中国 コロナ 現状。 2秒で感染、24日潜伏、節目は2月20日…中国の専門家が指摘する新型コロナウイルスの本当に重要な数字とは

2秒で感染、24日潜伏、節目は2月20日…中国の専門家が指摘する新型コロナウイルスの本当に重要な数字とは

中国 コロナ 現状

「Getty Images」より インドの新型コロナウイルス感染者の拡大がとまらない。 5月中旬に 中国の感染者数を上回り、アジア最多となった(5月23日時点のインドの感染者数は12万5149人)。 国内で最も感染者数が多いのはムンバイであり、全体の20%を占めている。 人口13.5億人を擁するインドのモディ首相は3月24日、インド全土を都市封鎖(ロック・ダウン)すると宣言、その期限は複数回延長されている。 しかし、これにより都会で仕事を失った出稼ぎ労働者達の移動で、新型コロナウイルスの感染が地方に拡大するマイナスの結果を招いてしまった。 封鎖が長引くなか、インド政府は5月中旬に約28兆円規模の大型経済対策を発表したが、低迷する経済の下支えにどれだけ効果があるか不透明な情勢である。 2014年5月の就任以来、最大の苦境に追い込まれているモディ首相にとって「泣き面に蜂」だったのは、インド東部に20日夜、観測史上2回目のスーパーサイクロンが上陸したことである。 インドと隣国バングラデシュでは住民数百万人が避難したものの、広範囲に被害が出るのは確実である。 被害の全容は現時点で明らかになっていないが、大勢の住民が避難所に集まることで、新型コロナウイルスの感染がさらに拡大する恐れが強まっている。 筆者が最も懸念しているのは、スーパーサイクロンが上陸したインド東部は、長年中国と対立している国境紛争地域だったことである。 紛争地域はインド北東部の州のひとつであるシッキム州である。 ヒマラヤ山脈の南麓のネパールとブータンの間に位置するが、直近の5月9日にもパトロール中のインド軍と中国軍との間で小規模な衝突が発生している(インド兵4人と中国兵7人が負傷)。 米国はこの事案について20日、「現状変更に向けて利用している」として中国を非難するとともに、インドに対しては抵抗を促した。 インド国内で高まる中国への反発 インドと中国間の確執は、1962年10月から11月にかけての中印国境紛争にさかのぼる。 この紛争で惨敗を喫したインド軍は、「打倒中国」のために核兵器開発に踏み切ったとされている。 その後もインド軍と中国軍の間で偶発的な小競り合いが生じていたが、2017年以降、中国軍の攻勢が再び目立ち始めている。 中国はインドとの歴史的なつながりが深いネパールにも接近している。 首都カトマンズと中国チベット自治区を結ぶ鉄道計画を進めているネパール政府は5月18日、インドとの領有権問題の火種となっている地域を領土に含む新しい地図の発表を決定したが、インド側は「中国の関与がある」として猛反発している。

次の

2秒で感染、24日潜伏、節目は2月20日…中国の専門家が指摘する新型コロナウイルスの本当に重要な数字とは

中国 コロナ 現状

うちの中国人留学生が、YouTubeを流しながら作業をしていた。 内容を尋ねたら、新型コロナウイルスに関する台湾のニュース番組とのこと。 多数の専門家を招いて詳しく報道しているらしい。 日本のニュースはどうかと聞いたら、中国政府の発表をそのまま報道しているだけで、全く役に立たないと酷評した。 — Hideki Kakeya hkakeya その後、なぜ日本のマスコミと政府は何もしないのかと聞かれた。 日本の高学歴者は皆事なかれ主義で特別なことはしたくない、周りの顔色を窺うだけだと回答。 中国マネーや大学の左寄りの教育に影響された中国政府シンパも一部いると補足。 それなら、中国の役人と何も変わらないと言われた。 — Hideki Kakeya hkakeya 新型コロナウイルスのニュースに関しては、欧米からとるのが速いですね。 ドイツやアメリカから取得しています。 WHOはかなり遅く、しかも中国寄りで、使えません。 日本は論外。 中国では、人民日報の姉妹紙Grobaltimeが、少しましかなと思います。 台湾のニュース番組は確かにいいかもしれないですね。 — ニキータドットコム@新型肺炎コロナウイルス、気をつけて StudyHacks81 中国人留学生の方が、日本の現状を知っている。

次の

中国はなぜコロナ大拡散から抜け出せたのか?(遠藤誉)

中国 コロナ 現状

中国がコロナから抜け出せたのは一党支配体制だからだという側面は否定しないが、しかしそれより大きいのは鍾南山という「体制に屈しない気骨の免疫学者」がいたからだ。 ウイルスの前に一党支配体制はむしろ脆弱だ。 1960年に北京医学院(現在の北京大学医学部)を卒業し、文化大革命時には下放され、文革が終わった1979年にイギリスのエディンバラ大学に。 1992年から広州医学院院長(現在の広州医科大学学長に相当)などを務めた。 父親は北京協和医学院とニューヨーク州立大学を卒業し、広東省の中山医学院の教授になり、母親も協和医科大学を卒業後、広東省で華南腫瘍医院を創設し副院長を務めたが、文化大革命で知識人として糾弾され自殺している。 このことが大きな原因の一つになっているのだろう。 鍾南山は「反体制」とまでは言わないにしろ、体制におもねることがない。 2002年に発生し、2003年に大流行したSARS(サーズ。 重症性呼吸器症候群)の時には、感染の中心地となった広東省で広州市呼吸器疾病研究所の所長として異常を察知し、SARSの脅威を隠蔽しようとする江沢民政権に対して異議を唱え、事態の深刻さを訴えた。 結果、SARSの(あれ以上の)拡大を抑えることに成功している。 以来、民族の英雄として人民の尊敬を集めている。 武漢政府を信じていなかったので病院に行ったというのがキーポイントである。 そこで「人から人への感染」があることと、「これはSARS以上の危機をもたらすかもしれない」と一瞬で見抜き、李克強(国務院総理)に知らせたことから、習近平(国家主席)の知るところとなり、1月20日に習近平に「重要指示」を出させるに至った経緯がある。 そのころ習近平はのんびりとミャンマー訪問や雲南の春節巡りなどをしていたのだから、話にならない。 鍾南山の緊急要請がなかったら、コロナ被害は現在の何倍に拡大していたか、収拾がつかない状況になっていただろう。 武漢から爆発的に湧き上がる感染者の全国拡散を食い止めるには、先ず武漢を封鎖すること。 そのアドバイスも直接李克強に与え、李克強から習近平に伝えられて断行に至った。 しかし溢れ出る患者の数と病院のベッド数がバランスを崩すと医療崩壊を起こす。 そこで何が何でも医療従事者と医療施設を火急速やかに整備しなければならないと陣頭指揮を執ったのも鍾南山だ。 SARSの時に北京に作らせた方艙(ほうそう)医院(野外病院のような緊急対応のコンテナ病院)である小湯山と同じ発想のものを武漢に突貫工事で作らせた。 最初は重症患者を入院させる火神山医院と雷神山医院を10日間ほどで建ちあげ、軽症患者には自宅隔離を命じたが、自宅にいて家族に感染させたり、全く外出しないというわけにはいかないので周辺住民にも感染が広がったり、軽症者が重症化するケースも目立った。 これでは感染は防げないということで、方艙医院を増築させ、16棟にまで至っている。 それでも足りずに体育館や市民会館など使えるものは全て使って患者を全て収容した。 重症化した場合も対応がスムーズにいった。 そしてマスク着用、アルコール消毒などを市民に徹底させ、未感染者に感染することを防ぎ、徹底した「早期発見」と「早期治療」を可能ならしめるために、ともかく検査キットの緊急な充足を断行させた。 そこで着想したのが3月15日のに書いた「一省包一市」方式である。 感染者は武漢市から湖北省全体に広がっていたので(湖北省もほぼ封鎖に近い隔離状態になっていたが)、中国全土の19の省(直轄市・省・自治区)から医療支援部隊を湖北省の16の地区にそれぞれ派遣して医療体制を補完し構築したのである。 武漢市には全国の医療部隊が集中的に派遣されており、人民解放軍の医療部隊も総動員された。 その数はである。 ウイルスが蔓延すれば、一党支配体制は間違いなく崩壊する。 民主主義国家ではないので、中国共産党の政権が崩壊すれば、政権交代ではなく、「国家が崩壊する」。 それが一党支配体制の脆弱性だ。 そこで鍾南山のアドバイスと提言を最大限に活用しながら、「それはこの俺が決意し断行したことだ」と「他人の業績を自分のものとして自慢している(摘桃子)」わけだ。 この「他人の業績」の「他人」は李克強だろうと思われがちだが、これは2月10日のに書いたように、習近平がミャンマー訪問や雲南の春節巡りなどをしていたために李克強が北京にいて「留守を守っていた」だけであって、李克強自身に功績があったというわけではない。 中国人民の命を守るために貴重なアドバイスをし続けたのは鍾南山で、鍾南山は国家衛生健康委員会が「ハイレベル専門家チーム(専家組)」のトップ(組長)で、国家衛生健康委員会を管轄しているのは孫春蘭国務院副総理で、その上司が李克強(国務院総理)だという流れ図にあるだけのことである。 おまけに李克強は「新型コロナウイルス肺炎防御抑制領導小組(指導グループ)」の組長(トップ)なので、鍾南山は李克強の指導グループにも常に参考意見を具申する立場にあり、習近平に直接話をするのは職位の順番から言って、あくまでも李克強である。 但し、中国で最高レベルを保つ人民解放軍の医療部隊は、習近平が司る中央軍事委員会を通して、その系列から派遣されている。 3月16日現在で、まだ病院に残っている患者数は中国全土で8,976人で、治癒して退院した患者数は68,679人。 それも病院で治癒したと診断された後に、さらに2週間は隔離するという手法を取っているので、今では再感染はほぼいなくなっている。 そのシステムを作ったのも鍾南山だ。 数日前までに新規感染者数が中国全土で1桁にまで減って、これで中国は完全に「脱コロナ化」ができたと胸を張っていたのだが、一昨日辺りから突然「帰国者による再拡大」現象が起き始めている。 そこで3月17日、中国政府は「北京空港はいかなる国際便の着地も許さない」ことを決定した。 18日から中国に入る国際便は全て、北京以外の空港で乗客を降ろすことにし、かつ乗客は必ず14日間の隔離を強要される。 そうしてでも、感染者の再燃を防ぐことに必死である。 しかし、湖北省、特に武漢市のコロナに対する「ハイレベル専門家チーム」はあくまでも臨時的な組織で、その役割は終わったというだけのことである。 このチームも解散し、国務院の下で科学技術部が主導する「新型冠状病毒感染的肺炎疫情聯防聯控工作機制科研攻関専家組」という長い名前の専門家チームなどは残っており、鍾南山はそのリーダーを務めている。 鍾南山が、、それが機能しているわけだ。 海外中文情報にあるという趣旨の記事からも、彼の姿勢が窺われる。 彼が行政側の人間であるなら話は別だが、彼は権力を嫌うので自由に生きている。 ただ疾病に関する事業に従事しているだけで、何ら責められるべきものはないだろう。 エルメスのベルトにしてみたところで、3000円で買える偽物であるかもしれず、その誹謗記事では「お坊ちゃまのエルメスベルトが眩しすぎる」とあるが、息子(鐘帷徳氏)自身、れっきとした医者であり大学教授(広州市第一人民医院の教授。 泌尿器科の権威)。 本物のエルメスベルトだとしても10万円程度だ。 筆者は客観的事実に基づくファクトしか書かないことをモットーとしているが、少しでも中国の「ある要素」を肯定する記事を書くと、すぐに誹謗中傷したがる一部の人たちに、予め鍾南山を誹謗中傷する中文記事の現実をご紹介した次第である。 以上、中国の現状をご紹介したが、中国が完全にコロナから抜け出したか否かは、全人代などの両会が開催される日を見極めてから判断した方がいいかもしれない。 (なお、本コラムはから転載した。

次の