瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ 文法。 『小倉百人一首』077「せをはやみ いはにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ」(崇徳院:すとくゐん)『詞花集』恋上・二二九 from 古文を入試から教養へ=電脳学館www.digitaleskimo.net

歴史好きの考え事: 百人一首77 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ 文法

「瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」 これは崇徳院(すとくいん)の詠んだ恋歌として非常に 有名です。 「~を~み」で、「~が~なので」という意味でしたね。 だからここは、「川の浅瀬の流れが早いので」ということ。 「末に あはむとぞ思ふ」は、「また下流で一つにまとまる」。 だからそれと同じように、 私たち二人も、たとえ今は人に恋路をジャマされても、 いつかきっと結ばれましょうね、 という歌です。 この歌はあくまでも恋愛を表現したものですが、 読み方によっては人と人との関係全般について、 あるべき心がけを諭したものともいえそうです。 それは、その日限りのご縁であることもあれば、 ひとつのプロジェクトのもとでしばらく顔を合わせることも あるでしょうし、 またそのプロジェクトが終われば解散になることもあれば 次のプロジェクトでもチームを組むということもあるでしょう。 経営者と社員という関係、 同僚同士という関係、 上司と部下、先輩・後輩の関係など、 ビジネスに携わるということは、人間関係に携わること だといえます。 広いように見えて、非常に狭いのがビジネスという世界です。 昔のような年功序列・終身雇用型ではない現代という時代は、 人材の行き来が激しく、常に流動しています。 思いもよらないところで、またばったり再会することが いくらでもあります。 そういうことがこれからますます増えてくることは 想像に難くありません。 ですからこの恋歌のごとく、「末にあはむとぞ思ふ」の精神で ひとつひとつの出会いを大切にしていかなければならない でしょう。 ふと、百人一首のこの歌を思い出したので、そんなことに 思いを馳せた次第です。

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瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ 文法

掛詞とは一つの語に、発音の同じ二つの語の意味を掛けて用いる修辞法です。 いわゆる「しゃれ」ですね。 ひらがなになっている名詞か動詞に目をつけること。 では次の例題を解いてください。 「すみ」は 平仮名になっている動詞ですね。 前に「月」とありますので、「すみ」の一方の表記は「澄み」。 これに汚れて住みにくい世の中に住む意の「住み」が掛けられています。 よって解答は「 澄み・住み」になります。 次の口語訳も見てください。 (訳)「空を眺めていると、山の端からのぼってゆく 澄みわたる月もこの世を 住みにくく感じて山に入っていく ではないか。 」 例えばセンター試験や模試などで、「 本文の和歌の解釈として正しいものを選べ」という設問だと「 澄み」と「 住み」という二つの意味で訳してあるものを解答から選ぶことになりますね。 序詞とは ある言葉を導き出すために、その前に置かれる、歌の主旨には直接関係のない修飾部分です。 基本的には和歌の最初から始まる六文字以上の例えの部分が序詞。 次の赤字の部分を見てみましょう。 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ(詞花集) (訳) 流れがはやいので、岩に二つに分けられる滝川のように別れてもその後、逢おうと思うのだ。 「小倉百人一首」にも 集されている有名な崇徳院の歌ですね。 岩に当たって二つに分かれた後に合流する滝川の水流の様子を、別れても必ず逢おうという男女の関係に例えた歌です。 一瞬、掛詞と思われる表現ですが、「われ」の前の「瀬をはやみ~滝川の」の箇所が、完全に歌の主旨とは関係のない例えになっていることがわかりますか? そうです。 これが序詞なんですよ。 「例題1」の「眺むれば」の歌と比較すればその違いがよくわかると思います。 「眺むれば」の歌は「すみ」の前の部分「眺むれば山より出でて行く月も世に」のすべてが例えにはなっていませんからね。 (訳)を見てください。 序詞と導かれる部分の関係には以下の3パターンがあります。 これらを理解し、「例題2」にチャレンジしてください。 序詞と導かれる部分の関係の3パターン 1、【意味の関係】深いことをいうための例えの関係。 飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ(古今和歌集) (訳) 飛ぶ鳥の声も聞こえない深い山奥のような深く思う気持ちをあなたは知ってほしい。 2、【音の関係】植物のあやめと文目(=道理)のような音の関係。 ほととぎす鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな(古今和歌集) (訳) ホトトギスが鳴く五月に咲く菖蒲草ではないが、ものの文目(=道理)もわからないような恋をすることよ。 3、【掛詞的な関係】衣を「張る」と「春(雨)」が掛詞。 わが背子が衣はるさめ降るほどに野辺の緑ぞ色まさりける(古今和歌集) (訳) 私の夫の衣を張るその張るではないが、春雨が降るたびごとに、野辺の緑が色濃くなっていくよ。 枕詞・縁語についての説明は後にするとして、ここでは「いづみ川」の「いづみ」と「いつみきとてか」の「いつみ」が同音になってますね。 第三句までが「いつみ」を導く序詞です。 解答はニですね。 訳も確認しておきましょう。 赤字の部分が例えになっていますね。 (訳) みかの原を分けて流れる泉川の、その名のいつみではないが、いつ見たからといってあなたのことがこんなに 恋しいのであろうか。 序詞が使用されている和歌が出題された場合、 例えの解釈となっている選択肢を正解にしてください。 ではここでもう一度おさらいをしておきましょう。 枕詞とは、ある言葉を導き出すために、その前に置かれる修飾語です。 先ほど序詞を習いましたが、序詞が六文字以上であるのに対し、 枕詞は五文字(四文字もありますが)です。 枕詞とそれがかかる語は固定しているので重要なものは覚えておきましょう。 訳す必要はありませんので、解釈の問題として出されることはまずありません。 和歌の中に枕詞が使用されているということがわかれば、とりあえずオーケーです。 枕詞とそれがかかる語の関係 1、【意味の関係】弓を引く・張るという意味上の関係。 梓弓引けど引かねど昔より心は君に寄りにしものを (伊勢物語) (訳)あなたが私を愛してくれようとくれまいとかまいません。 以前からわたしはあなたに心ひかれていたのですから。 2、【音の関係】「つがのき」と「つぎつぎ」の音が類似。 つがの木のいやつぎつぎに天の下知らしめししを (万葉集) (訳)神は次々と天下を統治さなったのだが 枕詞の部分は解釈にあらわれていないことを確認しましょう。 では「例題3」を解いてください。 選択肢はすべて枕詞です。 「ひさかたの」は「光・天・月・雨」などを導く枕詞です。 よって1が正解になります。 枕詞を探す場合、以下の 1 ~ 4 の四つの点に注意して探すことが大切ですが、重要なものは覚えておくとよいでしょう。 枕詞の見つけ方 1 初句か三句の中にある。 2 訳さなくてもよい。 3 基本的に5文字。 4 「~の」で終わることが多い。 縁語とは中心となる語から連想される語を、意識的に歌の中に詠み込む手法を言います。 例えば以下の赤字の「鈴」「ふり」「なり」の箇所は鈴を振るとリンと鳴るという関係でつながっていますね。 ただし「鈴を振ると鳴る」と歌っても縁語とは言えません。 あくまでも縁のある語ということなのです。 鈴鹿山憂き世をよそに ふり捨てていかに なりゆくわが身なるらむ (新古今和歌集) (訳)つらいこの世をふり捨てて鈴鹿山を越えていくのだが、この先わが身はどうなっていくのやら。 「玉の緒」とは命のこと。 「緒」は糸や紐などものを貫いたり結んだりするものの意から、「絶え」「ながらへ」「弱り」などと縁語関係になります。 よって解答はハですね。 (訳)わが命よ。 絶えてしまうのならば絶えてしまえ。 生きながらえてこの恋をこらえて胸に秘める力が弱まり、 人が気づくといけないから。 さて や などの確認はできましたか。 それでは最後に、 君の力を試してみましょう。 次の 1 ~ 4 の歌の修辞法をイ~ハから 選んでください。

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『小倉百人一首』077「せをはやみ いはにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ」(崇徳院:すとくゐん)『詞花集』恋上・二二九 from 古文を入試から教養へ=電脳学館www.digitaleskimo.net

瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ 文法

瀬 せをはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ この和歌は、百人一首にも収録される和歌で、 崇徳院 すとくいんという人物が詠んだものです。 百人一首は、 藤原 定家 さだいえが古今東西日本中から集めた和歌で構成した歌集で、「小倉百人一首」ということもあります。 これは名前の通り100首からなり、 「恋、春、夏、秋、冬、旅(離別)、雑」という部立てによって大別されます。 そのうち 77番「恋」が、崇徳院の詠んだ上記の「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」という歌なのです。 私はこの歌が百人一首でもっとも好きな歌です。 (これテストに出ますよ。。。 ) 冗談はさておき、この歌の歌意は、 瀬 せをはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ 川瀬(川の浅いところ)の流れがはやいので、岩にせき止められる滝川の水が、二つに分かれても、後には必ず一つになるように、あの人と今は別れてもいつかはきっと逢おうと思う。 素敵な歌ですよね。 さてこのままこの歌について一本の記事が書けてしまうところですが、それは別の機会に譲るとして、タイトルにある 「形容詞の語幹用法『~を~み』」についてみていきましょう。 語幹とは 語幹とはその字のごとく 「語の幹」になるところで、 その語の変わらない部分を指します。 形容詞「なし」や「悲し」でいうと、 「な」「悲」が語幹です。 あらためて崇徳院の和歌です。 瀬 せ を はや み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ 川瀬(川の浅いところ)の流れ が はやい ので、岩にせき止められる滝川の水が、二つに分かれても、後には必ず一つになるように、あの人と今は別れてもいつかはきっと逢おうと思う。 「~を~み」があります。 これは訳すと 「~が~ので」となります。 この用法は、平安時代以前の用法ですが、平安時代も 和歌においてはみられる用法です。 赤の部分は、 「瀬」が 体言(名詞)で、 「はや」が形容詞「はやし」の 語幹「はや」です。 つまり「~を~み」は 「 体言+ を+ 語幹+ み」という形式になります。 これはとってもとっても大切ですよ! さてところで、 「 体言+ を+ 語幹+ み」は重要といいましたが、なかには、 「 体言+ 語幹+ み」というものも見られます。 「を」を省略したものです。 これは 「山深み」というような例があり、 訳は 「山の奥深くなので」となります。 このように訳は変わりません。 「瀬をはやみ」で 「~を~み」 を覚えて、「を」は省略されることがあると考えておけば大丈夫です。 まあこの 「 体言+ を+ 語幹+ み」は超頻出でしょう。 ここで必ず押さえてしまいましょう。

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