に属するものを指すとした。 すなわち、体系は下記のようにまとめられた。 \ 指示されるもの 対話者の層 所属事物の層 話し手 (話し手自身) ワタクシ ワタシ (話し手所属のもの) コ系 相手 (話しかけの目標) アナタ オマエ (相手所属のもの) ソ系 はたの 人 もの (第三者)(アノヒト) (はたのもの) ア系 不定 ドナタ ダレ ド系 このように整理すれば、上述の「そこで待っていてくれ」「そこをさすってください」のような言い方はうまく説明される。 相手側に属するものは、遠近を問わず「そ」で表されることになる。 この説明方法は、現在の学校教育の国語でも取り入れられている。 とはいえ、すべての場合を佐久間説で割り切れるわけでもない。 たとえば、道で「どちらに行かれますか」と問われて、「ちょっとそこまで」と答えたとき、これは「それほど遠くないところまで行く」という意味であるから、大槻文彦のいう「中称」の説明のほうがふさわしい。 ものを無くしたとき、「ちょっとそのへんを探してみるよ」と言うときも同様である。 また、目の前にあるものを直接指示する場合(現場指示)と、文章の中で前に出た語句を指示する場合(文脈指示)とでも、事情が変わってくる。 「生か死か、それが問題だ」の「それ」は、「中称」(やや離れたもの)とも、「相手所属のもの」とも解釈しがたい。 直前の内容を「それ」で示すものである。 このように、指示語の意味体系は、詳細に見れば、なお研究の余地が多く残されている。 なお、指示の体系は言語によって異なる。 不定称を除いた場合、3系列をなす言語は日本語(こ、そ、あ)や朝鮮語( 이、 그、 저)などがある。 一方、英語( this、 that)や中国語( 这、 那)などは2系列をなす。 日本人の英語学習者が「これ、それ、あれ」に「 this、 it、 that」を当てはめて考えることがあるが、「 it」は文脈指示の代名詞で系列が異なるため、混用することはできない。 色彩語彙の体系 [ ] 日本語でを表す語彙()は、古来、「」「」「」「」の4語が基礎となっている。 「アカ」は明るい色(明しの語源か)、「シロ」は顕(あき)らかな色(白しの語源か)、「アヲ」は漠然とした色(淡しの語源か)、「クロ」は暗い色(暗しの語源か)を総称した。 今日でもこの体系は基本的に変わっていない。 葉の色・空の色・顔色などをいずれも「アオ」と表現するのはここに理由がある。 文化人類学者のバーリンとケイの研究によれば、種々の言語で最も広範に用いられている基礎的な色彩語彙は「白」と「黒」であり、以下、「赤」「緑」が順次加わるという。 日本語の色彩語彙もほぼこの法則に合っているといってよい。 このことは、日本語を話す人々が4色しか識別しないということではない。 特別の色を表す場合には、「(語源は「木」かという )」「」「」「」「」など、植物その他の一般名称を必要に応じて転用する。 ただし、これらは基礎的な色彩語彙ではない。 親族語彙の体系 [ ] 日本語の は、比較的単純な体系をなしている。 英語の基礎語彙で、同じ親から生まれた者を「 brother」「 sister」の2語のみで区別するのに比べれば、日本語では、男女・長幼によって「アニ」「アネ」「オトウト」「イモウト」の4語を区別し、より詳しい体系であるといえる(古代には、年上のみ「アニ」「アネ」と区別し、年下は「オト」と一括した )。 しかしながら、たとえばの親族語彙と比較すれば、はるかに単純である。 中国語では、父親の父母を「 祖父」「 祖母」、母親の父母を「 外祖父」「 外祖母」と呼び分けるが、日本語では「ジジ」「ババ」の区別しかない。 中国語では父の兄弟を「 伯」「 叔」、父の姉妹を「 姑」、母の兄弟を「 舅」、母の姉妹を「 姨」などというが、日本語では「オジ」「オバ」のみである。 「オジ」「オバ」の子はいずれも「イトコ」の名で呼ばれる。 日本語でも、「伯父(はくふ)」「叔父(しゅくふ)」「従兄(じゅうけい)」「従姉(じゅうし)」などの語を文章語として用いることもあるが、これらは中国語からの借用語である。 親族語彙を他人に転用する虚構的用法 が多くの言語に存在する。 例えば、朝鮮語(「 아버님」お父様)・モンゴル語(「 aab」父)では尊敬する年配男性に用いる。 英語でも議会などの長老やカトリック教会の神父を「 father(父)」、寮母を「 mother(母)」、男の親友や同一宗派の男性を「 brother(兄弟)」、女の親友や修道女や見知らぬ女性を「 sister」(姉妹)と呼ぶ。 中国語では見知らぬ若い男性・女性に「 老兄」(お兄さん)「 大姐」(お姉さん)と呼びかける、そして年長者では男性・女性に「 大爺」(旦那さん)「 大媽」(伯母さん)と呼びかける。 日本語にもこの用法があり、赤の他人を「お父さん」「お母さん」と呼ぶことがある。 たとえば、店員が中年の男性客に「お父さん、さあ買ってください」のように言う。 フランス語・イタリア語・デンマーク語・チェコ語などのヨーロッパの言語で他人である男性をこのように呼ぶことは普通ではなく、日本語で赤の他人を「お父さん」と呼ぶのが失礼になりうるのと同じく、失礼にさえなるという。 一族内で一番若い世代から見た名称で自分や他者を呼ぶことがあるのも各国語に見られる用法である。 例えば、父親が自分自身を指して「お父さん」と言ったり(「お父さんがやってあげよう」)、自分の母を子から見た名称で「おばあちゃん」と呼んだりする用法である。 この用法は、中国語・朝鮮語・モンゴル語・英語・フランス語・イタリア語・デンマーク語・チェコ語などを含め諸言語にある。 語種 [ ] 詳細は「」を参照 日本語の語彙を出自から分類すれば、大きく、・・、およびそれらが混ざったに分けられる。 このように、出自によって分けた言葉の種類を「」という。 和語は日本古来の大和言葉、漢語は中国渡来の漢字の音を用いた言葉、外来語は中国以外の他言語から取り入れた言葉である。 和語は日本語の語彙の中核部分を占める。 「これ」「それ」「きょう」「あす」「わたし」「あなた」「行く」「来る」「良い」「悪い」などのいわゆる基礎語彙はほとんど和語である。 また、「て」「に」「を」「は」などの助詞や、助動詞の大部分など、文を組み立てるために必要な付属語も和語である。 一方、抽象的な概念や、社会の発展に伴って新たに発生した概念を表すためには、漢語や外来語が多く用いられる。 和語の名称がすでにある事物を漢語や外来語で言い換えることもある。 「めし」を「御飯」「ライス」、「やどや」を「旅館」「ホテル」などと称するのはその例である。 このような語種の異なる同義語には、微妙な意味・ニュアンスの差異が生まれ、とりわけ和語には易しい、または卑俗な印象、漢語には公的で重々しい印象、外来語には新しい印象が含まれることが多い。 一般に、和語の意味は広く、漢語の意味は狭いといわれる。 たとえば、「しづむ(しずめる)」という1語の和語に、「沈」「鎮」「静」など複数の漢語の造語成分が相当する。 「しづむ」の含む多様な意味は、「沈む」「鎮む」「静む」などと漢字を用いて書き分けるようになり、その結果、これらの「しづむ」が別々の語と意識されるまでになった。 2字以上の漢字が組み合わさった漢語の表す意味はとりわけ分析的である。 たとえば、「弱」という造語成分は、「脆」「貧」「軟」「薄」などの成分と結合することにより、「脆弱」「貧弱」「軟弱」「薄弱」のように分析的・説明的な単語を作る (「」の節の「」および「」を参照)。 漢語は、「学問」「世界」「博士」などのように、古く中国から入ってきた語彙が大部分を占めるのは無論であるが、日本人が作った漢語()も古来多い。 現代語としても、「国立」「改札」「着席」「挙式」「即答」「熱演」など多くの和製漢語が用いられている。 漢語はで読まれることから、字音語と呼ばれる場合もある。 外来語は、もとの言語の意味のままで用いられるもの以外に、日本語に入ってから独自の意味変化を遂げるものが少なくない。 英語の "claim" は「当然の権利として要求する」の意であるが、日本語の「クレーム」は「文句」の意である。 英語の "lunch" は昼食の意であるが、日本の食堂で「ランチ」といえば料理の種類を指す。 外来語を組み合わせて、「アイスキャンデー」「サイドミラー」「テーブルスピーチ」のように日本語独自の語が作られることがある。 また、当該の語形が外国語にない「パネラー」(パネリストの意)「プレゼンテーター」(プレゼンテーションをする人。 プレゼンター)などの語形が作られることもある。 これらを総称して「」、英語系の語を特に「」と言う。 単純語と複合語 [ ] 「」および「」も参照 日本語の語彙は、語構成の面からは単純語とに分けることができる。 単純語は、「あたま」「かお」「うえ」「した」「いぬ」「ねこ」のように、それ以上分けられないと意識される語である。 複合語は、「あたまかず」「かおなじみ」「うわくちびる」「いぬずき」のように、いくつかの単純語が合わさってできていると意識される語である。 なお、と総称される漢語は、本来漢字の字音を複合させたものであるが、「えんぴつ(鉛筆)」「せかい(世界)」など、日本語において単純語と認識される語も多い。 「」の節で触れた混種語、すなわち、「プロ野球」「草野球」「日本シリーズ」のように複数の語種が合わさった語は、語構成の面からはすべて複合語ということになる。 日本語では、限りなく長い複合語を作ることが可能である。 「平成十六年新潟県中越地震非常災害対策本部」「服部四郎先生定年退官記念論文集編集委員会」といった類も、ひとつの長い複合語である。 国際協定のは、英語では「 General Agreement on Tariffs and Trade」(関税と貿易に関する一般協定)であり、ひとつの句であるが、日本の新聞では「関税貿易一般協定」と複合語で表現することがある。 これは漢字の結合力によるところが大きく、中国語・朝鮮語などでも同様の長い複合語を作る。 英首相の造語という )などの語例がまれにある。 接辞は、複合語を作るために威力を発揮する。 たとえば、「感」は、「音感」「語感」「距離感」「不安感」など漢字2字・3字からなる複合語のみならず、「透け感」「懐かし感」「しゃきっと感」「きちんと感」など動詞・形容詞・副詞との複合語を作り、さらには「『昔の名前で出ています』感」(=昔の名前で出ているという感じ)のように文であったものに下接して長い複合語を作ることもある。 日本語の複合語は、難しい語でも、表記を見れば意味が分かる場合が多い。 たとえば、英語の「 apivorous」 は生物学者にしか分からないのに対し、日本語の「蜂食性」は「蜂を食べる性質」であると推測できる。 これは表記に漢字を用いる言語の特徴である。 表記 [ ] 詳細は「」を参照 現代の日本語は、・・を用いて、・に基づいて表記されることが一般的である。 やなども必要に応じて併用される。 正書法の必要性を説く主張 や、その反論 がしばしば交わされてきた。 字種 [ ] 平仮名・片仮名は、2017年9月現在では以下の46字ずつが使われる。 名称 字形 平仮名 あ い う え お か き く け こ さ し す せ そ た ち つ て と な に ぬ ね の は ひ ふ へ ほ ま み む め も や ゆ よ ら り る れ ろ わ を ん 片仮名 ア イ ウ エ オ カ キ ク ケ コ サ シ ス セ ソ タ チ ツ テ ト ナ ニ ヌ ネ ノ ハ ヒ フ ヘ ホ マ ミ ム メ モ ヤ ユ ヨ ラ リ ル レ ロ ワ ヲ ン このうち、「゛」(濁音符)および「゜」(半濁音符)を付けて濁音・半濁音を表す仮名もある(「」の節参照)。 は小書きの「ゃ」「ゅ」「ょ」を添えて表し、は小書きの「っ」で表す。 「つぁ」「ファ」のように、小書きの「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「ぉ」を添えて表す音もあり、補助符号としてを表す「ー」がある。 では上記のほか、表音は同じでも表記の違う、平仮名「」「」および片仮名「ヰ」「ヱ」の字が存在し、その他にもがある。 漢字は、日常生活において必要とされる2136字のと、子の名づけに用いられる861字のが、法で定められている。 実際にはこれら以外にも一般に通用する漢字の数は多いとされ、(JIS)は(通称JIS漢字)として約6300字を電算処理可能な漢字として挙げている。 なお、漢字の本家であるにおいても同様の基準は存在し、により、「常用字」として2500字、「次常用字」として1000字が定められている。 これに加え、ではさらに3500字が追加されている。 一般的な文章では、上記の漢字・平仮名・片仮名を交えて記すほか、アラビア数字・ローマ字なども必要に応じて併用する。 基本的には、漢語には漢字を、和語のうち概念を表す部分(名詞や用言語幹など)には漢字を、形式的要素(助詞・助動詞など)や副詞・接続詞の一部には平仮名を、外来語(漢語以外)には片仮名を用いる場合が多い。 公的な文書では特に表記法を規定している場合もあり 、民間でもこれに倣うことがある。 ただし、厳密な正書法はなく、表記のゆれは広く許容されている。 文章の種類や目的によって、• 多様な文字体系を交えて記す利点として、単語のまとまりが把握しやすく、速読性に優れるなどの点が指摘される。 日本語の単純な音節構造に由来する同音異義語が漢字によって区別され、かつ字数も節約されるという利点もある。 者のは、日本語では、表意文字と表音文字の二重の文章表現ができるため、記憶したり、想起したりするのに手がかりが多く、言語としての機能が高いと指摘している。 一方で中国文学者のは、漢字の表意性に過度に依存した日本語の文章は、他の自然言語に類を見ないほどのを用いざるを得なくなり、しばしば実用の上で支障を来たすことから、言語として「顚倒している」と評している。 歴史上、漢字を廃止して、仮名またはローマ字を国字化しようという主張もあったが、広く実行されることはなかった (「」参照)。 今日では漢字・平仮名・片仮名の交ぜ書きが標準的表記の地位をえている。 方言と表記 [ ] 日本語の表記体系は中央語を書き表すために発達したものであり、の音韻を表記するためには必ずしも適していない。 もっとも、方言は書き言葉として用いられることが少ないため、実際上に不便を来すことは少ない。 岩手県気仙方言()について、により、文法形式を踏まえた正書法が試みられているというような例もある。 ただし、これは実用のためのものというよりは、学術的な試みのひとつである。 (「」参照)の表記体系もそれを準用している。 たとえば、「てんさごの花」()は、伝統的な表記法では次のように記す。 — この表記法では、たとえば、「ぐ」「ご」がどちらも [gu] と発音されるように、かな表記と発音が一対一で対応しない場合が多々ある。 漢字表記の面では、というべきものが各地に存在する。 たとえば、名古屋市の地名「(いりなか)」などに使われる「杁」は、名古屋と関係ある地域の「地域文字」である。 また、「垰」は「たお」「たわ」などと読まれるで、中国地方ほかで定着しているという。 文体 [ ] 文は、目的や場面などに応じて、さまざまな異なった様式を採る。 この様式のことを、書き言葉(文章)では「」と称し、話し言葉(談話)では「話体」 と称する。 日本語では、とりわけ文末の助動詞・助詞などに文体差が顕著に現れる。 このことは、「ですます体」「でございます体」「だ体」「である体」「ありんす言葉」(江戸・新吉原の遊女の言葉)「てよだわ言葉」(明治中期から流行した若い女性の言葉)などの名称に典型的に表れている。 それぞれの文体・話体の差は大きいが、日本語話者は、複数の文体・話体を常に切り替えながら使用している。 なお、「文体」の用語は、書かれた文章だけではなく談話についても適用されるため 、以下では「文体」に「話体」も含めて述べる。 また、文語文・口語文などについては「」の節に譲る。 普通体・丁寧体 [ ] 日本語の文体は、大きく普通体(常体)および丁寧体(敬体)の2種類に分かれる。 日本語話者は日常生活で両文体を適宜使い分ける。 日本語学習者は、初めに丁寧体を、次に普通体を順次学習することが一般的である。 普通体は相手を意識しないかのような文体であるため独語体と称し、丁寧体は相手を意識する文体であるため対話体と称することもある。 普通体と丁寧体の違いは次のように現れる。 \ 普通体 丁寧体 名詞文 もうすぐ春 だ(春 である)。 もうすぐ春 です。 形容動詞文 ここは静か だ(静か である)。 ここは静か です。 形容詞文 野山の花が美しい。 (野山の花が美しい です。 ) 動詞文 鳥が空を飛ぶ。 鳥が空を飛び ます。 普通体では、文末に名詞・形容動詞・副詞などが来る場合には、「だ」または「である」を付けた形で結ぶ。 前者を特に「だ体」、後者を特に「である体」と呼ぶこともある。 丁寧体では、文末に名詞・形容動詞・副詞などが来る場合には、助動詞「です」を付けた形で結ぶ。 動詞が来る場合には「ます」を付けた形で結ぶ。 ここから、丁寧体を「ですます体」と呼ぶこともある。 丁寧の度合いをより強め、「です」の代わりに「でございます」を用いた文体を、特に「でございます体」と呼ぶこともある。 丁寧体は、の面からいえばを用いた文体のことである。 なお、文末に形容詞が来る場合にも「です」で結ぶことはできるが「花が美しく咲いています」「花が美しゅうございます」などと言い、「です」を避けることがある。 文体の位相差 [ ] 談話の文体(話体)は、話し手の性別・年齢・職業など、の違いによって左右される部分が大きい。 「私は食事をしてきました」という丁寧体は、話し手の属性によって、たとえば、次のような変容がある。 ぼく、ごはん食べてきたよ。 (男性のくだけた文体)• おれ、めし食ってきたぜ。 (男性のやや乱暴な文体)• あたし、ごはん食べてきたの。 (女性のくだけた文体)• わたくし、食事をしてまいりました。 (成人の改まった文体) このように異なる言葉遣いのそれぞれを 位相語と言い、それぞれの差を位相差という。 物語作品やメディアにおいて、位相が極端にステレオタイプ化されて現実と乖離したり、あるいは書き手などが仮想的(バーチャル)な位相を意図的に作り出したりする場合がある。 このような言葉遣いを「 」と称することがある。 例えば以下の文体は、実際の博士・令嬢・地方出身者などの一般的な位相を反映したものではないものの、小説・漫画・アニメ・ドラマなどで、仮想的にそれらしい感じを与える文体として広く観察される。 これは現代に始まったものではなく、近世や近代の文献にも役割語の例が認められる(『西洋道中膝栗毛』に現れる外国人らしい言葉遣いなど)。 わしは、食事をしてきたのじゃ。 (博士風)• わたくし、お食事をいただいてまいりましてよ。 (お嬢様風)• おら、めし食ってきただよ。 (田舎者風)• ワタシ、ごはん食べてきたアルヨ。 (中国人風。 を参照) 待遇表現 [ ] 詳細は「」および「」を参照 日本語では、が文法的・語彙的な体系を形作っている。 とりわけ、相手に敬意を示す言葉()において顕著である。 「敬語は日本にしかない」と言われることがあるが、日本と同様に敬語が文法的・語彙的体系を形作っている言語としては、・・・・・などがあり、尊敬・謙譲・丁寧の区別もある。 朝鮮語ではたとえば動詞「 내다(ネダ)」(出す)は、敬語形「 내시다(ネシダ)」(出される)・「 냅니다(ネムニダ)」(出します)の形を持つ。 敬語体系は無くとも、敬意を示す表現自体は、さまざまな言語に広く観察される。 相手を敬い、物を丁寧に言うことは、発達した社会ならばどこでも必要とされる。 そうした言い方を習得することは、どの言語でも容易でない。 などによれば、現代日本語の敬語に特徴的なのは次の2点である。 相対敬語である• 文法体系となっている 朝鮮語など他の言語の敬語では、たとえば自分の父親はいかなる状況でも敬意表現の対象であり、他人に彼のことを話す場合も「私のお父様は…」という絶対的敬語を用いるが、日本語では自分の身内に対する敬意を他人に表現することは憚られ、「私の父は…」のように表現しなければならない。 ただしでは絶対敬語が存在し、皇太子は自分の父親のことを「天皇陛下は…」と表現する。 どんな言語も敬意を表す表現を持っているが、日本語や朝鮮語などはそれが文法体系となっているため、表現・言語行動のあらゆる部分に、高度に組織立った体系が出来上がっている。 そのため、敬意の種類や度合いに応じた表現の選択肢が予め用意されており、常にそれらの中から適切な表現を選ばなくてはならない。 以下、日本語の敬語体系および敬意表現について述べる。 敬語体系 [ ] 日本語の敬語体系は、一般に、大きく ・ ・ に分類される。 国語分科会は、2007年2月に「敬語の指針」を答申し、これに および を含めた5分類を示している。 尊敬語 [ ] 尊敬語は、動作の主体を高めることで、主体への敬意を表す言い方である。 動詞に「お(ご)〜になる」を付けた形、また、助動詞「(ら)れる」を付けた形などが用いられる。 たとえば、動詞「取る」の尊敬形として、「(先生が)お取りになる」「(先生が)取られる」などが用いられる。 語によっては、特定の尊敬語が対応するものもある。 たとえば、「言う」の尊敬語は「おっしゃる」、「食べる」の尊敬語は「召し上がる」、「行く・来る・いる」の尊敬語は「いらっしゃる」である。 謙譲語 [ ] 謙譲語は、古代から基本的に動作の客体への敬意を表す言い方であり、現代では「動作の主体を低める」と解釈するほうがよい場合がある。 動詞に「お〜する」「お〜いたします」(謙譲語+丁寧語)をつけた形などが用いられる。 たとえば、「取る」の謙譲形として、「お取りする」などが用いられる。 語によっては、特定の謙譲語が対応するものもある。 たとえば、「言う」の謙譲語は「申し上げる」、「食べる」の謙譲語は「いただく」、「(相手の所に)行く」の謙譲語は「伺う」「参上する」「まいる」である。 なお、「夜も更けてまいりました」の「まいり」など、謙譲表現のようでありながら、誰かを低めているわけではない表現がある。 これは、「夜も更けてきた」という話題を丁重に表現することによって、聞き手への敬意を表すものである。 宮地裕は、この表現に使われる語を、特に「丁重語」と称している。 丁重語にはほかに「いたし(マス)」「申し(マス)」「存じ(マス)」「小生」「小社」「弊社」などがある。 文化審議会の「敬語の指針」でも、「明日から海外へまいります」の「まいり」のように、相手とは関りのない自分側の動作を表現する言い方を丁重語としている。 丁寧語 [ ] 丁寧語は、文末を丁寧にすることで、聞き手への敬意を表すものである。 動詞・形容詞の終止形で終わる 常体に対して、名詞・形容動詞語幹などに「です」を付けた形(「学生です」「きれいです」)や、動詞に「ます」をつけた形(「行きます」「分かりました」)等の丁寧語を用いた文体を 敬体という。 一般に、目上の人には丁寧語を用い、同等・目下の人には丁寧語を用いないといわれる。 しかし、実際の言語生活に照らして考えれば、これは事実ではない。 母が子を叱るとき、「お母さんはもう知りませんよ」と丁寧語を用いる場合もある。 丁寧語が用いられる多くの場合は、敬意や謝意の表現とされるが、、稀に一歩引いた心理的な距離をとろうとする場合もある。 「お弁当」「ご飯」などの「お」「ご」も、広い意味では丁寧語に含まれるが、宮地裕は特に「美化語」と称して区別する。 相手への丁寧の意を示すというよりは、話し手が自分の言葉遣いに配慮した表現である。 したがって、「お弁当食べようよ。 」のように、丁寧体でない文でも美化語を用いることがある。 文化審議会の「敬語の指針」でも「美化語」を設けている。 敬意表現 [ ] 日本語で敬意を表現するためには、文法・語彙の敬語要素を知っているだけではなお不十分であり、時や場合など種々の要素に配慮した適切な表現が必要である。 これを敬意表現(敬語表現)ということがある。 たとえば、「課長もコーヒーをお飲みになりたいですか」は、尊敬表現「お飲みになる」を用いているが、敬意表現としては適切でない。 日本語では相手の意向を直接的に聞くことは失礼に当たるからである。 「コーヒーはいかがですか」のように言うのが適切である。 第22期(2000年)は、このような敬意表現の重要性を踏まえて、「現代社会における敬意表現」を答申した。 婉曲表現の一部は、敬意表現としても用いられる。 たとえば、相手に窓を開けてほしい場合は、命令表現によらずに、「窓を開けてくれる?」などと問いかけ表現を用いる。 あるいは、「今日は暑いねえ」とだけ言って、窓を開けてほしい気持ちを含意することもある。 日本人が商取引で「考えさせてもらいます」という場合は拒絶の意味であると言われる。 英語でも "Thank you for inviting me. "(誘ってくれてありがとう)とは誘いを断る表現である。 また、では、で帰りがけの客にその気がないのに「ぶぶづけ()でもあがっておいきやす」と愛想を言うとされる(出典は「京のぶぶづけ」「京の茶漬け」よるという )。 これらは、相手の気分を害さないように工夫した表現という意味では、広義の敬意表現と呼ぶべきものであるが、その呼吸が分からない人との間に誤解を招くおそれもある。 方言 [ ] 日本語の方言区分の一例。 大きな方言境界ほど太い線で示している。 は、全国で話されている言葉を大きく東部方言・西部方言・およびに分けている。 またそれらは、・・・・・・・・(出雲・伯耆)・・(豊前・豊後・日向)・(筑紫・肥前・肥後)・(薩摩・大隅)・・・先島諸島に区画された。 これらの分類は、今日でもなお一般的に用いられる。 なお、このうち奄美・沖縄・先島の言葉は、日本語の一方言(琉球方言)とする立場と、独立言語としてとする立場とがある。 また、は、近畿・四国を主とする内輪方言、関東・中部・中国・九州北部の一部を主とする中輪方言、北海道・東北・九州の大部分を主とする外輪方言、沖縄地方を主とする南島方言に分類した。 この分類は、アクセントや音韻、文法の特徴が畿内を中心に輪を描くことに着目したものである。 このほか、幾人かの研究者により方言区画案が示されている。 一つの方言区画の内部も変化に富んでいる。 たとえば、は近畿方言の地域に属するが、や周辺ではその地域だけ東京式アクセントが使われ、さらに下北山村池原にはまた別体系のアクセントがあって東京式の地域に取り囲まれている。 伊吹町()では、のアクセント体系が残存しているといわれる (異説もある )。 これらは特に顕著な特徴を示す例であるが、どのような狭い地域にも、その土地としての言葉の体系がある。 したがって、「どの地点のことばも、等しく記録に価する 」ものである。 詳細は「」を参照 東西の文法 [ ] 一般に、方言差が話題になるときには、文法の東西の差異が取り上げられることが多い。 ととの間には、およそ次のような違いがある。 否定辞に東で「ナイ」、西で「ン」を用いる。 完了形には、東で「テル」を、西で「トル」を用いる。 断定には、東で「ダ」を、西で「ジャ」または「ヤ」を用いる。 アワ行のは、東では「カッタ(買)」と促音便に、西では「コータ」とウ音便になる。 形容詞連用形は、東では「ハヤク(ナル)」のように非音便形を用いるが、西では「ハヨー(ナル)」のようにウ音便形を用いるなどである。 方言の東西対立の境界は、画然と引けるものではなく、どの特徴を取り上げるかによって少なからず変わってくる。 しかし、おおむね、日本海側は西端の、太平洋側はが境界線(糸魚川・浜名湖線)とされることが多い。 糸魚川西方には難所があり、その南にはが連なって東西の交通を妨げていたことが、東西方言を形成した一因とみられる。 日本語のアクセント分布 日本語のアクセントは、方言ごとの違いが大きい。 日本語のアクセント体系はいくつかの種類に分けられるが、特に広範囲で話され話者数も多いのはとの2つである。 東京式アクセントは下がり目の位置のみを弁別するが、京阪式アクセントは下がり目の位置に加えて第1拍の高低を弁別する。 一般にはアクセントの違いは日本語の東西の違いとして語られることが多いが、実際の分布は単純な東西対立ではなく、東京式アクセントは概ね、北部、西部、、の大部分、、南西部、北東部に分布しており、京阪式アクセントは・四国地方のそれぞれ大部分との一部に分布している。 すなわち、近畿地方を中心とした地域に京阪式アクセント地帯が広がり、その東西を東京式アクセント地域が挟む形になっている。 日本語の標準語・共通語のアクセントは、東京ののものを基盤にしているため東京式アクセントである。 九州西南部や沖縄の一部には型の種類が2種類になっているが分布し、などには型の種類が1種類になっているが分布する。 また、やなどのアクセントは、音の下がり目ではなく上がり目を弁別する。 これら有アクセントの方言に対し、東北地方南部から関東地方北東部にかけての地域や、九州の東京式アクセント地帯と二型アクセント地帯に挟まれた地域などには、話者にアクセントの知覚がなく、どこを高くするという決まりがない(崩壊アクセント)の地域がある。 これらのアクセント大区分の中にも様々な変種があり、さらにそれぞれの体系の中間型や別派なども存在する。 「花が」が東京で「低高低」、京都で「高低低」と発音されるように、単語のアクセントは地方によって異なる。 ただし、それぞれの地方のアクセント体系は互いにまったく無関係に成り立っているのではない。 多くの場合において規則的な対応が見られる。 たとえば、「花が」「山が」「池が」を東京ではいずれも「低高低」と発音するが、京都ではいずれも「高低低」と発音し、「水が」「鳥が」「風が」は東京ではいずれも「低高高」と発音するのに対して京都ではいずれも「高高高」と発音する。 また、「松が」「空が」「海が」は東京ではいずれも「高低低」と発音されるのに対し、京都ではいずれも「低低高」と発音される。 このように、ある地方で同じアクセントの型にまとめられる語群(と呼ぶ)は、他の地方でも同じ型に属することが一般的に観察される。 この事実は、日本の方言アクセントが、過去の同一のアクセント体系から分かれ出たことを意味する。 はこれを原始日本語のアクセントと称し 、これが分岐し互いに反対の方向に変化して、東京式と京阪式を生じたと考えた。 現在有力な説は、の(式アクセント)が日本語アクセントの祖体系で、現在の諸方言アクセントのほとんどはこれが順次変化を起こした結果生じたとするものである( や奥村三雄 )。 一方で、地方の無アクセントと中央の京阪式アクセントの接触で諸方言のアクセントが生じたとする説(山口幸洋 )もある。 詳細は「」を参照 発音の特徴によって本土方言を大きく区分すると、表日本方言、、薩隅(鹿児島)式方言に分けることができる。 表日本方言は共通語に近い音韻体系を持つ。 裏日本式の音韻体系は、東北地方を中心に、北海道沿岸部や新潟県越後北部、関東北東部(茨城県・栃木県)と、とんで島根県出雲地方を中心とした地域に分布する。 その特徴は、イ段とウ段の母音にを用いることと、エが狭くイに近いことである。 関東のうち千葉県や埼玉県東部などと、越後中部・佐渡・富山県・石川県能登の方言は裏日本式と表日本式の中間である。 また薩隅式方言は、大量の母音脱落によりを多く持っている点で他方言と対立している。 以外の九州の方言は、薩隅式と表日本式の中間である。 また、母音は、東日本や北陸、出雲付近、九州でしやすく、東海、近畿、中国、四国では無声化しにくい。 またこれとは別に、近畿・四国(・北陸)とそれ以外での対立がある。 また、西日本(九州・山陰・北陸除く)はを強くを弱く発音し、東日本や九州は子音を強く母音を弱く発音する傾向がある。 歴史 [ ] 「」、「」、「」、および「」も参照 音韻史 [ ] 母音・子音 [ ] 母音の数は、およびそれ以前には現在よりも多かったと考えられる。 は、江戸時代のの研究を再評価し 、や『』などのにおいて「き・ひ・み・け・へ・め・こ・そ・と・の・も・よ・ろ」の表記に2種類の仮名が存在することを指摘した(甲類・乙類と称する。 「も」は『古事記』のみで区別される)。 橋本は、これらの仮名の区別は音韻上の区別に基づくもので、特に母音の差によるものと考えた。 橋本の説は、後続の研究者らによって、「母音の数がアイウエオ五つでなく、合計八を数えるもの 」という8母音説と受け取られ、定説化した(異説として、の6母音説 などがある)。 8母音の区別はにはなくなり、現在のように5母音になったとみられる。 なお、上代日本語の語彙では、母音の出現の仕方がやのの法則に類似しているとされる。 「」の子音は、以前には [p] であったとみられる。 すなわち、「はな(花)」は [pana](パナ)のように発音された可能性がある。 中世末期に、で当時の日本語を記述したが多く残されているが、そこでは「」の文字が「fa, fi, fu, fe, fo」で転写されており、当時の「は行」は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」に近い発音であったことが分かる。 現代でも引き続きこのように発音されている。 また、関西で「う」を唇を丸めて発音する()のに対し、関東では唇を丸めずに発音するが、これもの例ととらえることができる。 「」の「え」 [je] の音が古代に存在したことは、「」の「え」の仮名と別の文字で書き分けられていたことから明らかである。 平安時代初期に成立したと見られる「」には「え」が2つ含まれており、「あ行」と「や行」の区別を示すものと考えられる。 この区別はの頃にはなくなっていたとみられ 、970年成立の『』に収録される「」では「あ行」の「え」しかない。 この頃には「あ行」と「や行」の「え」の発音はともに [je] になっていた(参照)。 今日、鼻濁音を表記する時は、「か行」の文字に半濁点を付して「 カ􁟴ミ(鏡)」のように書くこともある。 16世紀末のではそれぞれ「ji・gi」「zu・zzu」など異なるローマ字で表されており、当時はまだ発音の区別があったことが分かるが、当時既に混同が始まっていたことも記録されている。 17世紀末頃には発音の区別は京都ではほぼ消滅したと考えられている(今も区別している方言もある )。 関東では室町時代末にすでに [se], [ze] の発音であったが、これはやがて西日本にも広がり、19世紀中頃には京都でも一般化した。 ハ行転呼 [ ] 詳細は「」を参照 平安時代以降、語中・語尾の「は行」音が「」音に変化するが起こった。 「はは(母)」も、では「faua」(ハワ)と記された例があるなど、他の語と同様にハ行転呼が起こっていたことが知られる。 平安時代末頃には、• 「い」と「」(および語中・語尾の「ひ」)• 「え」と「」(および語中・語尾の「へ」)• 「お」と「を」(および語中・語尾の「ほ」) が同一に帰した。 3が同音になったのは11世紀末頃、1と2が同音になったのは12世紀末頃と考えられている。 の『下官集』()では「お」・「を」、「い」・「ゐ」・「ひ」、「え」・「ゑ」・「へ」の仮名の書き分けが問題になっている。 当時の発音は、1は現在の [i](イ)、2は [je](イェ)、3は [wo](ウォ)のようであった。 3が現在のように [o](オ)になったのは江戸時代であったとみられる。 の『音曲玉淵集』では、「お」「を」を「ウォ」と発音しないように説いている。 2が現在のように [e](エ)になったのは、『東雅』総論の記述からすれば早くとも元禄享保頃(末から18世紀初頭)以降 、『謳曲英華抄』の記述からすれば18世紀中葉頃とみられる。 音便現象 [ ] 詳細は「」を参照 平安時代から、発音を簡便にするために単語の音を変える現象が少しずつ見られるようになった。 「次(つ)ぎて」を「次いで」とするなどの イ音便、「詳(くは)しくす」を「詳しうす」とするなどの ウ音便、「発(た)ちて」を「発って」とするなどの 促音便、「飛びて」を「飛んで」とするなどの 撥音便が現れた。 『』にも、「いみじく」を「いみじう」とするなどのウ音便が多く、また、少数ながら「苦しき」を「苦しい」とするなどのイ音便の例も見出される。 以降になると、音便は口語では盛んに用いられるようになった。 中世には、「差して」を「差いて」、「挟みて」を「挟うで」、「及びて」を「及うで」などのように、今の共通語にはない音便形も見られた。 これらの形は、今日でも各地に残っている。 連音上の現象 [ ] ・には(れんじょう)の傾向が盛んになった。 口をやや開ける前者を 開音、口をすぼめる後者を 合音と呼ぶ。 京都では、一般の話し言葉では17世紀に開合の区別は失われた。 しかし方言によっては今も開合の区別が残っているものもある。 外来の音韻 [ ] が日本で用いられるようになると、古来の日本に無かった「クヮ・グヮ」「クヰ・グヰ」「クヱ・グヱ」の音が発音されるようになった。 当初は外来音の意識が強かったが、平安時代以降は普段の日本語に用いられるようになったとみられる。 ただし「クヰ・グヰ」「クヱ・グヱ」の寿命は短く、13世紀には「キ・ギ」「ケ・ゲ」に統合された。 「クヮ」「グヮ」は中世を通じて使われていたが、室町時代にはすでに「カ・ガ」との間で混同が始まっていた。 江戸時代には混同が進んでいき、江戸では18世紀中頃には直音の「カ・ガ」が一般化した。 ただし一部の方言には今も残っている。 漢語は平安時代頃までは原語である中国語に近く発音され、日本語の音韻体系とは別個のものと意識されていた。 [-t] は開音節化したチ、ツの形も現れたが、子音終わりの [-t] の形も17世紀末まで並存して使われていた。 室町時代末期のキリシタン資料には、「butmet」(仏滅)、「bat」(罰)などの語形が記録されている。 江戸時代に入ると開音節の形が完全に一般化した。 近代以降には、(特に)の音の影響で新しい音が使われ始めた。 比較的一般化した「シェ・チェ・ツァ・ツェ・ツォ・ティ・ファ・フィ・フェ・フォ・ジェ・ディ・デュ」などの音に加え、場合によっては、「イェ・ウィ・ウェ・ウォ・クァ・クィ・クェ・クォ・ツィ・トゥ・グァ・ドゥ・テュ・フュ」などの音も使われる。 これらは、子音・母音のそれぞれを取ってみれば、従来の日本語にあったものである。 「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ・ヴュ」のように、これまで無かった音は、書き言葉では書き分けても、実際に発音されることは少ない。 文法史 [ ] 活用の変化 [ ] 動詞の活用種類は、には9種類であった。 すなわち、・・・・・・・・に分かれていた。 これが時代とともに統合され、には5種類に減った。 上二段は上一段に、下二段は下一段にそれぞれ統合され、ナ変(「死ぬ」など)・ラ変(「有り」など)は四段に統合された。 これらの変化は、古代から中世にかけて個別的に起こった例もあるが、顕著になったのは江戸時代に入ってからのことである。 ただし、ナ変は近代に入ってもなお使用されることがあった。 このうち、最も規模の大きな変化は二段活用の一段化である。 それでも、江戸時代前期には京阪でも見られるようになり、後期には一般化した。 すなわち、今日の「起きる」は、平安時代には「き・き・く・くる・くれ・きよ」のように「き・く」の2段に活用したが、江戸時代には「き・き・きる・きる・きれ・きよ(きろ)」のように「き」の1段だけで活用するようになった。 また、今日の「明ける」は、平安時代には「け・く」の2段に活用したが、江戸時代には「け」の1段だけで活用するようになった。 しかも、この変化の過程では、が起こっているため、・頃には、前後の時代とは異なった活用の仕方になっている。 次に時代ごとの活用を対照した表を掲げる。 現代の語形 時代 語幹 未然 連用 終止 連体 已然 命令 起きる 平安 お き き く くる くれ きよ 室町 き き くる くる くれ きよ 江戸 き き きる きる きれ きよ(きろ) 明ける 平安 あ け け く くる くれ けよ 室町 け け くる くる くれ けよ 江戸 け け ける ける けれ けよ(けろ) 死ぬ 平安 し な に ぬ ぬる ぬれ ね 室町 〜 近代 な に ぬる ぬる ぬれ ね な に ぬ ぬ ね ね 有る 平安 あ ら り り る れ れ 室町 ら り る る れ れ 江戸 ら り る る れ れ 形容詞は、平安時代には「く・く・し・き・けれ(から・かり・かる・かれ)」のように活用したク活用と、「しく・しく・し・しき・しけれ(しから・しかり・しかる・しかれ)」のシク活用が存在した。 この区別は、とともに消滅し、形容詞の活用種類は一つになった。 今日では、文法用語の上で、四段活用が五段活用(実質的には同じ)と称され、が仮定形と称されるようになったものの、活用の種類および活用形は基本的に江戸時代と同様である。 係り結びとその崩壊 [ ] かつての日本語には、と称される文法規則があった。 文中の特定の語を「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」などの係助詞で受け、かつまた、文末を(「ぞ」「なむ」「や」「か」の場合)または(「こそ」の場合)で結ぶものである(には、「こそ」も連体形で結んだ)。 係り結びをどう用いるかによって、文全体の意味に明確な違いが出た。 たとえば、「山里は、冬、寂しさ増さりけり」という文において、「冬」という語を「ぞ」で受けると、「山里は冬 ぞ寂しさ増さり ける」(『』)という形になり、「山里で寂しさが増すのは、ほかでもない冬だ」と告知する文になる。 また仮に、「山里」を「ぞ」で受けると、「山里 ぞ冬は寂しさ増さり ける」という形になり、「冬に寂しさが増すのは、ほかでもない山里だ」と告知する文になる。 ところが、中世には、「ぞ」「こそ」などの係助詞は次第に形式化の度合いを強め、単に上の語を強調する意味しか持たなくなった。 そうなると、係助詞を使っても、文末を連体形または已然形で結ばない例も見られるようになる。 また、逆に、係助詞を使わないのに、文末が連体形で結ばれる例も多くなってくる。 こうして、係り結びは次第に崩壊していった。 今日の口語文には、規則的な係り結びは存在しない。 ただし、「貧乏で こそあれ、彼は辛抱強い」「進む道 こそ違え、考え方は同じ」のような形で化石的に残っている。 終止・連体形の合一 [ ] 活用語のうち、四段活用以外の動詞・形容詞・形容動詞および多くの助動詞は、平安時代には、ととが異なる形態を採っていた。 たとえば、動詞は「対面す。 」(終止形)と「対面する(とき)」(連体形)のようであった。 ところが、係り結びの形式化とともに、上に係助詞がないのに文末を連体形止め(「対面する。 」)にする例が多く見られるようになった。 たとえば、『』には、 — 『源氏物語』若紫巻 などの言い方があるが、本来ならば「見おろさる」の形で終止すべきものである。 このような例は、中世には一般化した。 その結果、動詞・形容詞および助動詞は、形態上、連体形と終止形との区別がなくなった。 形容動詞は、終止形・連体形活用語尾がともに「なる」になり、さらに語形変化を起こして「な」となった。 たとえば、「辛労なり」は、終止形・連体形とも「辛労な」となった。 もっとも、終止形には、むしろ「にてある」から来た「ぢや」が用いられることが普通であった。 したがって、終止形は「辛労ぢや」、連体形は「辛労な」のようになった。 「ぢや」は主として上方で用いられ、東国では「だ」が用いられた。 今日の共通語も東国語の系統を引いており、終止形語尾は「だ」、連体形語尾は「な」となっている。 このことは、用言の活用に連体形・終止形の両形を区別すべき根拠の一つとなっている。 文語の終止形が化石的に残っている場合もある。 文語の助動詞「たり」「なり」の終止形は、今日でも並立助詞として残り、「行ったり来たり」「大なり小なり」といった形で使われている。 可能動詞 [ ] 今日、「漢字が書ける」「酒が飲める」などと用いる、いわゆる可能動詞は、には発生していた。 この時期には、「読む」から「読むる」(=読むことができる)が、「持つ」から「持つる」(=持つことができる)が作られるなど、の動詞を元にして、可能を表すの動詞が作られ始めた。 これらの動詞は、やがて一段化して、「読める」「持てる」のような語形で用いられるようになった。 これらの可能動詞は、前期の上方でも用いられ、後期の江戸では普通に使われるようになった。 従来の日本語にも、「(刀を)抜く時」に対して「(刀が自然に)抜くる時(抜ける時)」のように、四段動詞の「抜く」と下二段動詞の「抜く」(抜ける)とが対応する例は多く存在した。 この場合、後者は、「自然にそうなる」という自然生起(自発)を表した。 そこから類推した結果、「文字を読む」に対して「文字が読むる(読める)」などの可能動詞が出来上がったものと考えられる。 近代以降、とりわけ大正時代以降には、この語法を四段動詞のみならず一段動詞にも及ぼす、いわゆる「」が広がり始めた。 「見られる」を「見れる」、「食べられる」を「食べれる」、「来られる」を「来れる」、「居(い)られる」を「居(い)れる」という類である。 この語法は、地方によっては早く一般化し、第二次世界大戦後には全国的に顕著になっている。 受け身表現 [ ] 受け身の表現において、人物以外が主語になる例は、近代以前には乏しい。 もともと、日本語の受け身表現は、自分の意志ではどうにもならない「自然生起」の用法の一種であった。 したがって、物が受け身表現の主語になることはほとんどなかった。 『』の「にくきもの」に — 『』1906年 のような欧文風の受け身が用いられている。 語彙史 [ ] 漢語の勢力拡大 [ ] 漢語(の語彙)が日本語の中に入り始めたのはかなり古く、文献以前の時代にさかのぼると考えられる。 今日和語と扱われる「ウメ(梅)」「ウマ(馬)」なども、元々は漢語からの借用語であった可能性がある。 当初、漢語は一部の識字層に用いられ、それ以外の大多数の日本人は和語(大和言葉)を使うという状況であったと推測される。 しかし、中国の文物・思想の流入や仏教の普及などにつれて、漢語は徐々に一般の日本語に取り入れられていった。 漢語が再び勢力を伸張したのは幕末から明治時代にかけてである。 「電信」「鉄道」「政党」「主義」「哲学」その他、西洋の文物を漢語により翻訳した(新漢語。 古典中国語にない語を特にという)。 幕末の『都鄙新聞』の記事によれば、京都祇園の芸者も漢語を好み、「霖雨ニ盆池ノ金魚ガ脱走シ、火鉢ガ因循シテヰル」(長雨で池があふれて金魚がどこかへ行った、火鉢の火がなかなかつかない)などと言っていたという。 の『』の中では、お勢という女学生が 私の言葉には漢語が雑ざるから全然何を言ッたのだか解りませんて…… と、漢語の理解できない下女を見下す様子が描かれている。 漢語の勢力は今日まで拡大を続けている。 雑誌調査では、延べ語数・異なり語数ともに和語を上回り、全体の半数近くに及ぶまでになっている (「」参照)。 外来語の勢力拡大 [ ] 漢語を除き、他言語の語彙を借用することは、古代にはそれほど多くなかった。 このうち、の語彙は、多く漢語に取り入れられた後に、と共に日本に伝えられた。 「」「」「」などがその例である。 また、今日ではと扱われる「ほとけ()」「かわら()」なども梵語由来であるとされる。 西洋語が輸入され始めたのは、中世に宣教師が来日した時期以降である。 には、から「カステラ」「コンペイトウ」「サラサ」「ジュバン」「タバコ」「バテレン」「ビロード」などの語が取り入れられた。 「」など一部も用いられた。 にも、「カッパ(合羽)」「カルタ」「チョッキ」「パン」「ボタン」などのポルトガル語、「エニシダ」などのスペイン語が用いられるようになった。 また、江戸時代には、などの興隆とともに、「アルコール」「エレキ」「ガラス」「コーヒー」「ソーダ」「ドンタク」などのが伝えられた。 幕末から以後には、英語を中心とする外来語が急増した。 「ステンション(駅)」「テレガラフ(電信)」など、今日では普通使われない語で、当時一般に使われていたものもあった。 『当世書生気質』 1885 には書生のせりふの中に「我輩の時計(ウオツチ)ではまだ十分(テンミニツ)位あるから、急いて行きよつたら、大丈夫ぢゃらう」「想ふに又貸とは遁辞(プレテキスト)で、七(セブン)〔=質屋〕へ典(ポウン)した歟(か)、売(セル)したに相違ない」などという英語が多く出てくる。 このような語のうち、日本語として定着した語も多い。 が激しくなるにつれて、外来語を禁止または自粛する風潮も起こったが、戦後はアメリカ発の外来語が爆発的に多くなった。 現在では、・機関・技術の発達により、新しい外来語が瞬時に広まる状況が生まれている。 語彙の増加と品詞 [ ] 漢語が日本語に取り入れられた結果、名詞・サ変動詞・形容動詞の語彙が特に増大することになった。 漢語は活用しない語であり、本質的には(名詞)として取り入れられたが 、「す」をつければ動詞(例、祈念す)、「なり」をつければ(例、神妙なり)として用いることができた。 漢語により、厳密な概念を簡潔に表現することが可能になった。 一般に、和語は一語が広い意味で使われる。 たとえば、「とる」という動詞は、「資格をとる」「栄養をとる」「血液をとる」「新人をとる」「映画をとる」のように用いられる。 ところが、漢語を用いて、「取得する(取得す)」「摂取する」「採取する」「採用する」「撮影する」などと、さまざまなサ変動詞で区別して表現することができるようになった。 また、日本語の「きよい(きよし)」という形容詞は意味が広いが、漢語を用いて、「清潔だ(清潔なり)」「清浄だ」「清澄だ」「清冽だ」「清純だ」などの形容動詞によって厳密に表現することができるようになった。 外来語は、漢語ほど高いを持たないものの、漢語と同様に、特に名詞・サ変動詞・形容動詞の部分で日本語の語彙を豊富にした。 「インキ」「バケツ」「テーブル」など名詞として用いられるほか、「する」を付けて「スケッチする」「サービスする」などのサ変動詞として、また、「だ」をつけて「ロマンチックだ」「センチメンタルだ」などの形容動詞として用いられるようになった。 漢語・外来語の増加によって、形容詞と形容動詞の勢力が逆転した。 元来、和語には形容詞・形容動詞ともに少なかったが、数の上では、形容詞が形容表現の中心であり、形容動詞がそれを補う形であった。 『』では名詞59. ところが、漢語・外来語を語幹とした形容動詞が漸増したため、現代語では形容動詞が形容詞を上回るに至っている(「」の節参照)。 ただし、一方で漢語・外来語に由来する名詞・サ変動詞なども増えているため、語彙全体から見ればなお形容詞・形容動詞の割合は少ない。 形容詞の造語力は今日ではほとんど失われており、近代以降のみ確例のある新しい形容詞は「甘酸っぱい」「黄色い」「四角い」「粘っこい」などわずかにすぎない。 一方、形容動詞は今日に至るまで高い造語力を保っている。 特に、「科学的だ」「人間的だ」など接尾語「的」を付けた語の大多数や、「エレガントだ」「クリーンだ」など外来語に由来するものは近代以降の新語である。 しかも、新しい形容動詞の多くは漢語・外来語を語幹とするものである。 現代雑誌の調査によれば、形容動詞で語種のはっきりしているもののうち、和語は2割ほどであり、漢語は3割強、外来語は4割強という状況である。 表記史 [ ] 仮名の誕生 [ ] 元来、日本に文字と呼べるものはなく、言葉を表記するためには中国渡来のを用いた(いわゆるは後世の偽作とされている )。 漢字の記された遺物の例としては、のものとされる福岡市出土の「」などもあるが、本格的に使用されたのはより後年とみられる。 『』によれば、の時代に百済の学者が「論語十巻、千字文一巻」を携えて来日したとある。 出土の銘()には、雄略天皇と目される人名を含む漢字が刻まれている。 「隅田八幡神社鏡銘」()は純漢文で記されている。 このような史料から、大和政権の勢力伸長とともに漢字使用域も拡大されたことが推測される。 漢字で和歌などのを記す際、「波都波流能(はつはるの)」のように日本語の1音1音を漢字の音(または訓)を借りて写すことがあった。 この表記方式を用いた資料の代表が『』()であるため、この表記のことを「」という(すでに中頃の木簡に例が見られる )。 には万葉仮名の字体をより崩した「草仮名」が生まれ(『讃岐国戸籍帳』の「藤原有年申文」など)、さらに、草仮名をより崩したの誕生をみるに至った。 これによって、初めて日本語を自由に記すことが可能になった。 平仮名を自在に操った王朝文学は、初頭の『』などに始まり、の『』などの物語作品群で頂点を迎えた。 僧侶や学者らが漢文をする際には、漢字の隅に点を打ち、その位置によって「て」「に」「を」「は」などの助詞その他を表すことがあった(ヲコト点)。 しかし、次第に万葉仮名を添えて助詞などを示すことが一般化した。 やがて、それらは、字画の省かれた簡略なになった。 平仮名も、片仮名も、発生当初から、1つのに対して複数の文字が使われていた。 1900年()に「施行規則」が出され、小学校で教える仮名は1字1音に整理された。 これ以降使われなくなった仮名を、今日ではと呼んでいる。 変体仮名は、現在でも料理屋の名などに使われることがある。 仮名遣い問題の発生 [ ] までは、発音と仮名はほぼ一致していた。 その後、発音の変化に伴って、発音と仮名とが1対1の対応をしなくなった。 ところが、「ワ」と読む文字には別に「わ」もあるため、「カワ」という発音を表記するとき、「かわ」「かは」のいずれにすべきか、判断の基準が不明になってしまった。 ここに、仮名をどう使うかというの問題が発生した。 その時々の知識人は、仮名遣いについての規範を示すこともあったが(『下官集』など)、必ずしも古い仮名遣いに忠実なものばかりではなかった(「」の節参照)。 また、従う者も、歌人、国学者など、ある種のグループに限られていた。 万人に用いられる仮名遣い規範は、明治に学校教育が始まるまで待たなければならなかった。 漢字・仮名遣いの改定 [ ] 漢字の字数・字体およびについては、近代以降、たびたび改定が議論され、また実施に移されてきた。 仮名遣いについては、早く小学校令施行規則(1900年)において、「にんぎやう(人形)」を「にんぎょー」とするなど、漢字音を発音通りにする、いわゆる「」が採用されたことがあった。 1904年から使用の『尋常小学読本』(第1期)はこの棒引き仮名遣いに従った。 しかし、これは評判が悪く、規則の改正とともに、次期1910年の教科書から元の仮名遣いに戻った。 第二次世界大戦後の1946年には、「表」「」が内閣告示された。 これに伴い、一部の漢字のに略字体が採用され、それまでのによる学校教育は廃止された。 1946年および1950年のでは、国字のローマ字化について勧告および示唆が行われ 、でも議論されたが、実現しなかった。 1948年には、の CIE の指示による読み書き能力調査が行われた。 漢字が日本人のを抑えているとの考え方に基づく調査であったが、その結果は、調査者の予想に反して日本人の識字率は高水準であったことが判明した。 1981年には、当用漢字表・現代かなづかいの制限色を薄めた「常用漢字表」および改訂「現代仮名遣い」が内閣告示された。 また、送り仮名に関しては、数次にわたる議論を経て、1973年に「送り仮名の付け方」が内閣告示され、今日に至っている。 戦後の国語政策は、必ずしも定見に支えられていたとはいえず、今に至るまで議論が続いている。 文体史 [ ] 和漢混淆文の誕生 [ ] 平安時代までは、朝廷で用いる公の書き言葉はであった。 これはベトナム・朝鮮半島などと同様である。 当初漢文は中国語音で読まれたとみられるが、日本語と中国語の音韻体系は相違が大きいため、この方法はやがて廃れ、日本語の文法・語彙を当てはめてされるようになった。 いわば、漢文を日本語に直訳しながら読むものであった。 の習慣に伴い、漢文に日本語特有の「賜」(…たまふ)や「坐」(…ます)のような語句を混ぜたり、一部を日本語の語順で記したりした「和化漢文」というべきものが生じた(のなどに見られる)。 さらには「王等臣等 乃中 尓」(『』)のように、「乃(の)」「尓(に)」といった助詞などを小書きにして添える文体が現れた。 この文体は(のりと)・(せんみょう)などに見られるため、「宣命書き」と呼ばれる。 漢文の読み添えには片仮名が用いられるようになり、やがてこれが本文中に進出して、漢文訓読体を元にした「」を形成した。 最古の例は『東大寺諷誦文稿』()とされる。 漢字片仮名交じり文では、が多用されるばかりでなく、言い回しも「甚(はなは)ダ広クシテ」「何(なん)ゾ言ハザル」のように、漢文訓読に用いられるものが多いことが特徴である。 一方、平安時代の宮廷文学の文体(和文)は、基本的にを用いるものであって、漢語は少ない。 また、漢文訓読に使う言い回しもあまりない。 たとえば、漢文訓読ふうの「甚ダ広クシテ」「何ゾ言ハザル」は、和文では「いと広う」「などかのたまはぬ」となる。 和文は、表記法から見れば、平仮名にところどころ漢字の交じる「平仮名漢字交じり文」である。 「春はあけぼの。 やうやうしろく成行山ぎはすこしあかりて……」で始まる『』の文体は典型例の一つである。 両者の文体は、やがて合わさり、『』に見られるようなが完成した。 — 『平家物語』聖主臨幸 ここでは、「強呉」「荊棘」といった漢語、「すでに」といった漢文訓読の言い回しがある一方、「かくやとおぼえて哀れなり」といった和文の語彙・言い回しも使われている。 今日、最も普通に用いられる文章は、和語と漢語を適度に交えた一種の和漢混淆文である。 「先日、友人と同道して郊外を散策した」というような漢語の多い文章と、「この間、友だちと連れだって町はずれをぶらぶら歩いた」というような和語の多い文章とを、適宜混ぜ合わせ、あるいは使い分けながら文章を綴っている。 文語文と口語文 [ ] 話し言葉は、時代と共にきわめて大きな変化を遂げるが、それに比べて、書き言葉は変化の度合いが少ない。 そのため、何百年という間には、話し言葉と書き言葉の差が生まれる。 日本語の書き言葉がひとまず成熟したのは平安時代中期であり、その頃は書き言葉・話し言葉の差は大きくなかったと考えられる。 しかしながら、中世ののうち、語り口調で書かれているものを見ると、書き言葉と話し言葉とにはすでに大きな開きが生まれていたことが窺える。 江戸時代の・の類では、会話部分は当時の話し言葉が強く反映され、地の部分の書き言葉では古来の文法に従おうとした文体が用いられている。 両者の違いは明らかである。 明治時代の書き言葉は、依然として古典文法に従おうとしていたが、単語には日常語を用いた文章も現れた。 こうした書き言葉は、一般に「普通文」と称された。 普通文は、以下のように小学校のでも用いられた。 — 『国定読本』第1期 1904 普通文は、厳密には、古典文法そのままではなく、新しい言い方も多く混じっていた。 たとえば、「解釈せらる」というべきところを「解釈さる」、「就学せしむる義務」を「就学せしむるの義務」などと言うことがあった。 そこで、文部省は新しい語法のうち一部慣用の久しいものを認め、「文法上許容スベキ事項」(1905年・)16条を告示した。 一方、明治20年代頃から、・ら文学者を中心に、書き言葉を話し言葉に近づけようとする努力が重ねられた(運動)。 二葉亭は「だ」体、美妙は「です」体、は「である」体といわれる文章をそれぞれ試みた。 このような試みが広まる中で、新聞・雑誌の記事なども話し言葉に近い文体が多くなっていく。 古来の伝統的文法に従った文章を、話し言葉を反映した文章をという。 第二次世界大戦後は、法律文などの公文書ももっぱら口語文で書かれるようになり、文語文は日常生活の場から遠のいた。 方言史 [ ] 「」も参照 近代以前 [ ] 日本語は、文献時代に入ったときにはすでに差があった。 『』の巻14「東歌」や巻20「防人歌」には当時の東国方言による歌が記録されている。 820年頃成立の『東大寺諷誦文稿』には「此当国方言、毛人方言、飛騨方言、東国方言」という記述が見え、これが国内文献で用いられた「方言」という語の最古例とされる。 平安初期の中央の人々の方言観が窺える貴重な記録である。 からにかけては、中央の文化的影響力が圧倒的であったため、方言に関する記述は断片的なものにとどまったが、、とりわけには中央の支配力が弱まり地方の力が強まった結果、地方文献に方言を反映したものがしばしば現われるようになった。 洞門抄物と呼ばれる東国系の文献が有名であるが、古文書類にもしばしば方言が登場するようになる。 から極初期にかけては、人の宣教師が数多くのを残しているが、その中に各地の方言を記録したものがある。 のことばを中心に据えながらも九州方言を多数採録した『』(1603年〜1604年)や、やなど各地の方言の言語的特徴を記した『ロドリゲス日本大文典』(1604年〜1608年)はその代表である。 この時期にはの資料も登場する。 最古期に属するものとしては、中国資料の『琉球館訳語』(16世紀前半成立)があり、琉球の言葉を音訳表記によって多数記録している。 また、1609年の島津侵攻事件でを支配下に置いたも、記録類に琉球の言葉を断片的に記録しているが、語史の資料として見た場合、[[琉球諸島 琉球諸島 [ ]]]に伝わる古代歌謡・ウムイを集めた『』(1531年〜1623年)が、質・量ともに他を圧倒している。 以来、が成立するまで、近畿方言が中央語の地位にあった。 からへの宣下がなされて以降、江戸文化が開花するとともに、の地位が高まり、には東京語が日本語のと見なされるようになった。 近代以降 [ ] 明治政府の成立後は、政治的・社会的に全国的な統一を図るため、また、近代国家として外国に対するため、言葉の統一・標準化が求められるようになった。 学校教育では「東京の中流社会」の言葉が採用され 、放送でも同様の言葉が「共通用語」()とされた。 こうしてのが確立していくにつれ、方言を矯正しようとする動きが広がった。 教育家のは、教員向けに書物を著して東北方言の矯正法を説いた。 地方の学校では方言を話した者に首から「」を下げさせるなどの罰則も行われた。 軍隊では命令伝達に支障を来さないよう、初等教育の段階で共通語の使用が指導された。 一方、戦後になると各地の方言が失われつつあることが危惧されるようになった。 は、(昭和20年代の時点で)各地の純粋な方言は80歳以上の老人の間でのみ使われているにすぎないとして、1953年から5年計画で全国の方言の録音を行った。 この録音調査には、、、、など者らが指導にあたった。 また、経済成長とともに地方から都市への人口流入が始まると、標準語と方言の軋轢が顕在化した。 1950年代後半から、地方出身者が自分の言葉を笑われたことによる自殺・事件が相次いだ。 このような情勢を受けて、方言の矯正教育もなお続けられた。 では、に、「ネサヨ運動」と称して、語尾に「〜ね」「〜さ」「〜よ」など関東方言特有の語尾をつけないようにしようとする運動が始められた。 同趣の運動は全国に広がった。 後になると、方言に対する意識に変化が見られるようになった。 方言の共通語化が進むとともに、いわゆる「方言コンプレックス」が解消に向かい、方言を大切にしようという気運が盛り上がった。 以降は、若者が言葉遊びの感覚で方言を使うことに注目が集まるようになった。 1995年にはラップ「」の関西版「SO. NA」などのが話題を呼び、報道記事にも取り上げられた。 首都圏出身の都内大学生を対象とした調査では、東京の若者の間にも関西方言が浸透していることが観察されるという。 2005年頃には、東京の女子高生たちの間でも「でら(とても)かわいいー!」「いくべ」などと各地の方言を会話に織り交ぜて使うことが流行し始め 、女子高生のための方言参考書の類も現れた。 「超おもしろい」など「超」の新用法も、もともとで発生して東京に入ったとされるが 、やの発信地が東京に限らない状況になっている(「」を参照)。

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