竹 取 物語 品詞 分解。 竹取物語[かぐや姫](原文・現代語訳:全巻)

竹取物語の簡単なあらすじ・かぐや姫が5人の貴公子に課した無理難題は?

竹 取 物語 品詞 分解

スポンサーリンク 『竹取物語』は平安時代(9~10世紀頃)に成立したと推定されている日本最古の物語文学であり、子ども向けの童話である 『かぐや姫』の原型となっている古典でもあります。 『竹取物語』は、 『竹取翁の物語』や 『かぐや姫の物語』と呼ばれることもあります。 『竹取物語』は作者不詳であり成立年代も不明です。 しかし、10世紀の『大和物語』『うつほ物語』『源氏物語』、11世紀の『栄花物語』『狭衣物語』などに『竹取物語』への言及が見られることから、10世紀頃までには既に物語が作られていたと考えられます。 このウェブページでは、『かくあまたの人を賜ひて留めさせ給へど、許さぬ迎へまうで来て~』の部分の原文・現代語訳(意訳)を記しています。 参考文献 『竹取物語(全)』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),室伏信助『新装・竹取物語』(角川ソフィア文庫),阪倉篤義 『竹取物語』(岩波文庫) [古文・原文] かくあまたの人を賜ひて留めさせ給へど、許さぬ迎へまうで来て、取り率て(ゐて)まかりぬれば、口惜しく悲しきこと。 宮仕へ仕うまつらずなりぬるも、かく煩はしき身にて侍れば。 心得ずおぼし召されつらめども。 心強く承らずなりにしこと、なめげなる者におぼしめしとどめられぬるなむ、心にとまり侍りぬる。 とて、 いまはとて 天の羽衣 着る折ぞ 君をあはれと 思ひ出でける とて、壺の薬添へて、頭中将(とうのちゅうじょう)を呼び寄せて奉らす。 中将に、天人取りて伝ふ。 中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せ奉りつれば、翁をいとほし、かなしとおぼしつることも失せぬ。 この衣着つる人は、物思ひなくなりにければ、車に乗りて百人ばかり天人具して昇りぬ。 [現代語訳] (帝への手紙の内容は)このように大勢の兵士を派遣して下さって、私を引き留めようとしておられますが、この国に居ることを許さない月の国の迎えがやって来て、私を連れて行こうとしますので、残念で悲しく思っています。 宮仕えをしないままになってしまったのも、このような煩わしい身の上だったからなのです。 勅命に逆らって物事の道理を心得ない者だと思われたでしょうけど。 強情に命令を受け入れなかったことで、無礼な者だと思われてその印象を残してしまったことが、今でも心残りとなっております。 と書いて、 今はもうこれまでと思い、(地上での人間らしい感情をすべて無くしてしまうことになる)天の羽衣を着るのですが、地上の帝であるあなたのことをしみじみと思い出しております。 と歌を詠んで、その手紙に壺の不死の薬を添えて、頭中将を呼び寄せて帝に献上した。 天人が受け取って中将へと渡したのである。 中将が受け取ると、天人は素早く天の羽衣をかぐや姫に着せた。 すると、翁を愛おしい、可哀想だという心も消えてしまった。 この天の羽衣を着たかぐや姫は、人間らしい物思いの感情が無くなったので、飛ぶ車に乗って百人ほどの天人を引き連れて天へと昇っていった。 スポンサーリンク [古文・原文] その後、翁嫗、血の涙を流して惑へどかひなし。 あの書き置きし文を読みて聞かせけれど、『何せむにか命も惜しからむ。 誰が為にか。 何ごとも益なし』とて、薬も食はず、やがて起きもあがらで病み臥せり。 中将、人々引き具して帰り参りて、かぐや姫をえ戦ひ留めずなりぬる、こまごまと奏す。 薬の壺に御文添へて参らす。 広げて御覧じて、いとあはれがらせ給ひて、物も聞こしめさず、御遊びなどもなかりけり。 大臣上達部(かんだちべ)を召して、『何れの山か、天に近き』と問はせ給ふに、ある人奏す、『駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近く侍る』と奏す。 これを聞かせ給ひて、 あふことも 涙に浮かぶ わが身には 死なぬ薬も 何にかはせむ かの奉る不死の薬に、また、壺具して御使ひに賜はす。 勅使には、調石笠(つきのいわかさ)といふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべき由仰せ給ふ。 峰にてすべきやう教へさせ給ふ。 御文、不死の薬の壺並べて、火をつけて燃やすべき由仰せ給ふ。 その由承りて、兵(つわもの)どもあまた具して山へ登りけるよりなむ、その山を『ふじの山』とは名付けける。 その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ言ひ伝へたる。 [現代語訳] その後、おじいさんとおばあさんは、血の涙を流して嘆き悲しんだが、どうしようもない。 かぐや姫が書き残していった手紙を読んで聞かせたけど、『どうしてこの命を惜しむことがあろうか。 誰のためにか。 何をしても意味がない。 』と言って、薬も飲まず、起き上がらなくなって病気になり寝込んでしまった。 中将は、翁の屋敷から兵士たちを引き上げさせ、かぐや姫を引き止めるために戦おうとしたが戦うことができなかった事情を、細かく詳細に帝へと報告した。 不死の薬の壺に、かぐや姫の手紙を添えて献上した。 帝は手紙を広げて読んで、とても気持ちを揺さぶられて、食事も喉を通らず、音楽や舞踊の遊びもしなかった。 帝は大臣・高官を呼び寄せて、『どこの山が一番天に近いのか。 』と尋ねると、その中の一人が、『駿河国にあるという山が、この都にも近くて、天にも近くてございます。 』とお答えした。 これを聞いた帝は、 もうかぐや姫に会うことができず、流れる涙に浮かんでいるようなわが身にとって、不死の薬などがいったい何の役に立つというのだろうか。 帝はかぐや姫が送ってくれた不死の薬の壺に手紙を添えて、使者に渡してしまった。 調石笠という人を呼び出して勅使に任命し、駿河国にあるという高い山にこの薬の壺を持っていくようにと命令した。 そして山頂ですべきことを教えたのである。 手紙と不死の薬の壺とを並べて、火をつけて燃やすようにと命じた。 命令を承った調石笠が、大勢の兵士を引き連れて山に登ったので、その山を『富士の山(大勢の兵士に富んでいる山)』と名付けたのである。 山頂で焼いた煙は、今もまだ雲の中に立ち昇っていると言い伝えられている。

次の

竹取物語(たけとりものがたり)とは

竹 取 物語 品詞 分解

よろづ =名詞 の =格助詞 こと =名詞 に =格助詞 使ひ =ハ行四段動詞「使ふ」の連用形 けり =過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形 今は昔、竹取の 翁 おきな といふものありけり。 野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。 今となっては昔のことであるが、竹取の翁という者がいた。 野山に分け入って竹を取っては、それをさまざなことに使っていた。 名 =名詞 を =格助詞 ば =強調の係助詞。 強調する意味があるが、訳す際に無視しても構わない。 さかきの造(みやつこ) =名詞 と =格助詞 なむ =強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 いひ =ハ行四段動詞「言ふ」の連用形 ける =過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。 係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。 係り結び。 係り結びとなる係助詞は「ぞ・なむ・や・か・こそ」とあるが、「ぞ・なむ・や・か」の結びは連体形となり、「こそ」の結びは已然形となる。 「ぞ・なむ・こそ」は強調の意味である時がほとんどで、訳す際には無視して訳す感じになる。 「さかきの造と なむいひ ける。 」 名をば、さかきの 造 みやつこ となむいひける。 名を、さかきの 造 みやつこ と言った。 そ =代名詞 の =格助詞 竹 =名詞 の =格助詞 中 =名詞 に =格助詞 もと =名詞 光る =ラ行四段動詞「光る」の連体形 竹 =名詞 なむ =強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 一筋 =名詞 あり =ラ変動詞「あり」の連用形 ける =過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。 係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。 係り結び。 「ぞ・なむ・こそ」は強調の意味である時がほとんどで、訳す際には無視して訳す感じになる。 「もと光る竹なむ一筋ありける。 」 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。 その竹の中に、根本の光る竹が一本あった。 あやしがり =ラ行四段動詞「あやしがる」の連用形 て =接続助詞 寄り =ラ行四段動詞「寄る」の連用形 て =接続助詞 見る =マ行上一段動詞「見る」の連体形 に =接続助詞 筒 =名詞 の =格助詞 中 =名詞 光り =ラ行四段動詞「光る」の連用形 たり =存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。 不思議に思って近寄って見ると、筒の中が光っていた。 それ =代名詞 を =格助詞 見れ =マ行上一段動詞「見る(みる)」の已然形。 三寸 =名詞 ばかり =副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。 (限定)~だけ。 なる =断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形 人 =名詞 いと =副詞 うつくしう =シク形容詞「うつくし」の連用形の音便化したもの、かわいい、いとしい、かわいらしい て =接続助詞 ゐ =ワ行上一段動詞「居る(ゐる)」の連用形。 すわる。 とまる、とどまる。 たり =存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。 それを見ると、三寸ぐらいの人が、たいそうかわいらしく座っていた。 翁 =名詞 言ふ =ハ行四段動詞「言ふ」の連体形 やう =名詞 我 =代名詞 が =格助詞 朝ごと =名詞 夕ごと =名詞 に =格助詞 見る =マ行上一段動詞「見る」の連体形 竹 =名詞 の =格助詞 中 =名詞 に =格助詞 おはする =サ変動詞「おはす」の連体形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 にて =格助詞 知り =ラ行四段動詞「知る」の連用形 ぬ =完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 翁言ふやう、「我が朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。 翁が言うことには、「私が毎朝毎晩見回っている竹の中にいらっしゃることで、分かった。 子 =名詞 と =格助詞 なり =ラ行四段動詞「成る」の連用形 給ふ =補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 敬語を使った翁からの敬意。 べき =当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 ㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。 人 =名詞 な =断定の助動詞「なり」の連体形が音便化して無表記化されたもの。 接続は体言・連体形。 めり =推定の助動詞「めり」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。 と =格助詞 て =接続助詞 手 =名詞 に =格助詞 うち入れ =ラ行下二段動詞「うち入る」の連用形 て =接続助詞 家 =名詞 へ =格助詞 持ち =タ行四段動詞「持つ」の連用形 て =接続助詞 来 =カ変動詞「来(く)」の連用形。 直後に接続が連用形である完了の助動詞「に」があることから連用形だと判断して「来(き)」と読む。 ぬ =完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 子となり給ふべき人なめり。 」とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。 我が子とおなりになるはずの人であるようだ。 」と言って、手のひらに入れて家へ持って帰って来た。 妻(め) =名詞 の =格助詞 嫗(おうな) =名詞 に =格助詞 預け =カ行下二段動詞「預く(あづく)」の連用形 て =接続助詞 養は =ハ行四段動詞「養ふ」の未然形 す =使役の助動詞「す」の終止形、接続は未然形。 「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。 籠(こ) =名詞 に =格助詞 入れ =ラ行下二段動詞「入る」の連用形 て =接続助詞 養ふ =ハ行四段動詞「養ふ」の終止形 妻 め の 嫗 おうな にあづ けて 養 やしな はす。 うつくしきこと 限りなし。 いと幼ければ籠に入れて 養 やしな ふ。 妻の嫗に預けて育てさせる。 かわいらしいことはこの上ない。 たいそう小さいので籠に入れて育てる。 竹取の翁 =名詞 竹 =名詞 を =格助詞 取る =ラ行四段動詞「取る」の連体形 に =接続助詞 こ =代名詞 の =格助詞 子 =名詞 を =格助詞 見つけ =カ行下二段動詞「見つく」の連用形 て =接続助詞 のち =名詞 に =格助詞 竹 =名詞 取る =ラ行四段動詞「取る」の連体形 に =接続助詞 節 =名詞 を =格助詞 隔て =タ行下二段動詞「隔つ」の連用形 て =接続助詞 よごと =名詞 に =格助詞 節 よ ごと に(よごとに)=節と節との間ごとに 金 =名詞 ある =ラ変動詞「あり」の連体形 竹 =名詞 を =格助詞 見つくる =ラ行下二段動詞「見つく」の連体形 こと =名詞 重なり =ラ行四段動詞「重なる」の連用形 ぬ =完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 竹取の 翁 おきな 、竹を取るに、この子を見つけてのちに竹取るに、節を隔ててよごとに金ある竹を見つくること重なりぬ。 竹取の翁は、竹を取る際に、この子を見つけて後に竹を取ると、節を隔てて節と節との間ごとに黄金の入っている竹を見つけることがたび重なった。 かくて =接続詞、(話題を変えるときに、文頭において)さて、こうして、ところで。 副詞、こうして、このようにして 翁 =名詞 やうやう =副詞、だんだん、しだいに 豊かに =ナリ活用の形容動詞「豊かなり」の連用形 なりゆく =カ行四段動詞「なりゆく」の終止形 かくて翁やうやう豊かになりゆく。 こうして翁はだんだんと裕福になってゆく。 続きはこちら -.

次の

竹取物語『なよ竹のかぐや姫/かぐや姫の生い立ち』品詞分解のみ(1)

竹 取 物語 品詞 分解

スポンサーリンク 『竹取物語』は平安時代(9~10世紀頃)に成立したと推定されている日本最古の物語文学であり、子ども向けの童話である 『かぐや姫』の原型となっている古典でもあります。 『竹取物語』は、 『竹取翁の物語』や 『かぐや姫の物語』と呼ばれることもあります。 『竹取物語』は作者不詳であり成立年代も不明です。 しかし、10世紀の『大和物語』『うつほ物語』『源氏物語』、11世紀の『栄花物語』『狭衣物語』などに『竹取物語』への言及が見られることから、10世紀頃までには既に物語が作られていたと考えられます。 このウェブページでは、『かくあまたの人を賜ひて留めさせ給へど、許さぬ迎へまうで来て~』の部分の原文・現代語訳(意訳)を記しています。 参考文献 『竹取物語(全)』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),室伏信助『新装・竹取物語』(角川ソフィア文庫),阪倉篤義 『竹取物語』(岩波文庫) [古文・原文] かくあまたの人を賜ひて留めさせ給へど、許さぬ迎へまうで来て、取り率て(ゐて)まかりぬれば、口惜しく悲しきこと。 宮仕へ仕うまつらずなりぬるも、かく煩はしき身にて侍れば。 心得ずおぼし召されつらめども。 心強く承らずなりにしこと、なめげなる者におぼしめしとどめられぬるなむ、心にとまり侍りぬる。 とて、 いまはとて 天の羽衣 着る折ぞ 君をあはれと 思ひ出でける とて、壺の薬添へて、頭中将(とうのちゅうじょう)を呼び寄せて奉らす。 中将に、天人取りて伝ふ。 中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せ奉りつれば、翁をいとほし、かなしとおぼしつることも失せぬ。 この衣着つる人は、物思ひなくなりにければ、車に乗りて百人ばかり天人具して昇りぬ。 [現代語訳] (帝への手紙の内容は)このように大勢の兵士を派遣して下さって、私を引き留めようとしておられますが、この国に居ることを許さない月の国の迎えがやって来て、私を連れて行こうとしますので、残念で悲しく思っています。 宮仕えをしないままになってしまったのも、このような煩わしい身の上だったからなのです。 勅命に逆らって物事の道理を心得ない者だと思われたでしょうけど。 強情に命令を受け入れなかったことで、無礼な者だと思われてその印象を残してしまったことが、今でも心残りとなっております。 と書いて、 今はもうこれまでと思い、(地上での人間らしい感情をすべて無くしてしまうことになる)天の羽衣を着るのですが、地上の帝であるあなたのことをしみじみと思い出しております。 と歌を詠んで、その手紙に壺の不死の薬を添えて、頭中将を呼び寄せて帝に献上した。 天人が受け取って中将へと渡したのである。 中将が受け取ると、天人は素早く天の羽衣をかぐや姫に着せた。 すると、翁を愛おしい、可哀想だという心も消えてしまった。 この天の羽衣を着たかぐや姫は、人間らしい物思いの感情が無くなったので、飛ぶ車に乗って百人ほどの天人を引き連れて天へと昇っていった。 スポンサーリンク [古文・原文] その後、翁嫗、血の涙を流して惑へどかひなし。 あの書き置きし文を読みて聞かせけれど、『何せむにか命も惜しからむ。 誰が為にか。 何ごとも益なし』とて、薬も食はず、やがて起きもあがらで病み臥せり。 中将、人々引き具して帰り参りて、かぐや姫をえ戦ひ留めずなりぬる、こまごまと奏す。 薬の壺に御文添へて参らす。 広げて御覧じて、いとあはれがらせ給ひて、物も聞こしめさず、御遊びなどもなかりけり。 大臣上達部(かんだちべ)を召して、『何れの山か、天に近き』と問はせ給ふに、ある人奏す、『駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近く侍る』と奏す。 これを聞かせ給ひて、 あふことも 涙に浮かぶ わが身には 死なぬ薬も 何にかはせむ かの奉る不死の薬に、また、壺具して御使ひに賜はす。 勅使には、調石笠(つきのいわかさ)といふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべき由仰せ給ふ。 峰にてすべきやう教へさせ給ふ。 御文、不死の薬の壺並べて、火をつけて燃やすべき由仰せ給ふ。 その由承りて、兵(つわもの)どもあまた具して山へ登りけるよりなむ、その山を『ふじの山』とは名付けける。 その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ言ひ伝へたる。 [現代語訳] その後、おじいさんとおばあさんは、血の涙を流して嘆き悲しんだが、どうしようもない。 かぐや姫が書き残していった手紙を読んで聞かせたけど、『どうしてこの命を惜しむことがあろうか。 誰のためにか。 何をしても意味がない。 』と言って、薬も飲まず、起き上がらなくなって病気になり寝込んでしまった。 中将は、翁の屋敷から兵士たちを引き上げさせ、かぐや姫を引き止めるために戦おうとしたが戦うことができなかった事情を、細かく詳細に帝へと報告した。 不死の薬の壺に、かぐや姫の手紙を添えて献上した。 帝は手紙を広げて読んで、とても気持ちを揺さぶられて、食事も喉を通らず、音楽や舞踊の遊びもしなかった。 帝は大臣・高官を呼び寄せて、『どこの山が一番天に近いのか。 』と尋ねると、その中の一人が、『駿河国にあるという山が、この都にも近くて、天にも近くてございます。 』とお答えした。 これを聞いた帝は、 もうかぐや姫に会うことができず、流れる涙に浮かんでいるようなわが身にとって、不死の薬などがいったい何の役に立つというのだろうか。 帝はかぐや姫が送ってくれた不死の薬の壺に手紙を添えて、使者に渡してしまった。 調石笠という人を呼び出して勅使に任命し、駿河国にあるという高い山にこの薬の壺を持っていくようにと命令した。 そして山頂ですべきことを教えたのである。 手紙と不死の薬の壺とを並べて、火をつけて燃やすようにと命じた。 命令を承った調石笠が、大勢の兵士を引き連れて山に登ったので、その山を『富士の山(大勢の兵士に富んでいる山)』と名付けたのである。 山頂で焼いた煙は、今もまだ雲の中に立ち昇っていると言い伝えられている。

次の